第7話 バカなやつ

 ある日のこと、スパイ映画にあるような吸盤式の接着具を発明した男が、、それを使って高層ビルによじ登りたいと相談にきたので、高いところには何があるかわからないから気をつけろと言ってやった。


 男は、東京でいちばん高いビルを選んで実験し、成功したら、世界中のビルを制覇しようと言っていた。


 実験は、当然のことながら、無許可で、誰にも知られずにやろうと考えていたので、夜に行うことにしたらしい。


 何しろ、夜景も綺麗に見えるし、一石二鳥である。


 男はビルの裏の人気のないところから登り始めると、だんだん高度が高くなっていったが、接着具の調子は良いし、夜景は見事だし、実に気分がよいと油断し始めたのがいけなかった。


 ついつい有頂天になって、消防団の出初め式のような格好をしたり、逆立ちに近いことをやっていたら、接着具を片方落下させてしまった。


 そのうち今度は、風がだんだん強くなってきて吹き飛ばされそうになってきた。


 風は雨の前触れである。


 叩きつけるような大雨もふってきた。


 ずぶ濡れになった男は、何故かだんだん笑いがこみ上げてきて、とうとう大声で笑い始めると、その笑い声はビルの谷間に響き渡っていった。


 とうとう男は力尽きて死ぬことを覚悟し、開き直ったのか、あるいは気がふれたのかもしれなかった。


 ところが、ふと足をみると、履いて来た日本製の地下足袋の裏ゴムが意外にビルの壁面に吸い付いていることに気づいた。


「これなら、接着具一個でもちょっとずつなら下に降りられるかもしれない」


 男はものすごい形相で、ちょっとずつちょっとずつ降り始め、最後は地面に飛び下りた。


「助かった!おそるべし!日本の地下タビ!日本人でよかった!」


 そののち、男のビル制覇の夢は砕け散ったらしいが、こんな形で、日本人でよかったって思うこともあるんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る