06

「エマ……悪かったから、私たちを見捨てないでよォ…」


病んだ目で、叔母の美菜子が呟いた瞬間だった。


「見捨てるだなんて、とんでもない……帰ってきましたわ、叔母さま」


「エマ!!」


返ってくる筈のない返答が返ってきて、樹里亜は髪を振り乱し、血走った眼で振り返った。


「お前、よくもノコノコと帰って来られたわね!! いや、そんな事はどうでもいいわ…給料日はとっくに過ぎてるんだから、さぞかし懐は温かいわよねぇ?」


戸口に凭れかかるような姿勢で佇む姪・エマに、樹里亜は迫るなり乱暴に胸座を掴み上げる。


「会いたかったわ死に損ないバカ女……相変わらずムカつくわね」


「……」


樹里亜の即物的な物言いが癇に障ったが、まだ仕掛ける時ではないのでエマはのらりくらりと回答を翻してやり過ごす。叔母に至っては論外、口を利く気さえ起きない。


「余裕かましてんじゃないよ。給料もらってるんだろ!? さっさと有り金全部出せって言ってんだよ!!」


実際無視をしていたため、その様子が余裕そうに見えたらしく、樹里亜が普段の二割増で噛み付いてきた。


「……辞めたわ」


「はあ!? 辞めたって、どういうことだい。誰のお蔭でここまで育てたと思ってんだっ」


「母さんの言う通りよ! アンタが働かなきゃ、あたし達の生活費はどうなるのよ!」


そういう結末を思いもしなかったのだろうか、異声同音が重なる。髪を振り乱し、唾を飛ばして恫喝する叔母と従姉妹の姿は、この上なく醜かった。


「うっとおしいわね。…汚ならしい手で触らないでくれない? あんたの汚い声も耳障りよ」


通らない理屈をこねる従姉妹に、エマは失望と侮蔑の眼差しを向け、溜息を吐いた。

どうしてこの家は、こうにも依存的なんだろう。

格差があり、命令的で、外界と比べて酷く頽廃している。

だから、叔父も遂に愛想を尽かしたのだ。


「なによ死に損ない!! このアタシに向かって、そんな口利いていいと思ってるワケ!?」


短気で粗暴な従姉妹は、すぐに暴力に訴えるから面倒くさい。依存癖で不細工のキチガイが。


「はん、死に損ない…ねえ。それってアンタのことよ馬鹿オンナ」


「な゛!?」


首を締めあげられる形で壁に押し付けられたエマは、睨めつける樹里亜の瞳を感情のない冷酷な眼で射竦めた。

唐突に豹変したエマの様子に驚きを隠せない樹里亜だったが、罵倒されたと理解すると憤怒に顔を真っ赤にする。


「離しなさい」


簡単に頭に血を上らせる従姉妹の様子を蔑んだ瞳で見遣るエマの瞳は、冷えた殺意を宿してどこまでも冴えていた。

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