世界の片隅で、果てなき夢を追う

下手の横好き

第1章 其々の出会い

第1話

 「本当に進学しないのか?

お前なら何処どこだって入れるんだぞ?」


中学の担任が、物凄く残念そうにそう言ってくれる。


「もう決めた事ですから。

僕は探索者になりたいんです」


「そう言って命を落とした生徒を、俺は何十、何百と見てきた。

確かに夢のある仕事ではあるが、ある意味、戦争に参加するより酷い目にう。

こう言っては何だが、本来は貧困層、下層民が就く仕事だぞ?

諸外国では、重犯罪者の処分場でもある。

せめて訓練学校へ進んでからにした方がいんじゃないか?」


「心配していただき、有り難うございます。

ですがこの8年、自分なりに精一杯鍛錬してきたつもりです」


剣道、空手、弓道、柔道、合気道は、小学1年生の頃から道場に通い、どれも今の時点で取れる最高段位の、初段を持っている。


公式試合では、今まで一度も負けたことがない。


他にも陸上の部活に入って100メートル走と200メートル走で中学の全国1位になり、週末はボクシングのジムにまで通っていた。


「お前には死んで欲しくない。

普通に生きれば、将来は確実にこの国を背負って立つ人物になるはずだ。

お金の事なら、どの高校も特待生で迎えると言っているから心配ないぞ?」


模試では常に東京都で10番以内に入り、内申点も美術以外は満点であるため、そう言ってくれる高校は多かった。


「両親の遺産があるので、今の所は不自由しておりません」


「ああ、そうだったな。

・・非常に残念だ。

どうか長生きしてくれよ?」


「はい。

生き残ってみせます」


保護者のいない三者面談が、やっと終わった。



 不満と閉塞感が漂う現代の社会に、15年前、突如として出現したダンジョン。


本来ならパニックに陥ってもおかしくない出来事であったが、サブカルチャーが発達した現代人には、むしろ好意的に受け止められた。


『これで僕も強くなれる』、『私もお金持ちになれるかも』、『俺の惨めな人生をやり直せる』、そう思った人々から、当初は熱烈に支持された。


だが実際に入ろうとすると、幾つかの問題が生じた。


先ず、金属製品を持ち込めない。


銃やナイフ、スマホはおろか、缶詰や缶ジュースすら持って入れなかった。


更に、世界各地にある入り口は、どうやら皆、同じダンジョンの物らしかった。


ゲームやライトノベルでは、ダンジョンは其々別の物であるというのがほぼ共通認識となっていたため、どの国、どの場所から入っても、全て同じダンジョンであるという事実には、皆が面食らった。


最終的には、地球の中に、もう1つ別の世界があるという認識に落ち着く。


通常の世界にはいない魔物が存在する以上、異世界なのは間違いないが、文明の発達度は別にして、そこはかなり自分達の世界と似ていた。


ここで、新たな問題が生じる。


同一ダンジョンに世界各地から人間が入り込んだ結果、地上より酷い争いが起きた。


ただでさえろくな武器も持てず、何時いつ何処で魔物に襲われるかも分らないのに、言葉が全く通じない人に会えば、安心感よりも警戒心が勝る。


ダンジョン内はスマホや無線が使えず、絵や文字による物以外、記録も残せないから、そこで何が起きても、それを証明する手段がない。


証人を立てることはできても、外国人の証言だけで刑に処す国は少ないのだ。


ダンジョン内では、24時間以内に人間や動物の死体、排泄物などの異物が消去されるから、証拠集めも難しい。


結果として、ダンジョン内では全てが自己責任となった。


初めの内は、これ幸いと、犯罪を犯す者が多かった。


魔物ではなく人間を襲って、その所持品を奪う者が増えた。


だが、そうしている者達の中から魔物に変化する者が出始めたことで、それもある程度は沈静化する。


何人殺せば、どういう行いをすれば魔物になるかの正確なデータすらなかったから、人はおいそれと他人に危害を加えることをしなくなった。


15年経った今、恐らく正しいと分っている事実は、正当防衛なら何人殺しても大丈夫だということと、罪なき女性を強姦すれば一発で魔物に変化するということ、一度に4名以上の団体で入ると、より強い魔物をおびき寄せること、プラスチックなど、通常の世界で処理に困るごみを捨てても大丈夫だということくらいである。


但し、ごみの場合、外部から投げ捨てることはできず、必ず人が中に入って捨てる必要があるので、その過程で魔物に襲われることもある。


自治体などがダンジョンにごみを捨てる際は、担当職員に2名の護衛が付き、毎回同じ入り口で行われる。


当然、探索者達は、そことは別の入り口から入る。


24時間以内に消去されるとはいえ、下手をすると、通り道がないくらいに捨てられていることもあるからだ。


世界各国でダンジョンが有用と見做みなされた背景には、そこから得られる利益の他に、もう1つ、悲しい事実が存在する。


端的たんてきに言うと、人口の抑制に使えるということである。


増え過ぎた人口は、世界各地で食糧問題や環境汚染などの深刻な事態を招き、特に途上国では、最早もはや先進国からのわずかな援助だけではどうにもならない程度まで悪化していた。


アフリカ大陸を初めとする多くの途上国が、人減らしにダンジョンを用い、日々無計画に増えていく子供達を誘導し、ダンジョンに入らせることで、人口を劇的に減らす事に成功する。


先進国の間でも、自力で生活できない貧困層に夢を見させ、ダンジョンで死亡させては社会保障費を大幅に減らす国が現れ、独裁国家では、犯罪者の処分場とすることで、刑務所費用を極端に抑えることにも用いられた。


人口が多ければ国力が高いなどという幻想は、貧富の差が行き着く所まで行ってしまった世界では、最早一部の政治家くらいしか持っていない。


人口が多くても、その大半が貧困層では、おいそれと戦争ができない時代においてはお荷物でしかないのだ。


幾ら福祉政策を進めようと、それに胡坐あぐらをかいて生活するだけの国民が多ければ、元が取れずに大幅な赤字になる。


税の他に、40年もきちんと国民年金を納めた人の貰える金額が、好き勝手に生きて1円も税金を払ってこなかった一部の生活保護者の受け取る額の、半分でしかない国もある。


日本に限って言えば、憲法に少し手を加え、生活保護費を満額で受け取る者の居住、移転の自由を制限し、国や自治体が管理する施設で暮らして貰えば、そこで3食の食事を出すことで、支給額を3分の1程度まで減らせるはずなのである。


貧困層が1番困る問題は住む場所であり、その次が食事だろう。


自力で暮らせない者に毎月十数万円も渡して、その中から5万円以上もする家賃を払わせるよりずっと効率的だし、施設内を禁煙にして、栄養士が管理する食事を出してやれば、健康維持にも繋がり、その分の雇用も生まれる。


刑務所もそうだが、早くここから出たいと思わせる程ではないにしろ、居心地が良過ぎては、いつまでも依存し続けて、そこから抜け出そうとしない。


20代で保護費を貰い始めて、50年以上も貰い続ける人だっているだろう。


それは国が養っているのと同じである。


健康な長期受給者には、一定の奉仕や作業などを割り当てることも必要になる。


日本国憲法には、勤労の義務だって明記されているのだから。


今のこの国では、悲しい事に、貧乏がまるで特権のようにすら感じる時がある。


こうした状況に悩まされていた国々には、ダンジョンは、正に渡りに船であった。


探索者という職業が、決して少ないとは言えない数の成功者を出しながらも、未だに貧困層、下層民の就く仕事であるとの偏見が根強いのは、これらの理由によるところが大きい。


当初あった、魔物がダンジョンから出て来るという不安も消え、通常の世界の方が快適な生活を送れる社会においては、ダンジョンという場所は、最早憧れではなく、娯楽や処分場と化していた。



 学校から帰り、誰も居ない家の自室でパソコンを起動する。


形だけの身元引受人に、進路が決まった事を報告するためだ。


3年前、唯一の肉親である両親が交通事故に巻き込まれて死亡した際、加害者側の弁護士と示談交渉で闘うため、ネットで探し出した若い女性弁護士。


優秀過ぎるが故に、30歳を待たずに独立し、個人事務所を開いていた彼女は、当時はまだそれ程知られた存在ではなかった。


そのため、相場の2倍の料金で、まだ子供であった俺(表向きの呼称は、より丁寧な『僕』)の依頼を引き受けてくれた。


お陰で、幸運にも金持ちだった加害者側から十分な賠償金と慰謝料を得られ、彼女に約束の報酬を支払っても、まだ手元に1億円近い現金が残った。


俺の両親はかなりの資産家で、本来なら、その程度のお金に固執せずとも良かった。


彼らの残してくれた遺産は、株式だけでも当時の評価額で100億円以上あり、その他にも家と土地、金塊、外貨などで40億円以上あった。


日本円は相続税の支払いでほぼなくなったが、俺の個人資産も1億2000万(毎年の生前贈与)ほどあったから、生活には一向に困らない。


だが、だからと言って、加害者を簡単に許すことなんてできない。


手のかからない俺の成長を楽しみにしながら、自分達の人生を謳歌していた両親。


その幸せな暮らしを、相手の不注意で一瞬にして奪われたのだ。


死体安置所で再会した両親の姿は、決して俺の記憶からは消えないだろう。


あんなに泣いたのは、それまでの人生で初めてであり、今後二度とないと言える。


絶対に許すもんか!


その執念が、今の後見人を探し当てた。


今でも時々、お節介な奴が、テレビや新聞で訳知り顔でこう述べているのを目にすることがある。


『彼らは既に(刑事で)罪を償ったのだから、(民事で)賠償金や慰謝料まで取るのは筋違いだ』


そんな時、俺は内心で怒鳴り散らす。


『人の命が、高々100万程度の罰金で済むはずねえだろうが!!

7年以下の懲役?

ふざけんな!!

加害者はそれで罪を償ったつもりでも、失った人達はもう二度と帰ってこないんだよ!!』


俺と契約を結ぶ際、今後のことを考えて後見人にもなってくれた彼女には、俺が成人するまで、毎年300万円の報酬を支払うことで合意している。


必要な際には名前を貸してくれるので、未成年ながら両親の株口座を受け継ぎ、それで月々の生活費をまかなっていた。


『簡単に死なないでね』


俺が探索者になると報告した返事がこれである。


この短い文言からでも、お互いの関係が分るであろう。


だが決して悪い人ではないので、2人の仲は寧ろ良い方だ。


余計な詮索をしてこないので、却って有難いくらいだし。


お互いの誕生日には、2人で一緒に食事をする仲でもある。


示談交渉の席で、俺の想いを口に出してくれたらしいから。


約2か月後、義務教育の終了した4月1日から、俺は探索者になれる。


それまでに、語学と格闘技に、より磨きをかけねばならない。


ダンジョン内での公用語は、英語と中国語、そして日本語だ。


これが決まるまでには各国の激しい争いがあったが、その中に何故なぜ国力の劣る日本語が入っているかと言うと、これが実にくだらない理由である。


日本は、サブカルチャーにおいては世界一と言っても過言ではない程の大国。


漫画や小説、アニメにゲーム。


その何れにも、ダンジョンや異世界の描写が多い。


そして奇跡的に、その中で描かれる描写に、現実のダンジョンの大半が適応していた。


具体的には、魔物の種類や姿形すがたかたち、魔法の概念、特殊能力やステータス画面と言われる一覧表だ。


日本の小説や漫画、アニメを見れば、現実のダンジョンの大半が理解できる。


アメリカや欧州が、『日本ならまあ良いか』と味方してくれたせいもあり、晴れて日本語がダンジョン内の公用語として認められたのだ。


俺は財布とスマホを持つと、最近の日課となっている、探索志望者専用の塾(簡単な戦闘指導あり)へと向かった。



 4月1日。


到頭とうとうこの日がやって来た。


俺は朝一番に登録施設の前で並び、真っ先に手続きを済ませる。


受付にある電光掲示板に俺の番号が表示され、係の人に整理券を差し出して、探索者の免許証を受け取る。


______________________________________


氏名:久遠寺くおんじ 和馬かずま


探索者ランク:F


国籍:日本


______________________________________


顔写真付きで、裏面にはマイナンバーと探索者番号が記載されているだけの、質素なカード。


先進国では、年間登録料の支払いと、ダンジョン内で得た魔宝石などの買い取り金額による、ランク評価に用いられる。


ダンジョン外で武器を携帯している場合は、これがないと、日本では銃刀法違反で警察に捕まる。


所持する上での面倒な義務は、登録料は自動引き落としなので、年に一度の更新手続きくらいだ。


「あなたは初回登録者ですから、この後必ず講習会に参加してください。

終了後に、担当者からこの用紙にサインを貰うことを忘れずに」


事前に学んではいても、強制参加であるのはお役所仕事だから仕方が無い。


俺はゆっくりと、その会場に向かった。

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