第9話  家庭教師が来た

 レスク・エヴァンテール。


 それが、98/100回目の私の人生の名だ。


「それではレスク。早速だが明日、家庭教師が就く」

「……何をそんなに焦ってい……る……?」


 危ない危ない。 

 危うく、敬語が出るところだった。


「焦ってはいないさ。時間はまだある・・・・・・・のだから」

「そうか?」

「……そうだ」


 ……間違いない。

 ワーグナーは焦っている。


 何を焦っているのかはわからないが、ワーグナーが私にだいぶ気を許しているせいか、ここがワーグナーの自宅だからなのか……。

 感情の波が丸見えだ。


 微かだが、悲しみの波が見える。

 平常の波でそれを覆い隠そうと努力しているようだが、私の眼を侮らないことだな。

 そんなことを言う必要もないか。





 翌日、私に家庭教師が就いた。

 それに伴い、私の部屋には勉強机と椅子、教科書類と筆記用具が運ばれた。

 

 見た感じだが……長い間埃を被っていたようだ。

 新品特有の質感が消えている。僅かだが、使われたあとがある。


「初めまして、レスク。私はアメスゴ・リアス。これからよろしくお願いします」


 ふむ。齢六十前後ってところか。

 しかし、顔のしわに似つかわしくない力を感じさせるな。


 ………………怖そうだ、教師として。


「レスク・エヴァンテール。……よろしく」

「エヴィデンス様、どこから、どれぐらいの速さで教育すればよろしいのでしょう?」

「ペースは本人次第だ。それと、できれば基礎から……そう、幼児レベルから始めてくれ」


 言い方は気に入らないが……結果としては最高だ。

 まあ、私がこの世界に生まれて半年と一週間しか経っていないことを考慮すると、いい事なのだろう。

 今まで、幾度となく繰り返したはずだ。こういう、幼児向けの教育は。


「かしこまりました。それで、最終的にはどの程度まで?」

「貴族として最低限までの礼儀を……」

「期限は五年後の春、ですね?」

「うむ。最長でな。早く終わるに越したことはない。……では、失礼するよ。あとはよろしく頼む」


 アメスゴは頭を下げ、ワーグナーは去って行った。


「それでは、まずは…………読み書きから始めましょうか」

 

 あ、そこから……。





 文字の読み書きから入った授業だったが、私はすでに文字は習得している。

 でないと本は読めない。


 なぜ自力で習得できたのか……。

 書庫には魔法の込められた書物――魔書があった。まあ、幼児向けだろうが。

 指でなぞると、それを本が自動的に呼んでくれる魔法だ。それを使って言語を習っていた。


 故に、二日目からは敬語の習得に入った。

 が、こちらもすぐに終わらせることとなった。


 物語――特に『偽りの聖王と神聖なる悪魔』――において、敬語は当たり前の表現技法だった。

 敬語のない物語の方が少ないというものだ。


 それでその後は礼儀作法。

 アメスゴが手本を見せ、それに私が倣う。

 やはり、礼儀作法というものは若干の違いこそあれど、どの世界も基本的な部分は同じだな。


 結果、たったの一週間でアメスゴはほとんどお役御免となった。





 翌日の朝食時、ワーグナー、私、ガイオス、アメスゴはともに朝食を取っていた。

 この屋敷に住んでいるガイオスはともかく、都市内に自宅を持つアメスゴが朝から来て朝食を取っているのは珍しい。


「ふむ。今日でちょうど一週間が経つ」


 一週間。私にアメスゴとガイオス……二人の教師が就いてからの期間だ。

 ガイオスはその前からいたが、教師として接し始めたのはアメスゴと同時期だ。


「ガイオス。どうだった?」

「はい。正直、十歳の子供とは思えないほどの強さです。未発達の肉体が動きに追い付けば……この世界の頂点も夢ではないかと」

「ふむ。アメスゴ」

「はい。その知能の高さは目を見張るものがあります。ガイオス殿の話を合わせれば、とんでもない逸材かと」


 アメスゴにいたっては、私に使用人の作法まで教えてきた。

 使用人経験も、ないでもなかったが、貴族作法なんかより時間は掛かった。


「ガイオス、レスクに教えることはまだあるかね?」

「……剣術、武術に関しては、教えることはありません。しかし、気配察知などの技術や実戦経験は必要かと……」


 気配も実戦経験も、ガイオスより積んでいるさ。しかし、慣らさねばならない。

 ガイオスとの戦いでは、搦め手はなかった。あくまでお座敷剣術よりの戦いだった。


「うむ、わかった。アメスゴはどうだ?」

「そうですね……。学会に入れてみたい気持ちはありますが……。教えられることはまだたくさんありますが、知らなくともよいものです」

「それは学会……考古学の分野に関する知識か?」

「はい」


 ほう……やはり、アメスゴは考古学者だったか。

 言動にときどき、堅苦しい表現があった。

 それに何より、私が一人で必死に勉強しているとき、なにやら難しそうな考古学の本を読んでいた。


「……ふむ。レスク。お前はどう思う? ……いや、どうしたい?」

「どうしたい……ですか」


 アメスゴからこの世界に関する一般常識を習った。

 この世界には戦闘を生業とする職業がいくつかある。


「そうだ。アメスゴから聞いたと思うが、アドベンチャラーという職業がある。それに就くか、屋敷で勉学に励みながら過ごすか。お前にはこの二択がある」


 私の答えは決まっている。


「――アドベンチャラーになります」


 そんな決意をした、半年と二週間目。



 

 


 

 

 


 


 

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