第9話 出発
「さてと、やることをやるかな。それに軍の状況も確認しておきたいし」
俺は少し特殊な通信用の魔道具を取り出した。
「それは?」
「これと同じ魔道具を持っている奴とだけ通信が繋げられるんだ。軍へ戻らずにレイチェルの故郷へ行くなら、軍の方の連絡用の魔道具は使いたくないからさ」
言いながら、俺は魔道具を起動する。
「ジャン、聞こえるか?」
俺が声をかけるとすぐに反応があった。
「アレックスか? お前、今どこにいるんだ?」
親友の声から安心しているのが良く分かった。
「ちょっとそれは言えないんだ。とにかく命の危機とかじゃない。だけど、すぐには戻れそうにないんだ。俺が戻らないと騒ぎになりそうかな?」
俺の質問に対して、ジャンは少しだけ考えてから、
「いいや、問題にはならないだろうよ。今回の戦い、犠牲が多すぎた。行方不明者が今更一人増えたところでそれを気にするほど組織が機能していない」
「そうか。……悪い、ジャン。俺は少し姿を消すことになりそうなんだ」
「理由は教えてくれないのか?」
「今は言えないんだ」
こんなことを突然言えば、問い詰められると思った。
しかし、ジャンは「そうか」と即答した。
「追求しないの?」
「俺は親友を追及するようなことをしたくない。どうせ、お前のことだ。人助けとかだろ」
ジャンに言い当てられてしまった。
「とにかく、軍の方は問題ない。だから、アレックス、絶対に帰って来いよ」
「ああ、ありがとう」
俺はジャンとの通信を切った。
確かに今回の戦いは犠牲が多すぎた。
俺やレイチェルが行方不明になっても、すぐに捜索とはならないだろう。
いや、もしかしたら、レイチェルは勇者だから、俺よりは早く捜索が始まるかもしれないが、それもすぐじゃない。
「さて、軍の方は機能が麻痺して大丈夫そうだから、俺たちは行動を開始するか」
俺は野営地の撤去を始めた。
と言っても片手ではやり辛いのでレイチェルにも手伝ってもらう。
「レイチェル、君の故郷へ行く前に寄り道をしても良いかな?」
「駄目なんて言わないよ、でも、どこに立ち寄るつもりなの?」
「レーテっていう村に向かう。俺の故郷なんだ。そこにジェーシっていう知り合いがいるんだよ。元々は士官学校時代の同級生で呪術に関しての専門家なんだ」
「でも、軍の人なんでしょ?」
レイチェルは少し心配そうに言う。
「今は結婚して、もう引退したよ。秘密は守る奴だから、安心して」
レイチェルが受けた『魔王の呪い』について、まずは専門家に聞くべきだろう。
魔王の呪いを治すか、軽減できる方法が見つかればいいけど…………
「それにしても馬も無しでレーテ村まで行くのは何日かかるかな?」
それを考えると思いやられる。
「だったら、どこかの街で馬、それに他の物資を調達しようよ」
レイチェルが提案する。
俺もそうしたい。
でもなぁ…………
「問題が二つある」
俺は指を二本立てた。
「一つ目は街に寄るとレイチェルを知っている人がいるかもしれないってこと。そして、もう一つは単純に馬を買うほどの金が無いこと」
「だったら、問題はないね」
レイチェルは言いながら、俺と手を繋いでいる方と逆の手で自分の顔に触れた。
するとレイチェルの容姿が変わる。
「これで顔の方は解決。で、お金なら…………」
レイチェルは空間魔法を使えるようだ。
空間が歪み、そこへ手を突っ込んで袋を取り出した。
「これだけあれば、大抵の物は買えるでしょ?」
パンパンに膨らんでいる掌くらいの袋の中は全て金貨だった。
一体、俺の給料何か月分、いや、何年分だろうか?
「どうしたの?」
「いや、俗なことを考えていたよ。確かにこれなら問題はないね。じゃあ、街へ向かおうか」
俺たちは一番近い街を目指して、行動を開始する。
と言っても、ここは魔王領なので一番近くの街へ到着するのに五日の時間を要した。
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