バーンアウト・ウイッチ

波丘

第1話 とある魔女のはなし①

 人智を超えた奇跡を起こす魔法。

 なぜ、その魔法を使える人間が現れたのか。

 それは、生物の進化にたとえられるだろう。


 海中で暮らしていた生物が、ある日を境に、突如として陸上に進出したように、神の気まぐれとも言える遺伝子の突然変異である。

 今となっては大きく後退してしまった科学技術が、かろうじて解き明かしたのは、魔法を使える人間は特別な遺伝子を持っているという事だ。


 科学が全盛期だった大昔は、その奇跡の重要性は文明の利器に取って代わられたが、それが衰えた今となっては、魔法は原始の力を取り戻していた。


 そして、ここにも魔女が一人。


 「ふっふーふん、ふーふん」

 くるくるとした、茶色いくせっ毛の長い髪の毛が特徴的な少女が、機嫌よさそうに一人で鼻歌を歌っている。

 少女は、ベージュのTシャツとハーフパンツと言うラフな服装で、海の上に横たわる巨大なビルの残骸に腰掛けていた。

 そして、裸足の足をぶらぶらとさせながら、オレンジ色に輝く夕陽をただ何をするでもなく眺めていた。打ち寄せる波はとても穏やかで、静寂なある種完成された世界がそこにはあった。

 くせっ毛で半分くらい隠れてはいるが、聡明さを思わせる澄んだ茶色い瞳をしていて、どこか凛とした雰囲気を持っている少女だった。


 時折吹く、潮の匂いが混ざった風が優しく長い髪を揺らす。

 今日、16歳の誕生日をむかえた少女は、魔女として独り立ちを認められた。

 明日の朝にはこの地を旅立つので、ここから見る夕陽も今日で見納めである。

 夕焼けを観ていると、いつもその綺麗さに感動すると同時に、どこか心の奥底をチクチクと刺激する物寂しさを感じた。


 「カーッ、カァッ」

 前方から、小柄なカラスが飛んできて、少女の肩にピタリと止まる。

 そのカラスの首元には、洒落た青いリボンが蝶結びで巻かれていた。

 「おかえり、ジジ」

 少女は愛おしそうに、ジジと呼ばれたカラスの頭を指で優しくなでる。

 両親をとある事件で亡くしている少女にとっては、残された唯一の家族とも言える存在だった。

 「そろそろ、お家に帰ろうか」

 少女は立ち上がると、ズボンのお尻の部分を手で払う。

 「・・・・・・」

 少女は、胸に両手をあて目を閉じて精神を集中する。すると、少女の体がふわっと宙に浮き上がった。

 体が浮き上がると同時に、ジジも肩の上から勢いよく飛び立つ。


 そのまま、ふわふわと宙に浮かび、海の上のビルの残骸から砂浜に移動する。

 が、少女は砂浜の上に着地しようとした瞬間に、ガクガクっと大きくバランスを崩してしまう。「あわわっ」と、間抜けな声を挙げると、そのまま地面に勢い良く落下して尻もちを付いてしまった。

 「カーッ、カァ」

 近くを飛んでいたカラスのジジは、囃し立てる様に少女の周りを飛び回る。

 少女は、その様子を恨めしそうな目で見上げた。

 「ジジ、あんた・・・今日の晩ごはん抜きだからね」

 ぼそりとそうつぶやくと、ジジは少女の怒りを察したのであろう。肩に飛び乗り、ご機嫌でもとるかのように、そのつるつるした黒い頭を少女の茶色い髪にすりすりと擦りつけてきた。


 少女は砂浜から、木々が生い茂る獣道に入った。しばらく森の中を歩くと、自宅である山小屋風の家が見えてきた。

 周囲には他に家は見当たらず、薄暗い森の中にぽつんとその家だけが一軒存在した。

 少女は、開閉するたびにギギギっと音が鳴る、建付けの悪い扉を開けて中に入る。

 「ただいま」

 室内には誰もいないが、その挨拶は玄関に飾ってある両親の写真に向けられたものだった。

 その部屋の中には、最低限の家具しか置かれておらず、傍から見れば質素な暮らしに感じられる事だろう。

 ジジは少女の肩から飛び立ち窓辺に行くと、そこに置いてあるお皿からついばむ様に水を飲む。


 少女はちらりと、壁に掛けられている時計を見ると、時刻は18:20を指していた。

 今日は、このコミュニティのリーダーであり、少女の身元引き受け人でもある老人が訪ねてくる予定であったが、まだ約束の時間までは余裕があった。

 「よし、いつものやるか」

 少女はそう呟くと、戸棚から片手に収まるサイズの音楽プレーヤーを取り出した。

 そして、部屋の中央に置いてある、丸いラグの上にあぐらをかいて座り姿勢を正す。


 耳にイヤホンを付けて、音楽プレーヤーの再生ボタンを押すと、ゆったりとした曲調のクラシック音楽が流れて来た。

 少女は、父親の影響で幼い頃からクラシック音楽を聞いて育った。その中でも、父親が特に好んで聞いていたジムノペディという曲が大好きで、集中したい時、寂しい時などはよくこの曲を聞いていた。 

 少女はあぐらで座ったまま、目を軽く閉じる。

 「ふぅ、すぅっ」

 そして、息をゆっくりと吸ったり吐いたりして、自分の呼吸に意識を集中させる。

 イヤホン越しに聞こえる、ゆったりとしたピアノの旋律が、どんどんと意識から遠のいていった。

 魔法使いにとって、瞑想は最も基本的な鍛錬であった。

 瞑想をする事で、脳の回路が整えられ、効率よく魔法を発動させる事ができるのだ。

 小さな子供の魔女も、まずはこの瞑想の訓練から始める。


 「・・・・」

 瞑想を始めてから、30分くらいは経っただろうか。少女は閉じていた目をゆっくりと開けると、感覚を外側に向けた。

 意識の外で、微かに鳴っていたピアノの音も、いつも通りの音量に戻って聞こえてくる。

 首を左右に振り、肩を軽く回して体をほぐしながら、少女は遠い昔の頃の誕生日の出来事を思い出していた。

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