第8話 エルフはやっぱり薬作りの名人みだいです

外からの臭気が鼻につく。


「僕はアルヴィンです。一応、ダンジョン探索者をやっています」

「はぁ……私はノーラ。見ての通り、エルフ族の薬師をしています」


ノーラか……いい名前だな。


「えっと……早速ですが、薬の作成を依頼したいのです」

「薬……ですか?」


まぁ、こんな頼みをしてくる人なんて会ったこともないんだろうな。


普通、大手の薬屋に頼むのが当たり前だから。


それに僕が人間というのも不自然さを醸し出しているのだろう。


「ええ。ノーラさんはポーションが作れるんですよね?」

「もちろんです。エルフ族は皆、作れます」


やはり、薬作成に長けている種族というのは本当だったんだな。


「失礼ですが、ノーラさんのスキルは……」


あまり女性をジロジロと見るのは良くないとは分かっているが……。


彼女の服にはスキルが表示されていない。


「我々、エルフにはスキルはありません。神が違うので」


……そういうものなのか。


まぁ、僕はスキルに拘るつもりは毛頭ない。


ポーションさえ、作れればそれでいい。


「そうですか。ちなみに僕は『出会い』スキルです。貴女との出会いも、このスキルが教えてくれたんです」

「はぁ……良い出会いになるといいんですけど」


まぁ、そうなるよね。


「それで? ポーションをどれくらい作ればいいのですか?」


ああ、そうか……。


「ポーションはポーションでも、新しいポーションなんです」

「へ? 新しいって……どういう事ですか?」


あれ?


ノーラさんの目がとても怖いんですけど。


この人も薬のことになると人が変わっちゃうタイプかな?


「えっと……教える前に、確認したいんですけど」


これは僕にとって、塗り薬の知識は秘密の情報だ。


言ってしまえば、何て事のない話だけに、模倣されたらおしまいだ。


だからこそ、口止めが必要だ。


「今から、話すことを誰にも言わないと約束してくれますか?」

「……出来なければ?」


「もちろん、この話はここで終わりです。僕は違う人を探すだけですから。もちろん、内密にして頂けるのでしたら、別途、お金をお支払します」

「お金を……もらえるんですか?」


何を言っているんだ?


「当たり前じゃないですか。これは商売なんですから。それとも前金がいいんですか?」


こういう人も少なくない。


相手の出方を伺っているのだろう。


僕は小袋を差し出した。


金貨10枚が入ったものだ。


すぐに決済が出来るようにと、いつも数袋は持ち歩いている。


「金貨10枚です。これで信用をしていただけますか?」

「き、き、き、金貨!? じょ、冗談ですよね?」


何をそんなに慌てているんだ?


ポーションを売っているなら、金貨なんて見慣れているだろうに。


だって、ポーションって一本金貨一枚が相場だろ?


「珍しいんですか?」

「こんな大金、初めてです。百本分のポーションの代金ですよぉ!」


……一本、銀貨一枚ってこと?


市場価格の十分の一じゃないか。


それでも売れないポーションって……。


エルフと関わると商売はとても難しいかも知れない……。


だが、後に引けるかぁ!


「他言をしないと約束できますか?」

「依頼を受けるかどうかは関係なく、これを頂けるんですか?」


結構、しっかりしているんだな。


「ええ、もちろんです」

「やったぁ! これで借金が返せるわ!」


随分とつらい生活を送っていたんだな。


だったら、これからの話を聞けば、腰を抜かしてしまうかも知れないな。


「では、話しますね。ノーラさんに作ってもらいたいのは塗り薬のポーションです」

「塗り……薬ですか? それはエルフの間でも、ずっと研究されてきたもので……」


やはり、エルフは凄いな。


飲み薬と回復魔法で十分と判断している人ばかりだというのに。


「僕も偶然に見つけてしまったんですよ」


わざわざ、記憶に触れる必要もないよな。


スライムの素と薬草エキスが入った瓶をそれぞれ出した。


「これを混ぜるだけなんです」

「は? これって……スライムの素ですよね? これは……薬草ですね」


匂いを嗅いだだけで分かるとは。


僕だったら、この臭気に惑わされて、何も感じないと思う。


「そうです。ただ、僕には知識や経験がないので、作れないんです」

「そう、ですか……ちょっと、試しに作ってみますね」


行動が早い人はそれだけで貴重な人材だ。


僕は彼女の作業風景に見惚れていた。


ツンツン……。


何かが、背中を突いてくる。


「お姉ちゃんが好きなの? ねぇ?」


……。


なんだ、この子供は……。


「ねぇ……」


まったく……。


「僕は商談できたんだ。好きとか嫌いは関係ないんだ」

「ちぇっ! あんた、お金持ちなんだろ? お姉ちゃんをもらってくれよぉ」


このガキは……。


「君にとって、彼女は大切な人なんじゃないのか? そういう事を言うもんじゃない。それに彼女の気持ちだって……」

「やっぱり、好きなんじゃん! ねぇ、どこが好きなの?」


なんて、面倒な子供なんだ。


「ほら! あっちにいきなさい。すみません、人と話すのが久しぶりで、興奮しちゃったんです」

「いえ、お気になさらずに……って、もう出来たんですか?」


ほんの一分位だぞ。


「ええ。エキスも出来ていましたし、混ぜるだけなので。これが試作品です」


……これが……僕のこれからを決める重要な商品。


誰も目をつけていない……。


……。


「あの、どっかに怪我はありませんか?」


考えてみれば、試したくても怪我がない。


ナイフで指を切るのもなぁ……。


「でしたら、ここで試して下さい」


ちょっ!


何を思ったのか、ノーラさんが服をたくし上げ始めた。


これは……。


彼女のお腹には複数のアザが広がっていた。


「酷いな」

「そうでもありませんよ。これでポーションが売れたりしますから」


そんなのは商売とは言わないんだよ……ノーラさん。


「じゃあ、塗って下さい」

「えっ!? 僕がですか?」


「すみません、服を抑えているので……それとも、やっぱりイヤですよね。人間の方はエルフを嫌っていますから」


……えっと。


僕にとってはご褒美みたいな事なんだけど……


ノーラさんがいいって言っているだから……いいよね?


「じゃあ、塗ります!」


瓶に手を突っ込むと、ひんやりとしたヌルヌルの感触が伝わってきた。


それをたっぷりと取り、丁寧に青黒くなったアザに塗っていく。


柔肌の感触に、少し動揺しながら……。


「どうですか?」

「気持ち……いいです」


「もうちょっと塗りますね」

「はい……あんっ。ちょっと、くすぐったいです」


僕は全神経を集中して、塗っていった。


すると……。


「アザが消えていきますよ」

「信じられませんね。こんなに効果が早く出るなんて」


試作品が一気に本商品になった瞬間だった。


服を元に戻した彼女の表情は恍惚としたものでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る