第34話 言い争い

「少しだけ頭を整理させてくれ」


 魔術師の人たちが帰った後、フリード様はそう言い残して、部屋から出て行こうとする。


「お父様、お話したいことがあります」


 レイチェルは相変わらず、穏やかな声で言う。


「分かった。しばらくしたら、お前の部屋を訪ねる。それで良いか?」


 レイチェルは「分かりました」と返答する。


 俺たちも一旦、レイチェルの部屋へ戻った。

 かける言葉が見つからない。


 この結末は予想できた。

 でも、いざ現実になるとどんな言葉も慰めにならない。


「やっぱりこうなっちゃった」


 レイチェルは部屋に戻るとベッドに座る。

 俺やフリード様より、当事者であるレイチェルの方が平然としていた。


「お父様もアレックスも沈み過ぎだよ」


「そう、だね……」と言ったが、俺自身、驚くほど声に力が無かった。


「じゃあさ……」と言いながら、レイチェルは俺の腕を思いっきり引っ張った。


「!?」


 レイチェルは俺をベッドに押し倒し、馬乗りで、

「気分転換に良いことする?」

 そんなことを言った。


「また君は…………!」


 俺はレイチェルの悲しそうな表情を見て、言葉を止める。


「ふざけてない、よ……真剣に言ってる……」


 レイチェルは馬乗りの体勢からうつ伏せに倒れて、完全に俺と体を密着させた。


「私、アレックスなら良いよ……」


 レイチェルの声は震えていた。


「きゅ、急にどうしたんだい!? 一旦落ち着こう! いつ、フリード様が来るか分からないし、今は君も俺も動揺しているんだと思う。だからさ…………!」


「そう、だよね……困らせちゃって、ごめんね」


 レイチェルはゴロンと体を半回転させて、俺の上から退いた。

 そして、俺の横で仰向けになる。


「ねぇ、アレックス?」


「なんだい」


「お父様と話をしている間、アレックスの周囲に『防音魔法』をかけても良い? お父様と二人だけで話がしたいの」


「……分かったよ。じゃあ、俺はその間、レイチェルと背中合わせになっているね」


「うん、ありがとう」


 俺たちは無言だった


 どれだけ時間がったのだろうか。


 部屋のドアがノックされて、

「入って良いか?」

 とフリード様の声がした。


 レイチェルが「どうぞ」と言う。


 すると深刻な表情のフリード様が入って来た。


「椅子に掛けてください」


 レイチェルに言われ、フリード様が椅子に座る。


 同時にレイチェルが『防音魔法』を使ったらしく、俺の周りが静かになった。


 俺は打合せ通りにレイチェルと背中を合わせる。

 会話は聞こえないし、二人の表情も見えない。


 レイチェルがしゃべる時の僅かな震動だけを背中越しに感じる。


 最初は穏やかに話していたが、途中から声を荒げているのが分かった。


 気まずかったし、気にもなったが親娘のやり取りを勝手に見るわけにはいかない。


「!?」


 突然、背中に衝撃が走った。


(なんだ!?)


 反射的に振り向いてしまった。


 するとフリード様が必死の形相で、レイチェルの両肩を掴んでいた。

 様子から察するに怒鳴っているようだ。


 一瞬だけフリード様と視線が合ったが、すぐに俺は振り向く。


 この光景は絶対に見ちゃいけない、と思った。


 その後も怒鳴り合っている気配がした。


 この仲の良い親娘がここまでの言い合いをするなんて尋常じゃない。


 かなり激しく、そして長く言い争いは続いた。

 長く感じた、と言うだけではなく、本当に長い時間、日が沈むまで二人は言い争いをしていた。


 そして、レイチェルが防音魔法を解除した時、フリード様はすでに部屋の中にはいなかった。

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