3話 毒虫たちの終焉

「…早いな、エマ…」


すっかり身支度を整え、鏡台に向かっていたエマがルージュを塗りながら肩越しに振り返る。

鮮やかな孔雀羽色の瞳が一瞬だけ驚きに丸められ、やがて笑みの弧を描いた。


「……あなたも、ね」


「…寒くてね。目が醒めたんだ。もう行くのか?」


「ええ。だって心残りは、一つずつ潰していかないと先に進めないもの」


胸元に僅かな肌色が見える以外は露出のない純黒のワンピースを着こなすエマの立姿は、淡い髪の色が映えて文句なしに綺麗で…ハンクはしばらくぼうっと見惚れた。

これが、純血種。姿を変えていてもなお彼女から滲み出す強烈な魔力は、人狼カムルイの国であるトルガイ王国を統治している王族をも遥かに凌駕している。


「そうね、まず…手始めに、この世界から“白鷺絵麻”という人間が存在した痕跡を消して、関わった人間からも記憶を抜きとる。処理は、それで終わりかしら」


「そうか、よく決めたな。……その、」


「…なあに?」


「その化粧……よく、似合っている」


「ふふ。それはどうも。しいて言うなら…これは今日という戦場を戦い抜くための『戦化粧』ってところかしら」


形よい二重まなこを縁取るのは、長く繊細な睫毛。

彼女曰く、粉を叩き口紅をさすのは武装であり、切り替えのスイッチなのだそうだ。

美しい闇色に身を包んだエマは、夢見るように口ずさんで、うっそりと微笑む。

しかし、その微笑には隠しきれないかげりがあった。

目敏く察したハンクは、鏡台の前に座るエマの肩をゆっくりと抱き寄せ、柔らかな髪の毛を一房掬いあげ口付けた。

天はなぜ、自分たち魔族に残酷な宿運を課すのだろう。


「ハンク?……もう、仕様のないひと


抱き寄せたことに非難の声をあげるエマを甘やかすように、ハンクは頬に鼻に、唇につたないキスを落とす。

つたなくも優しいキスを落とすハンクに、怒りを含みながらも甘い色香を帯びた孔雀羽色の瞳が淑やかに微笑んだ。



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