黄泉路の傍

とき

序章  惹句≪じゃっく≫

 何処にでもあるような雰囲気の学校がある。高等学校だ。

 少年少女たちが青春を謳歌おうかする場所。

 しかし、その学校には少しだけ、他と違った様子があった。

 それは、生徒たちだ。

 学校の中を闊歩かっぽする生徒たちは、男女とは別に二つの種類に分けられていた。

 身に纏うブレザータイプの制服が、暗い青色の生徒と濃い赤色の生徒とで分かれているのだ。

 この学校の、最大の特徴と言える違いであり、何人かの生徒たちは、この事を受け入れきれないまま、ぎこちない学校生活を送っていた。

 そんな学校の中、ちょっとした存在感を放つ少年がいた。

 存在感と言っても、着ている服が学校指定の物でない学ランであるだけで、それ以外は特に変わった所は無い。

 男らしい輪郭りんかくの顔に、自然な茶髪をした中学生の少年だ。

 その少年は、目に見えて寂しそうな表情をしている。

 校内を案内する教師や、共に学校見学に来ていたグループとはぐれた事による不安もあるが、それ以上に、少年はこの学校の特性に対して強い違和感を抱き、鬱屈うっくつした気分になっていた。

 少年は見学グループと合流するべく移動していた。

 なるべく目立たないようにする為、学校と隣接する雑木林ぞうきばやしに沿って歩く。

 すると、少年は雑木林の中に人影を見つけた。

 木々の合間を抜けた先の開けた場所で、濃い赤色の制服を着た女子生徒が倒れている。

 息を呑み、すぐに女子生徒の元へ向かった。

 その場所は、柔らかそうな草の野原になっており、少年は女子生徒の近くまで来ると、その状態に気付く。

 女子生徒は、気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 高校生にしては幼い相貌に、サラッとした髪が流れ落ちている。

 眠っているだけと分かると、少年は呆然としつつも内心で安堵あんどし、静かにその場を去ろうとする。

 その時、草木の揺れる音と共に、一人の男子生徒が現れた。

精悍せいかんな顔立ちをした、大人びた雰囲気の男子生徒。制服は暗い青色をしている。

 男子生徒と目が合った少年は、緊張した面持ちで立ち尽くす。

 対して男子生徒は、柔和にゅうわな表情で親しげに語り掛けた。

「やあ、君は学校見学に来た子かな?」

「あ……はい」

「どうしてこんな所に?」

「その……ボーっとしてたら、皆とはぐれちゃって、校門の方に戻ろうかと」

「なるほど。その途中で、この子を見つけて、駆けつけてくれたのかな?」

 言いながら、男子生徒は女子生徒へと視線を移した。

「まあ、はい」

「そうか、心配をかけて悪かったね。どうもこの子は、ひどくマイペースな所がある」

 男子生徒は片膝を突き、女子生徒を優しくする。

「マドカ、起きてくれ」

 優しく声を掛けられ、マドカと呼ばれた女子生徒が目を覚ます。

「ん……カノウくん?」

「立てるかい?」

 カノウと呼ばれた男子生徒に手を貸してもらい、マドカはよろよろと立ち上がる。

 そして、マドカは少年の存在に気付いた。

「違う制服……この人は?」

「来年から、君の後輩になるかもしれない子だよ」

 カノウが答えると、マドカは一気に目が覚め、パアッと明るい顔になった。

「受験生の子なんだ!えっとね……」

 一瞬だけ考え込むような顔をしてから、マドカは少年と顔を合わせる。その顔は、さっきよりも輝いて見える、朗らかな表情だった。

「良い所だよ、この学校!」

 マドカの言葉を受け、少年は胸の内に衝撃を感じ、言葉を返す事が出来なかった。

 そんな少年の心情を察し、カノウが口を挟む。

「マドカ、そろそろ戻らないと、皆が困るよ」

「あっ、そうだね。それじゃあ……」

 改めて少年と顔を合わせたマドカは、少年に別れの言葉を告げる。

「またね」

 そう言って、マドカは軽い足取りで校舎の方へと向かって行った。

 少年は、去り行くマドカの背中から目が離せなかった。

「さて……折角だから、校門の方まで送ろうか?」

 カノウが提案すると少年は我に返り、しばし逡巡しゅんじゅんして答えを出した。

「大丈夫です、一人で行けます」

「そうか。ああ、でも、名前だけ聞いておいていいかな?もし担当の教師が君を探していたら、伝えておいた方がいいからね」

「……ジュンセ、です」

「ジュンセ……」

 少年、ジュンセの名前を聞こえないくらいの声で繰り返すと、カノウは湧き出した好奇心に従い、ジュンセに質問を投げる。

「君は、この学校の特性について聞いているかい?」

「っ……はい」

「なら、さっきの女子生徒と、私の違いについては?」

 促すようなカノウの聞き方に、ジュンセは一瞬だけ躊躇ためらうような顔をした。

「……解ってます」

「そうか」

 ジュンセの返答に、カノウは密かに安心を抱く。

「こんな事を入学が決まる前の……いや、まだ受験するかどうかも分からない相手に言うのは、どうかと思うんだが……」

 カノウは真摯しんしな瞳でジュンセを見据みすえ、澄んだ声音で想いを伝える。

「この学校に来るのならば、どうかあの子たちの心を考えるようにして、一緒の時間を過ごしていって欲しい。私は、君たち側の人間に、そうあって欲しいと願っている」

 語られた内容は、染み渡るようにしてジュンセの胸に伝わる。しかし、返す言葉をジュンセは見つけられなかった。

「俺は……」

 言葉を絞り出すも、それ以上は何も出ない。

 そんなジュンセに、カノウは同情するような表情だけ残して、その場を後にした。

 歩きながら、ジュンセはカノウの言葉を思い返し、カノウが良い人なのだろうと思った。

 そして、マドカの言葉を反芻はんすうし、思わず呟く。

「どうして、そんな事が言えるんだ……」

 この学校が良い所である。なん迷いもなく出された言葉、想いを感じさせる声が、ジュンセの中で疑問の渦を巻く。

 カノウが言う、生徒たちの違い。

 それは青と赤、制服の色の違いだ。

 暗い青色をした制服は、普通に生きている人間。

 濃い赤色をした制服は、一度死亡して蘇った人間。

 この学校、国立特殊高等学校『謳泉おういずみ学園』は、生者と蘇生者が共に通い、同じ青春の時を駆け抜ける唯一の場所。

 死者蘇生の是非ぜひを問う、実験場だ。

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