第18話 皇帝2

『ぐうぁああああっ!?』


 背中を雷に焼かれ、オレは思わず叫んだ。

 オレの黒い鎧は頑丈だが、さすがに雷の直撃を受けてノーダメージとはいかないようだ。


「い、伊坂くんっ!?伊坂くんっ!!」


 抱きしめるようにして庇った魔女っ子が何やら叫んでいる。

 痛みで何を言っているのかわからないが、元気そうだ。

 なんだか黒い靄のようなモノが彼女を覆っていて、ソレが守ってくれているように見える。

 もしかしたら、これが魔女っ子の言っていた闇属性の魔力とやらなのかもしれないが、魔女っ子が無事なら何でもいい。


『ハっ、ハッ、ハッ』

「だ、大丈夫ですかっ!?」


 そうして、やっと背中に走る痛みが和らいだ。

 それはほんの数秒の間だったのかもしれないが、オレにはずいぶんと長く感じた。

 魔女っ子がオレに心配そうな、いや、泣きそうな顔で声を掛けてくる。

 しかし、ソレに答える暇はない。


『『雷大砲トニトゥルス・カノン』!!』

『何度も喰らうかよ!!『死壁デス・ウォール』!!』


 いつの間にか。

 そう、本当にいつの間にか、空だったはずの玉座に座っていた皇帝が、再び魔法を放ってきたのだ。

 さすがに、もう一度雷に焼かれたいとは思わない。

 さっきは皇帝を倒したという油断から不意打ちを受けたが、生きているとわかっているなら反応はできる。

 オレの出した黒い壁は、皇帝の雷を受けきった。

 だが。


『重い・・・』

「いさ、死神さん・・・」


 壁ごしに伝わってくるプレッシャー、あるいは魔力というべき力の重さに、オレは唸った。

 そんなオレを、魔女っ子が心配そうな目で見てくる。

 皇帝を倒す前の攻防で、カウンターを防いだ時よりも、確実に威力が上がっているのだ。

 ソードのペイジたちが一斉射撃をしてきたように壁が砕ける感じはしないが、吊された男のときのように二発を受けることはできないだろう。

 やがて、攻撃は止まり、オレの出した防御魔法も消える。


『クハハ!!』

『野郎・・・』


 壁が消えて、オレの眼に映ったのは、こちらを見て嗤う皇帝だった。

 その格好は、さきほどオレが倒す前となんら変わりなく、ダメージを負っているようには見えない。


『なら、もう一度ぶった切ってやるよ!!『死砲デス・ブラスト』!!』

「あっ!!待って」


 あのむかつくニヤけ面を叩きのめしてやろうと、魔女っ子が何か言いかけているのも聞かず、オレは再び魔法の反動で加速し、懐に潜るべく一気に距離を縮め・・・

 

『『雷砲トニトゥルス・ブラスト』』

『ぐあっ!?』


 突如、地面から稲妻が噴き出し、足を止める。

 その隙を皇帝は逃さず、オレに向けて手を伸ばした。


『『雷大砲トニトゥルス・カノン』!!』

『ぐあああああああっ!?』


 三度目の稲妻の砲弾が直撃する。


(痛ぇえええええええ!!!)


 今度は、防御魔法こそ展開できなかったが、それでも魔力を滾らせただけマシにはなるはずだったが、背中に直撃をもらった時よりも強い痛みが走る。

 間違いなく、皇帝の力が強化されているようだった。


(なんなんだ、コイツ!!倒したと思ったら復活して、魔法の威力まで上がりやがって!!)


『クハハハ!!滑稽!!愉快!!』

『クソッ!!』


 相も変わらず、椅子から動かずオレを嗤う皇帝。

 ちくしょう、なにがなんだかわからないが、オレは奴の掌の上で踊らされているのは認めなくてはならないだろう。

 一度仕切り直すべく、オレは後ろに下がり、魔女っ子の傍に戻った。


『ハァっ、ハァっ・・・!!』

「し、死神さん・・・」


 オレは、荒い息をしながらも構えは解かなかったが、そこに魔女っ子が駆け寄ってくる。


「死神さん、これ飲んでください!!」

『ハァっ・・・え?これを・・・?』

「回復薬です!!本当は塗る方が効果的ですけど、やってる暇がなさそうですから」

『あ、ありがとう』


 魔女っ子が差し出してきた小瓶を受け取り、仮面を少しずらして一気にあおる。

 すると、身体に残っていた痛みが和らいだ。

 

『おお、スゲぇ!!こんな早く効くなんて、マジでゲームのポーションじゃん』

「飲んだ人の治癒能力を強化する薬ですから。魔力の多い人ほど効果も大きいです。それより・・・」

『うん。アイツのことだね』

『・・・・・』


 オレが傷を癒やすような行動を取っても、皇帝は動く様子がない。

 それは、その程度のことをされても問題ないという自信からだろうか。

 さっきの攻防の時も同じように動かなかったが、今とは状況が違う。

 あのときは、こっちには奴を倒せる確信があったが、今はない。

 

『一回、確実に倒したはずだ。オレの鎌で真っ二つにした。そして、消えていたはずなんだ』

「ですが、いつの間にか復活していた。しかも、魔法の威力まで上がっている・・・」


 確実に、オレは皇帝を一回倒している。

 だが、どういう理屈か知らないが、奴は強化された状態で復活した。

 その謎を解かなければ、オレたちは勝てない。


『どうする?一度ここから離れて、作戦を考える?』

「それは・・・止めた方がいいかもしれないです」

『え?』

「・・・死神さん」


 どういうワケか、あの皇帝は今も攻撃をしてこない。

 ならば、奴の気が変わらないうちに逃げて、体勢を立て直した方がいいのではないだろうか。

 しかし、魔女っ子は首を振った。

 魔女っ子は、皇帝を一瞥してから、オレを見る。


「その、少しの間、時間を稼いでもらってもいいでしょうか?」


 その目は、真剣で、しかし同時に自信なさげだったが。


「まだ、ワタシにもあの皇帝の能力はわかりません。けど、ここから離れるのはマズいっていうのはわかるんです。だから、ここで、作戦を考えなきゃいけなくて・・・だから、その」

『わかった』

「守ってもらって虫のいい話だとは・・・え?」


 時間を稼いで欲しい。

 それすなわち、あの強化された皇帝を相手に魔女っ子を護りながら粘れということだ。

 さっき防御魔法で防いだ感覚からすると、中々に骨が折れそうな話だが、オレはためらいなく頷く。


『オレも大アルカナのことは勉強したけど、正直アイツの能力には見当も付かないからさ』


 女帝やソードのペイジと戦ったときも、さらに言うなら皇帝を一度倒したときも、魔女っ子の作戦のおかげですんなりと攻略できた。

 魔女っ子は守ってもらうことに後ろめたさを感じているようだったが、何のことはない、役割分担の話でしかない。

 身体を張るのがオレの仕事で、頭を使うのが魔女っ子だというだけだ。

 要は。


『キミになら、任せられる。頼んだよ!!』

「は、はい!!ありがとうございます!!」

『・・・不愉快』

 

 お礼を言う魔女っ子を庇うように、オレは一歩前に出る。

 まだ戦う構えを見せるオレたちに苛立ったのか、皇帝はニヤけ面を消し、手をかざした。


『行くぞ、続きだっ!!』

『『雷大砲トニトゥルス・カノン』!!』

『『死大砲デス・カノン』!!』


 雷と闇がぶつかり合い、凄まじい爆音が広がる。

 皇帝とオレたちとの、第二ラウンドの始まりだった。



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(伊坂くん・・・絶対に、役に立つから!!)


『オラァ!!『死砲デス・ブラスト』!!』

『・・・不快。『雷弾トニトゥルス・バレット』』


 ワタシの前で、伊坂くんと皇帝が戦っていた。

 前方の地面に魔法を打ち込んで罠を破壊してから突き進む伊坂くん。

 それに対し、雷の弾幕で近づけまいとする皇帝。

 戦況は拮抗しているように見える。今のところは。


(あの皇帝は、強化されている。どうして?)


 復活した皇帝。

 どうやって蘇ったかのプロセスも重要だが、強くなっているのも問題だ。

 しかも、段々と、現在進行形で魔法の威力が上がっているように見える。

 現に、弾幕を造られているとはいえ、『バレット』の魔法で伊坂くんが足止めされているのだ。

 ダメージこそ負っていないが、これまでの伊坂くんと、最初に現れた時の皇帝の力関係なら、そのまま突進するだけで突き破ることができたはずなのに。

 早くその秘密を暴かなければ、伊坂くんでも危ないかもしれない。

 だから、ワタシは考える。


(皇帝のカードの意味は、『支配』、『安定』、『防御』、『堅固』、『統率力』、『自信』、『野心』。吊された男や女帝の例を考えると、何らかの『感情』をトリガーにして強化される権能だと思うけど・・・)


 吊された男は怒り。女帝は嫉妬。

 そのカードが意味する感情を抱くことで、彼らは自身を強化していた。

 あの皇帝も、同じような能力を持っていると思われるが・・・

 ワタシは、よく目を凝らして皇帝を見る。


(色は、濁ったオレンジ。それと、チラッとだけど、嫌な感じの紫色。どっちも、正位置の皇帝の示す意味じゃない)


 『心映しの宝玉』で見た皇帝に宿るのは、二色の輝き。

 濁ったオレンジは、『他者を見下す感情』。

 毒々しい紫は、『他者を騙してやろうという悪意』。

 ワタシが伊坂くんに逃げるのを反対したのは、その二つの感情を感じ取ったからだ。


(伊坂くんが下がった時、感情の光が大きく揺れた。逃げようと考えた時も。多分だけど、『見下せば見下すほど』強くなるんだ)


 見下せば強くなる。

 ならば、もしも一時的とはいえ、ワタシたちが逃げたらどうなるか。

 皇帝からしてみれば、自分の強さに怯えたように見えるのではないか。

 それならば、皇帝はさらに強化されただろう。

 ワタシたちが相談していたのを止めなかったのも、逃げる算段を立てていたと思ったからなのかもしれない。

 あの悪意は、皇帝が自身の強化に繋がる行動を取らせようとしているから見えるのではないだろうか。

 そして、ここから分かることがある。


(あの皇帝は、正位置じゃない。逆位置!!)


 皇帝の逆位置。

 その意味は、『傲慢』、『暴走』、『不安定』、『虚栄心』、『未熟』など。

 そこに含まれる『傲慢』こそが、あの皇帝を強化しているのだろう。

 思えば、あの皇帝には気になる点がいくつかあった。


(最初に、ワタシたちの罠を壊して見せたこと。伊坂くんに『防御力だけで弱い』って言われた後、あっさり倒されたこと・・・)


 儀式によって情報を得ていたから、ワタシたちが罠を張っていることには気付いていただろう。

 それを壊すのは当然だが、それは『ワタシたちの策を破った』という実績を作り、自信をつけるという目的もあったのではないだろうか。

 さらに、その後に伊坂くんに馬鹿にされた後、『カース』の効果もあったのだろうが防御魔法ごしにも関わらずあっさり倒されたのは、図星を突かれたから。

 そして、復活した後に強化されたのは、皇帝を倒したと思い込んでいたワタシたちに不意打ちをかましたからだろう。

 皇帝の作戦に、まんまとハマってしまったからだ。

 そうして強化されていく皇帝に追い詰められていくことで、差が開いていく。

 もしもその通りなら恐ろしい能力だが、そんな大まかな行動で変動するのなら、破る方法も思いつく。

 

(それを試すのは、簡単!!)


 ワタシは、思いっきり声を張り上げた。


「死神さんっ!!その皇帝は逆位置ですっ!!ワタシたちを見下せば見下すほど強くなるみたいですっ!!」

『逆位置!?・・・なるほどっ!!『傲慢』かっ!!』

『っ!?貴様っ!!』


 さすがワタシの優秀な生徒である伊坂くん。

 皇帝が逆位置であることを伝えただけで、皇帝の強化に気付いたようだ。

 そして伊坂くんに気付いたことを伝えた瞬間、皇帝の胸の輝きが怒りに染まった。


(よしっ!!)


「今まで通り、罠に気をつけながら、距離を詰めて攻撃してください!!攻撃を当てられず、一方的に近づかれて攻撃されるなんて、とっても腹が立つでしょうから!!」

『わかった!!』

『コノ、売女ガァっ!!』

「っ!!」


 ワタシに自分の能力をバラされたのが腹に据えかねたのか、ワタシに向かって手をかざす皇帝。

 敵意を向けられた瞬間、ワタシはビクリと震えたが、それでも恐怖は一瞬だけだった。

 ワタシは怯えることなく、皇帝を睨み返すことができた。

 なぜなら。


『お前の相手はオレだっ!!』

『何ッ!?』


 なぜなら、伊坂くんはとっても強いから。

 ワタシに意識を向けた隙に、伊坂くんは一気に距離を詰めていた。


(やっちゃえ!!伊坂くん!!)


 胸の内で、怒りを込めてワタシは叫ぶ。

 よくも伊坂くんの前で『売女』とか言ってくれたな。

 ワタシが軽い女だと思われたらどうしてくれるというのだ。

 伊坂くん以外の男の子と、話したこともろくにないというのに。


『『死閃デス・ブレイド』!!』

『『雷壁トニトゥルス・ウォール』!!』


 伊坂くんの大鎌は雷の壁に阻まれるが、壁は瞬く間に消え失せる。

 しかし、皇帝の顔には醜悪な笑みが浮かんでいた。


『学習能力ノナイ馬鹿ガっ!!喰ラエっ!!『雷大砲トニトゥルス・カノン』!!』

『当たるかよっ!!お返しだっ!!』

『グアアアっ!?』


 伊坂くんに防御魔法を切り裂かれた皇帝は、カウンターの魔法を放つが、ソレを読んでいた伊坂くんは地面すれすれにまで身をかがめて躱し、魔法がかかったままの大鎌で反撃する。

 壁を壊したことと、無理のある体勢から攻撃したことで深手にはならなかったが、皇帝の身体にその刃が届く。


『ハッ!!どうしたよ?高そうな服が血まみれだぜ?』

『グウウウっ!!貴様ラァっ!!』


 顔を真っ赤にして怒る皇帝。

 その身体から発せられる魔力が、ついさっきよりも減っていた。

 検証成功であり、相手の強化方法と弱体化させられるのもわかった。


(でも、まだだ)


 これで、伊坂くんが有利に立ち回れるようになったが、まだ肝心の復活する特性については分かっていない。

 その絡繰りを解かなければ、イタチごっこが続くだけだ。

 けれど、ヒントはある。


(皇帝の逆位置だって言うのなら、復活する能力もそこから推測できるはず!!)


 ワタシは、皇帝の逆位置の意味を思い返す。

 

(皇帝の逆位置・・・『傲慢』、『暴走』、『不安定』、『虚栄心』、『未熟』。他の意味もそんなに変わらない。でも、この中にそれっぽい意味はない・・・)


 傲慢。これはその通りで、あの皇帝の強化を担う意味だ。

 だが、他の意味は?


(『暴走』、『不安定』、『虚栄心』、『未熟』。これらに、あの皇帝は当てはまっているような気がしない)


 吊された男も女帝も、逆位置のカードに象徴される特徴をいくつも持っていて、一目で正体を言い当てることができた。

 忍耐を意味する吊された男はヒステリックで、試練の象徴である十字架から降りた。

 豊穣を意味する女帝は、痩せ細った姿になった。

 だが、あの皇帝には今のところ『傲慢』であるところしか当てはまっていない。


(あれが逆位置の皇帝なのは、あの反応から間違いない。でも、それにしては逆位置に見えない・・・ん?)


 そこで、ワタシはおかしなことに気がついた。


(そもそも、なんであの皇帝は正位置の姿をしているの?)


 最初、ワタシも伊坂くんも、あの皇帝を正位置だと思っていた。

 それは、皇帝が正位置のカードに描かれる通りの姿だったからだ。

 伊坂くんの遠距離攻撃を受けた時に見せた防御力も、正位置の意味する権能である。

 だが実際には、あの皇帝は逆位置の権能を見せているし、弱体化していることからもそこに間違いはないだろう。

 ワタシは、もう一度皇帝の逆位置の意味を思い返す。

 

(『傲慢』、『暴走』、『不安定』、『虚栄心』、『未熟』・・・『虚栄心』?)


 虚栄心。それは、『本当の自分よりも、自身を大きく見せたがる心』。

 そして、一度は確かに倒されたのに、復活したこと。

 皇帝の正位置にも逆位置にも、復活を意味する言葉はない。

 それの意味することは一つ。

 ワタシは、もう一度声を張り上げた。


「伊坂くんっ!!その皇帝は『分身』です!!どこかに『本体』がいます!!」

『なんだってっ!?』

『ナッ!?』


 ワタシの叫んだ言葉に、伊坂くんと皇帝の動きが止まった。

 同時に、皇帝から放たれるプレッシャーが一気に弱まった。

 どうやら正解のようだ。


『なるほど。分身ね。だから、さっき倒してもまた出てきやがったのか』

『デ、デタラメダっ!!アノ女ハ嘘ヲ付イテイルノダッ!!』

『あの子がこんな時に嘘つくワケねーだろがっ!!『死閃デス・ブレイド』!!』

『グオオオオオオオオオオっ!?』


 自身の権能の詳細を暴露され、苦し紛れのように叫ぶ皇帝。

 しかし、伊坂くんはそれをバッサリと切り捨て、そのまま皇帝を切り裂いた。

 最初に見せた硬さが嘘のようにあっさりと斬られた皇帝、否、皇帝の分身が消えていく。

 同時に、ワタシは走って伊坂くんの傍に、正確には皇帝のいた場所に向かう。


(あった!!)


 そして、ワタシは見つけた。

 空になった椅子から漂う、強い恐怖の輝きを。


「椅子です!!椅子の中にいます!!」

『よしきた!!オラァ!!』

『ヒィイイイイイっ!?』


 伊坂くんが鎌を振り下ろすと、椅子は縦に割れる。

 すると、ちょうど腰掛けの下の方から、何かが転がり出てきた。


『これが、皇帝の本体?』

『ヒっ、ド、ドウカオ慈悲ヲ・・・!!』


 椅子から出てきたのは、小柄な老人だった。

 だが、同じ老人でも、さっきまでの皇帝の分身とは似ても似つかない。

 ぼろ切れのような赤い布を身体に巻き付け、装飾が砕けてただの輪っかになった王冠を被り、卑屈な笑みを浮かべながら命乞いをする、腰の曲がった老人。

 身体だけでなく、魔力も貧弱なようで、小アルカナよりも弱そうだ。

 そんな哀れにも見える老人だが、まあ、ここで手を抜く理由はない。


「慈悲なんて、かけるわけないでしょう」

『え?キミ?』


 ワタシは、珍しく怒っていた。

 ワタシが勇気を出して伊坂くんに大事なことを聞こうとしたのを邪魔してくれたし、ワタシのことをビッチ呼ばわりしてくれたり、色々腹に据えかねているのだ。

 なにより、散々伊坂くんをいたぶった。


「それだけで、倒す理由には十分です!!『火閃イグニス・ブレイド』!!」

『グギャッ!?』


 ワタシの突然の行動に驚いたのか、動きを止めた伊坂くんより先に、炎の刃を突き立てると、皇帝の身体が燃え上がった。


「ふぅっ!!スッキリした」

『キミでも、怒ることあるんだねぇ』

「えっ!?」


 心の底から湧き上がる爽快感を言葉にしていると、伊坂くんが意外そうな眼でこっちを見ていた。

 途端に、無性に恥ずかしくなる。

 というより、追い詰めたのは伊坂くんだったのに、ワタシがおいしいところだけもらってしまったではないか。

 ワタシは、燃え上がる皇帝から目を離し、伊坂くんに向き直った。


「あ、その!!えっと、すみません!!とどめを刺すのを取ってしまって!!」

『え?ああ、別にいいよ。皇帝のカードはキミに渡すつもりだし。そもそも、今回活躍したのはオレよりも・・・っ!?」

「し、死神さんっ!?」

『危ないっ!?』

「きゃっ!?」

『タダデハ、死ナヌゥゥウウウウウウっ!!』


 いきなり、伊坂くんに抱きしめられた。

 それを嬉しいと感じる暇もなく、恨みに染まった老人の声が響く。

 そして、一際大きな稲光が、ワタシたちに降りかかった。



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『イタタタ・・・怪我ない?』

「は、はい。死神さんが守ってくれましたから」

『そう?ならよかった・・・イテテ』

「だ、大丈夫ですかっ!?」


 まるで爆心地になったような境内の中心で、ワタシたちは生き残っていた。

 そう、まさしく爆心地だ。


『なんだったんだ、今のは・・・』

「多分、皇帝の逆位置にある、『暴走』です。あの本体からはほとんど魔力を感じませんでしたが、あれだけ強い分身を作れるくらいでしたし、魔力を隠していたのでしょう。その魔力を、死の間際に暴走させたんだと思います」

『なるほど・・・痛っ!!』

「待っててください!!今、薬を・・・あ」


 さっきの稲妻は、皇帝の死力を振り絞った自爆だったのだろう。

 あの不意打ちよりも、威力は上のようだった。

 頑丈な伊坂くんの鎧も、黒だからわかりにくいけど所々焦げ付いていて、あちこちがひしゃげていた。

 鎧を着ている伊坂くんのダメージも相当なものみたいで、動くだけでも辛そうだ。

 ワタシは、ポケットから非常用の回復薬を取り出そうとするが・・・


「割れてる・・・」


 さっきの稲妻は、伊坂くんがほとんど防いでくれたが、伊坂くんが抱きしめて押し倒した時に瓶が割れてしまっていた。

 この回復薬は、あくまでお守りであり、これを頻繁に飲むようなことがあったらワタシは詰んでいると思って、数を用意していなかった。

 さらに、伊坂くんなら大丈夫だろうという安心感があったのもある。

 ともかく、色々と言い訳をしたが・・・


「これじゃあ、伊坂くんの怪我、治せない・・・」


 小さな、本当に小さな声だったが、ワタシの口の中で、今の状況が形になった。

 それは、ワタシの無力を証明したのと同じ。


(ワタシ、これじゃあ、ただの役立たずだ・・・)


 今日、ワタシは二回も伊坂くんに庇われている。

 一回目の不意打ちと、二回目の自爆。

 そのどちらも、ワタシが油断していなければ防げたはずだ。

 ワタシには、相手の感情を見る眼があるのだから。

 そもそも、今日のワタシは何だ。

 伊坂くんに守られてばかりで、実際に戦ったのは伊坂くんだ。

 そのくせ、とどめだけはかっさらって、油断して伊坂くんに怪我をさせた。

 ワタシは無傷なのに。

 皇帝の権能を見破って、勝つのに貢献した?

 馬鹿を言ってはいけない。元々、そんな作戦は必要ないのだ。

 権能を使わなくても強い伊坂くんなら、権能を使って楽に勝てたはずなのだから。

 そして、なぜ伊坂くんは権能を使わない、いや、使えないのか?

 それは、足手まといのワタシがいるからだ。


「う、うう・・・」

『え、えっと?』


 じわりと、瞳が熱くなる。

 伊坂くんが声を掛けてくれたが、反応をする余裕もなかった。

 むしろ、気遣ってくれることが辛かった。

 あまりの悔しさと恥ずかしさ、情けなさが、とうとうあふれ出す。


「う、うわぁぁああああんっ!!」

『ちょっ!?だ、大丈夫!?』


 伊坂くんが、ワタシを慰めようとしてくれている。

 でも、ワタシにそれを受け取る資格なんてないように思えて。

 ワタシは、泣き続けた。



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(ヤバい、どうしよう)


「うわぁぁああああんっ!!」


 目の前で、魔女っ子が泣いている。

 だが、オレは動けなかった。


(泣いている女の子慰めるとか、どうやってやるんだよ・・・)


 過去、オレが泣かせた女子は数知れず。

 割り箸が割れずにイラッときた時の顔で泣かれ、寝不足で顔をしかめていたら泣かれ、コンビニで立ち読みして笑ったら泣かれた。

 そのときにオレにできたことと言えば、そそくさとその場を立ち去ることのみであった。

 だが、この場においてそれはできない。

 魔女っ子が泣いているのは、きっとオレは悪いから。

 もちろん、単に俺の顔が怖いとか、そういう話ではなく。

 

(とりあえず、なんで泣いているのか聞かないと。怪我してるからってわけじゃなさそうだけど)


 見たところ、魔女っ子に怪我はない。

 ローブが少し土で汚れているが、その程度だ。

 よくあの雷から守り切ったと、自分で自分を褒めてやりたい気分だが、今は置いておく。


(ん?)


 そんな風に魔女っ子を見ていると、妙なモノが目に入った。

 魔女っ子の手に、空の瓶が握られているのだが、瓶は割れていた。

 そして、オレはその瓶に見覚えがあった。


(さっき飲ませてもらった、回復薬の瓶か?割れてるけど)


 あの不意打ちを食らった後に飲ませてもらった薬で、痛みがだいぶ楽になったのを思い出す。

 今も、オレにその薬を飲ませようとしたのだろうか。

 

「うっ、うっ・・・ごめんなさい、ごめんなさい」

『え?』


 オレがじっと瓶を見ていると、魔女っ子が泣きながらしゃべり出した。

 こうやって泣いている所を見ると、この子は本当にまだ小さい子なんだなと、改めて思うが、一体何を言うのか。


「怪我、治せなくて・・・迷惑も、かけて、ごめんなさい」

『・・・・・!!』


 それは、オレへの謝罪だった。

 

「いつも、守ってもらってるのに、役に立てなくて、ごめんさい」

「ワタシ、弱くて、せめて、頭だけでも使おうって、思ったのに、馬鹿だから、気づけなくて、ごめんなさい」

『そんなことない』


 黙って聞いてあげるべきだったのかもしれない。

 吐き出させてあげた方がよかったのかもしれない。

 でも、オレが耐えられなかった。


「・・・え?」


 魔女っ子の謝罪が止まる。

 その泣きはらした目で、じっとオレを見ていた。

 

「でも、ワタシ、迷惑を・・・怪我も」

『あのくらい、どうってことないよ。オレ、強いし』


 オレは魔女っ子の前で元気よく腕を振ってみせる。

 あの雷のせいで実はかなり痛いのだが、頑張って耐える。

 まあ、実際動けなくなるほどのダメージというわけではないし。


「けど、ワタシ、足手まといで・・・伊坂くんが強いなら、ワタシなんて」

『オレは強いよ。けど、オレは馬鹿だから』


 オレは、わざとおどけるように言ってみせる。

 

『オレ、馬鹿だから、力押しはできるけど、考えるのはあんまり得意じゃないんだよ。魔法のこともまだ知らないこと多いし。けど、この先も、ずっとそうやってゴリ押しできるとは思えない。そんなとき・・・』


 そこで、オレは一呼吸おいて続ける。

 白上さんに教わった通り、魔女っ子の目を見て。

 俺の本心を込めて。

 この、なんでか放っておけない子が泣いているのは、オレが嫌だから。


『キミみたいに、賢い子が傍にいてくれれば、すごく心強いんだ。だから、迷惑なんていくらでもかけてくれていい。オレも、キミに頼る気満々なんだからさ』

「っ!!」

 

 心を込めてそう言うと、魔女っ子は驚いたように目を丸くしていた。

 

「ほ、本当に、本気で、そう言ってる・・・」

『? そうだけど?』


 なんだかよくわからないが、魔女っ子は泣き止んでいた。

 まあ、泣き止んでくれたなら、それでいい。

 

(救われたのは、オレもそうだからな)


 オレが、自分が人外だと知った時。

 あの時は、魔女っ子が必死になってオレを励ましてくれた。

 魔女っ子はもう忘れてるかもしれないが、あれがどれだけオレにとってありがたかったか。

 そのお返しができたのなら、何よりだ。


『とりあえず、どっか座ろうか?戦ったばっかりだし、立ちっぱなしだと疲れ・・・』

「うわぁぁああああんっ!!」

『ええっ!?なんで泣くのっ!?』


 かと思ったら、また魔女っ子が泣き出した。

 なんだ!?オレ、何か気に障ることを言ったのか!?


「ち、違うんです・・・う、嬉しくて」

『え?』


 オレがオロオロしていると、それを察したかのように、魔女っ子はしゃべり始めた。


「伊坂くんが、本当に、そう思って言ってくれたことが嬉しいんです。嬉しくて、嬉しくて・・・うう」

『どわぁ~!!り、理由はわかったけど、涙拭いてって!!え~と、ハンカチとか持ってないし・・・』

「うう、うううぅぅぅ~・・・」


 どうやら、今泣いているのは嬉しいからなようだが、かといって目の前で泣かれていると落ち着かないというか、いたたまれない気分になる。

 こんなゴツい鎧を着ているので、ハンカチを取り出せるわけもない。

 どうにかなだめるしかないのだろうが、オレは必死でやり方を考えるも思い浮かばず、この空気に耐えられなくなった口が勝手に動くのに任せた。


『あ~、ほら、えっと、アレだ!!キミ、せっかく可愛いんだから、笑おうよ。もったいない』

「へ?嘘・・・」

(効果ありかっ!!)


 だが、オレの苦し紛れの一手は有効打だったようだ。

 すかさず、オレはたたみかける。


『嘘なんか言ってないって。キミ可愛いよ。彼氏だって選び放題だって』

「か、かわっ!?ま、また、言って」


 オレの口から、ペラペラと魔女っ子を褒める言葉が飛び出すと、魔女っ子は真っ赤になっていた。


(我ながら似合わなねーことしてんなぁ。嘘言ってるつもりもないけど)


 まるで頭の軽いナンパ野郎のようだが、相手はさっきまで泣きじゃくっていた小学生くらいの子供。

 しかも、オレの顔は仮面で隠れていて、正体はわからない。

 なら、普段は恥ずかしくて言えない歯の浮くような台詞も言えるものだ。

 ネットでリアルでは無口な奴がイキッてるのと同じようなものである。

 まあ、魔女っ子は実際顔が可愛いので、嘘ではないのだが。

 このまま成長すれば、オレの言うように彼氏選び放題の美少女になることだろう。

 そのときには、オレも白上さんとくっつけていれば言うことなしだ。

 

「で、でも、ワタシ、みんなに嫌われて、避けられて・・・」

『オレは、キミみたいな子は好きだよ。嫌いな奴を守ろうと思うほど人間できてないし』

「~~~~っ!!!??」


 これも嘘ではない。

 もしも魔女っ子が嫌な奴だったら、少なくとも励まそうだなんて思わない。

 魔女っ子のようにいい子だから、庇ったり、守ってあげたいと思うのだ。

 そういう意味で、オレは間違いなく魔女っ子のことが好きなのだろう。

 勿論、白上さんに向ける気持ちとは違う意味の好きなのだろうが。

 オレは、白上さんへの気持ちを確かめながらも、魔女っ子への褒め殺しを続行しようと魔女っ子に向き直るが、魔女っ子の様子が少し、いや、かなりおかしかった。


「っ!?え?え?ええっ!?ほ、本当に、本当に、ワタシのことがっ!?だから、こんなに必死になって守ってくれて・・・?~~~~~っ!!!!」

『え?ちょっと!?大丈夫っ!?』


 湯気でも出るのではないかと思うほど顔を真っ赤にした魔女っ子が、突然オレに倒れかかってきたので、オレはとっさに受け止めた。

 実は庇いきれてなくて、怪我でもしていたのかと心配になったが・・・


「えへへへへ・・・」

『ええ?寝てる?』


 魔女っ子は、それはそれは幸せそうな顔して、オレの腕の中で眠りについていたのだった。


-----


おまけ



「えへへへ」

『本当に、気持ちよさそうに寝てるな~。そんなにいい夢見てるのかね。まあ、泣いてるより全然いいけど」


 魔女っ子を抱えて、皇帝のカードを拾ってから、いつものように何故だか無事だったベンチに座っていた。

 結界はもう解けて、本物の夕日に照らされている。


『あれ?そういや・・・』


 魔女っ子の顔を見ていて、オレはふと気になったことがあったのを思い出した。

 ただ・・・


『なんか、魔女っ子と話してて、気になることがあったような?魔女っ子が泣いててそれどころじゃなかったけど。ん~?』


 自分が気にしていることが何なのかが、よくわからなかったのだが。

 だが、まあ。


『思い出せないってことは、大したことじゃないだろ。別にいっか』


 思い出せないなら出せないで、別にいいことなのだろう。

 そう思ったオレは、あのとき魔女っ子がオレの名前を何て言っていたのかなど、気にもしなかったのだった。



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TIPS1 THE EMPEROR 皇帝


 


大アルカナの4番目。


オレンジの背景の中、赤い衣を纏い、脚に鎧を着けた老人が玉座に座っている絵。



正位置では 『支配』、『安定』、『防御』、『堅固』、『統率力』、『自信』、『野心』など。統率力あるリーダーであること、安定した支配者である様を表す。

また、彼が座る岩の椅子と鎧は、その立ち位置が盤石、堅固であることを意味する。


逆位置では、『傲慢』、『暴走』、『不安定』、『虚栄心』、『未熟』など。権威主義だったり、高圧的になって部下のコントロールに失敗する、消極的である様を示す。



作中では、雷属性の魔法を使用。

雷は本作オリジナル。

タロットでは、火は情熱や野心。風は知性や理性を表わすとされ、正位置の優れた統治者である皇帝が操る属性として、それら二つの複合である雷にした。


レベルは6。権能は『傲慢と虚栄心』『暴走による自爆』。

相手を見下せば見下すほど、自身の思惑通りにコトが進むほど自身を強化する。

また、最も特徴的な能力として、『虚栄心』による分身作成がある。

これは、貧弱な本体が自身を強大に見せるため、正位置の皇帝を模した分身を創り出す権能。

生み出された分身は強固な防御力を持ち、倒されても本体が諦めない限り何度でも作成可能。

ただし、本体の存在に気付かれるだけで大幅に弱体化し、その状態で分身が倒されると復活に時間がかかる。



TIPS2 黒葉鶫の好感度(前話含む)


ワタシ、可愛いって思われてるんだ・・・     +5%

ワタシのことが『そういう意味で』好きなの!?  +?%



現在 55%+?%(?は正の数)



黒葉鶫は、今とても混乱している。

嬉しくて幸せなのは間違いないようだが。

その眼で見た伊坂誠二の想いが自分に向けられたモノではないということに、当然気付いていない。

伊坂誠二がいつか刺されないか心配である。

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