01

向こうの世界で今まで関わってきた加害者たちには明確な悪意があったのに対して、こっちの人間エダイン・ウルグの意思はどうにも希薄なような気がしてならない。


「意味が分からないモノが、一番怖いのよ」


胸焼けのような苛立ちが滲み出してきて、エマは淡く唇を噛んだ。


「…そうだな。とにかく、俺としては…できるだけ多くの人間エダイン・ウルグを駆逐してしるしげたいと思っているが……今はまず、キミの療養が先だ」


「…え、私? (たぶん)どこも悪くないと思うけど…」


「寝ているうちに悪いとは思ったんだが、医者に診てもらった。そうしたらな、低栄養状態だと言われて叱られてな…」


「ごめんなさい。私のせいで…」


まさかそんな大事になるとは思っていなかったエマは、ハンクの剣幕に戸惑いも顕に俯いた。

確かに、向こうで暮らしていた時も医者に「もう少し食べて脂肪をつけなさい」と言われていたけれどあまり空腹を感じないから…と聞き流して、まともに食事を取らずにいた自覚はある。

────病院で体重を計った時は、たしか40kgだったっけ。

医者に懇々と説教をされたが、金食い虫に強いられた極貧生活習慣が染み付いていて、気がついた時にはもう既に、食欲が極端に湧かなくなっていた。


「……ごめんなさい、ハンク…」


自分の下らない「事情」で彼の復讐の足を止めてしまったことを恥じ入ると共に、エマは自身の身体の状態にまた一つ嫌悪感を抱いた。

…ちなみに精神的に病んでいる自覚はあれど、それがどうすれば治るのかも解らない。


「いや、気にしないでいい。今はとにかく、できるだけ沢山の栄養を摂って…身体を休めることが大事なんだ。有難いことに親切な人狼カムルイのご婦人が、この村にある今は使っていない家を一棟貸してくれることになったから、しばらくはそこで暮らそうな」


「…うん」


ハンクの優しさが、今は胸に深々と突き刺さる。

温情をかけてもらったところで、治る見込みのないことが後ろめたくて、エマは弱々しく応えることしかできなかった。



荷馬車はフェネルト郊外の村、ルフナで恰幅の良い家主の婦人とハンクとエマを降ろした。


「お嬢さん、えらい真っ青だけど…大丈夫かね。…いいや、このままじゃいけないねえ。今夜はうちに泊まっていきなさい」


「でも…ご迷惑を…」


背を支えられてやっとの状態のエマは、あっちへフラフラ…こっちへフラフラと頼りなく、誰の目からしても急を要する状態だった。


「なあに、迷惑と思うんだったら最初から声なんて掛けちゃいないよ。遠慮しなさんな。困った時はお互い様ってね!」


恰幅の良い婦人はイリザと名乗り、農場を切り盛りする農婦で、また腕の良い医者でもあった。

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