第12話 行商人

 危険な深く険しい山の中の集落。

 一番近い村でも、山を二つ超えた先。

 そんな辺鄙な村にも商人はやってくる。

 隣国ダリア通商連合の隊商キャラバンがレシア王国の王都まで向かう。

 年に数回、1~3往復ほどの命懸けの行商。

 その隊商が国境近くの村を通る。

 数カ月に一度の隊商は、村人にとっても楽しみの一つであった。


「「来たー! みんな~トビーが来たよー!」」

 隊商の到着を知らせ、駆け回る村の猫たち。

 青年商人トビーが率いる隊商キャラバンが、今年も村にやって来た。

 はしゃいでまとわりつく村の子供達と共に、村の広場へ続々と向かって行く。

「よく来たの~トビ~。みぃんな、楽しみに待っておったぞ~」

「やぁエン爺、久しぶりですね」

 まだ若いが隊商を良くまとめているトビーが、エン爺に挨拶して村に入る。

「やぁトビー。良く来てくれた。ゆっくりしていっておくれ」

「元気そうですねゲン爺。ゆっくり休ませてもらいますよ」

 村の入口では、ゲン爺とも挨拶を交わすトビー。

 すっかり馴染みの行商人だった。


 トビー率いる隊商が村の広場に馬車を止め、次々と店を開いていく。

 魔獣の徘徊する山中で結界の中、安心して休める場所は貴重だった。

 さらに、上質な毛皮や絹糸を仕入れる事も出来た。

 山中で休憩ついでに雑貨が売れて、仕入れも出来る便利な場所であった。

 帰りには、王都で仕入れた古着も売れた。


「トビー、新しい本はある?」

「やあルーク結界の魔導書があるよ。小説も最新刊だよ」

 本好きなこどもルークが、トビーに駆け寄る。

 新しい本の山に、目をきらきらさせていた。

「まぁた本かよ、ルークぅ」

「たくさん持ってるじゃないか」

 他の子供たちが呆れ顔で声を掛けるが、ルークは待ちきれないかのように、本の積んである馬車へ飛び乗っていった。

「はははっ、相変わらず本に夢中のようだね」

 笑いながらトビーも馬車へ入る。

「ねぇトビー。本って高価なんでしょ。村のものなんかで大丈夫なの?」

「大丈夫どころじゃないよ。ここの毛皮も絹糸も王都へ持って行けば、凄く高く売れるんだよ。本も安くはないけど、笑えるほど儲かるんだよ」

「へぇ~、そうなんだ。なんで大人たちは王都へ売りに行かないんだろう」

 本を探す手を止めて、ルークが不思議だと首を傾げる。

「僕らは商人と護衛合わせて200人で旅をするんだよ。それでも毎回、数人は犠牲が出てるからね。それだけを売りに王都まで行ってたら、儲けなんて出ないよ」

「そっかぁ~。やっぱり外には魔獣とかいるの?」

「この辺りの山には、特に多いね。それに強盗団なんかにも襲われるし、外は危険でいっぱいだよ。もっと安全なら傭兵がいらない分、儲けも増えるんだけどねぇ」


 トビーは各馬車を周り、大人も子供にも村人たちに挨拶していく。

 到着直後でも疲れもみせず、終始笑顔で楽しそうに周っていた。

「おい、見てくれトビー。ニロが仕留めたんだ」

「え……鹿って、こんなに育つんですか? あ……あぁ、いや、やりましたねニロ。見事な毛皮ですよ。これは御祝儀込みで買わせてもらいますよ」

「へへ……ありがと、トビー」

「ふふっ、やったねニロ。ねぇトビー、猫も王都で売る? 珍しい喋らない猫がいるんだよ~。王都にはいないでしょ~」

 少し照れるニロにくっついていたネアが、喋らない猫のステイシーを抱いていた。

「やぁネア。ステイシーを売ってくれるのかい?」

「ううん。ごめんね~。ステイシーは喋らないけれど、ともだちなの」

 言ってみただけで、売る気はないようだ。

 トビーも分かっていて、付き合ってあげているようだった。

 そもそも、喋らない猫が王都で売れはしないのだが。


「トビー! 獲って来たよ~」

 小さなジョシュを連れたリアムが、ふわふわの綿菓子のようなものを抱えて走る。

「とみー、とってきたぁ」

 ジョシュも小さな手に綿の塊のようなものを掴んでいた。

「やぁ、リアムにジョシュ。大量だね~」

 それはワタウサギ。村の空を漂うように飛び回る兎だった。

 肉は少なく食用にならないので、村では狩りの対象にはならない。

 それでも王都では珍しいらしく、その毛皮が売れるようだった。

 隊商が来た時のワタウサギ狩りは、子供達の仕事だった。

「いっぱい捕まえたよ!」

「いっぱい!」

「ありがとう。さぁおいで、どれでも好きなのを、持てるだけ摑み取りだよ」

 商人がウサギを受け取ると、トビーは子供たちを馬車に招き入れる。

 その馬車には、あま~いおかしが山と積まれていた。

 隣国、通商連合ではありふれた菓子も、村では口に出来ない貴重な甘味だった。

 子供達はワタウサギを捕まえては、菓子の馬車へ飛び込んで行った。


 因みに、隣国ダリアでは安く手に入る菓子だが、この村が属するレシア王国では、そこそこの高級品、贅沢品であった。

 しかし、この村に甘党の大人はいなかった。


「はい、今回の絹糸よ、トビー」

「ありがとうございます、マルゴー。……うん。今回も上質な絹ですねぇ」

 王都は流行り廃りが早いので、織る前の絹糸を仕入れていた。

 村の絹は上質で、王都でも高く取引されていた。

 ぶっちゃけ虫の種が違うので、糸も出来が違うのだった。


「帰りにも寄るでしょトビー。その頃には果物が収穫出来そうよ」

「それは楽しみですマノン。必ず立ち寄りますよ」

 果樹園のマノンが、帰りに寄ってくれと声を掛ける。

「頼まれてた道具だ。次の分があれば作れるぞ。大分、鉄鉱石が採れた」

 鍛冶屋のパオロが、注文のあった道具類を麻布に包んで渡す。

「ありがとうございますパオロ。うん、今回も最高の出来ですね。次も注文が入ってますよ。でも、少し多めなんですよ。どうです? そろそろジャレッドの作った分も売ってみませんか。あの出来なら、他の町の物より高値がつきますよ」

「そうか。あんなもんでも売れるなら……売ってくれ」

「はい。では、ジャレッドにも話しておきますよ」

「……そうか」

 ぼそっと返事を返して、パオロは帰って行く。

 少し、少しだけ、いつもよりも嬉しそうだった。


「こらこらミシェル、またですか?」

 馬車に積まれたたるの中へ潜り込もうとしていた少女が、トビーにつまみ出される。

「あぁん。もぉ……私も、王都を見てみたいのよぉ」

「隊商だって安全じゃないんですから、連れて行ってはあげられませんよ」

「ちぇ~。流行りの服とか見たかったのにな。ねぇトビー、ちゃんと見て来てよね」

「分かりました。帰りには王都の装飾品を仕入れて来ましょう。髪飾りなんてどうですか? 貴女に似合う素敵な、銀の髪飾りを仕入れてきますよ」

「はぁ~……すてきぃ! 絶対よ! 絶対だからね!」

 都会にも関心を持つミシェルは、毎回馬車に潜り込もうとしていた。

 今回は、おみやげの髪飾りで納得したようだ。

 トビーはて来る、としか言っていないが。


 到着早々、各馬車は盛況だった。

 商人たちは疲れもみせずに取引を続ける。

 ここまで命懸けで働いた傭兵たちは、既に広場の周りで飲んだくれていた。

 村の男たちと共に、思い思いの場所で呑み騒いでいた。


注) 液体をなら『飲む』ですが、大きなものを丸呑みにする『呑む』にすると、豪快にガバガバと飲んでいるようなイメージになるかと、をあてております。ご了承くださいませ。

 ついでに『作る』ですが、パオロが一人で持てる大きさなので『作る』を使っております。一人でものは『作る』を、複数人が同時に関わり大きなものなら『造る』を使っていきます。


「トビーさん。今回も無事で何よりです。貴方がたに大地の祝福を……」

「ありがとうございます。神父さま」

 未だ、はしゃぐ村人たちの輪の外で、トビーと神父が並んでいた。

「そういえば、お隣りは風の女神様を信仰していましたね。申し訳ありません」

「いえいえ、ありがたいと思っていますよ。祈る相手が誰であろうと、人の祈りにはがあると信じていますから」

「ほぉ……流石ですね。中央の司祭たちに聞かせてやりたいくらいですよ」

「やめてください。王都に出入り出来なくなってしまいます」

 レシア王国では、大地の神マルソーを信仰する教会の力が絶大であった。

「西の魔王が攻めて来たとか。王都への道中も気をつけてください」

「ありがとうございます。北の帝国ブレアも王国を狙っているという噂もありますし、王都近くではレジスタンスを名乗るテロリストが暴れているとか」

「物騒ですねぇ」

「大きな盗賊団が暴れているだとか、王都にも怪盗が出没するとか」

「道中の無事を毎日、神に祈っていますよ。どうか帰りも無事で……」

「商人には商人の情報網がありますからね。出来る限り危険は避けますよ」


 トビー率いる隊商キャラバンは村で数日休み、危険な山を抜け街道を進む。

 魔界との戦争が続く、レシア王国王都へ向けて200人規模の隊商が進んでいく。

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