第25話 崩壊の序曲 side ライオド=ルーナルド

ルーナルド商会・執務室。


一人の女が私の目の前に立っていた。

そして、大きなため息をついた。これで何人目だろうか?


アルヴィンがこの商会を去ってから、多くの従業員も消えていった。


何が気に食わない?


『商人』スキルすら取れなかった者がいなくなったからなんだと言うんだ?


あいつは我が家の面汚しだ。

『出会い』スキルだと? そんなスキルを恥ずかしげも取ってくるなんて……おそらく、それしか取れなかった無能に決まっている。


確かに、あいつに経営を預けていた時は商会の売上は大きく伸びた。

だが、それはきっと偶然だ。誰が采配をとっても同じような結果になっていたに違いない。


それを勘違いをして、あいつは同じ位置を……。

本当に片腹痛い。


私はすぐに元の人事に戻した。私の目にかなった者たちを……。


だが、それから間もなく、次々と人が辞め始めていた。


そして、目の前の女も皆と同じように……。


「何用だ? 私は忙しいのだ」

「今日は商会を辞めさせていただきます」


ふざけおって……。


「お前には随分と給料をやっているではないか。辞める理由などないはずだ」

「それは違います。給料はアルヴィン様が上げていただきましたが、アルヴィン様が去ってからは下がっております」


どいつもこいつも……。

あの能無しの何がいいのだ?


「当たり前だ‼ 業績が下がれば、給料は下がる。ウィンベル商会は、ここ最近は売上が大きく落ち込んでいるではないか」

「それはアルヴィン様を追い出したからでは? あのお方は、ルーナルド商会全てを正しい道に導いておりました。それも元に戻せば……」



思わず、机を叩きつけた。


「それでは私がアルヴィンよりも劣るとでも言うのか!? あの……能無しに‼」


女は静かに目を閉じ、沈黙を貫くだけだった。

それはどいつもこいつもが同じような態度だ。


どうして、こうなってしまったのだ。


私の決断は何一つ間違っていない。『商人』スキルを取れなかった者を経営の中枢に据えることなど言語道断だ。むしろ、邪魔者を排除したことで、業績は大きく上がるはず……だった。


だが、今の私にアルヴィンを連れ戻すという選択肢はない。


私が悪いのではない。辞めていく、こいつらに人の見る目がないのだ。


「言っておくが、ここを出ていけば、二度と我が商会の敷居は跨がせぬぞ‼」

「承知しております。元より私はここに戻ってくるつもりはありません。ご存知と思いますが、アルヴィン商会に入るつもりです」


馬鹿馬鹿しい。


所詮は商会の息子というだけで、勘違いした者が立ち上げた商会。


そんな商会など、すぐに潰れてしまうだろう。うちのような大商会を捨てて、そんな零細の商会に人生を託すなど……何て、バカなやつなんだ。


「勝手にしろ。そんな商会、私の手で捻り潰してくれるわ‼」


恐れろ‼


王国五本の指に入る大商会を敵に回した事を知って、恐れおののくがいい。


裏切り者にはちょうどいい罰だ。


……なんだ? 何かが可怪しい。こいつはどうして、そんなに涼しい顔をしているんだ?


「それはどうでしょうか? アルヴィン商会はすでに軍と取引を交わした様子。ちょっかいを出して、やけどするのはどちらでしょうか?」


な、に?


どうして、零細の……しかも駆け出しの商会ごときが軍と取引を……。


そうか‼ ルネリーゼ公爵。


だが、分からない。たしかに、我が商会で軍と取引をしようとすると、必ずアルヴィンを指定してきた。気に入られている……そう思ったが、それは所詮は我が商会が背後にあるからのこと。


支えを失ったアルヴィンに何の価値があると言うんだ。


分からない……。


「では、私はこれで。商会の繁盛を陰ながらお祈りしております」


くっ……思ってもいないことを。


だが、これでウィンベル商会は終わりだ。


私が戻した商会長以外は全て辞めてしまった。それにいくつかの商会も潰れてしまうほどの人が辞めてしまった。


まぁ、元々、売上の少ない商会ばかりだ。アルヴィンが少し、手を加えて売上が伸びていたが、一時的な奇跡みたいなものだ。


そんなことよりも新しい事業さえ生きてさえいれば、問題はない。


今も売上はどんどん上がっているからな。いらない事業は全て、捨てても問題はないのだ。


王国民も新しいものを常に求めているのだ。


しかし……アルヴィンの存在が気になる。


少し、調査をしておくべきか。


軍との取引……なかなか旨味のある商売だ。


アルヴィンが頭を下げ、その商売を差し出すというのなら、適当な商会を任せるのもいいのかもしれないな。


一生、飼い殺して適当なところで捨てれば問題はなかろう……。


何にしろ、今の私に一切の隙はない。どうなろうとも、私の商会は絶対に安泰なのだから……。


……。


この時のライオド=ルーナルドは知らなかった。


ルーナルド商会はアルヴィンが大きく作り直し、効率的に運営できるようになっていた。


まさに先駆的な経営だった。


だが、ライオドは全ては旧態然とした経営に戻してしまった。


その内容はほとんどが人事に留まっており、仕組みを理解しているものを次々と降格や部署替えをしてしまった。


それが何を意味するのか……。


ライオドは大量の退職者を前にしても、全体売上の一割程度しかない新作の売上げアップを見て、安堵の顔を浮かべるだけだった……。

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