第6話  保護された

「君が……山賊討伐に協力してくれたのかね?」


 そう言って馬車から降りてきたのは、初老の男性だった。

 どう見ても私は無関係ではないだろう。それなのに、なぜ聞いてきたのか……。


 しかし、私は答えない。

 言語が完璧でないし、今の私は設定上にも事実的にも、捨て子だ。喋れない設定は都合がいい。


 私は敢えて、男を睨みつける。どうだ、それらしいだろう?


「……」

「ふむ、喋れないのかね? 少し待ちなさい」


 男は馬車の中に戻って、何かを物色し……再び出てきた。

 その手に持っているのはおそらく、翻訳……いや、念話できる何かか。


「これを持ちなさい」


 そう言って投げてきた。

 私はそれを咄嗟に両手で受け止めた。


 それは薄い紫色をした、手のひら大の球だった。

 占いで使う水晶玉のようだった。

 魔力が込められている。波長は二つ。魔法具ということを考えると、どちらかが条件を指定するものだろう。


「――起動」


 そう男が言うと、水晶玉は光を発した。


『これで会話ができるかな?』


 やはり〈念話テレパシー〉か。

 魔法での会話は言語を必要としないから楽でいい。直接、意思と意思で会話するからな。

 魔法万歳!


 ま、普通に使えるんだけどな?


『…………』

『警戒しているのか。では、質問しよう。君はどこから来たのかね?』

『……ひがし』


 相手を警戒しているフリをしつつ、喋れない演技をするのは難しいな。

 特に、今は念話……心と心の会話をしている状態。つまり、ボロが出やすい。

 六千年以上の時を過ごした私でも、未だに注意を払わなければならない。


「ふむ。捨て子か」


 男はそう呟いた。念話でなければ私が理解できていないと思ったのだろう。

 残念だが、理解できている。


「しかし、どことなく……気品を感じさせる容姿だな。そう思わないか?」

「さあ? 私どもはなんとも……」

「それに………………いや、何でもない」


 一応、元、とは言え……帝国の第二皇子だったんだ。容姿に気品があってもおかしくはないか。

 遺伝情報は皇室のものだ。肌や髪の艶だったりな。シズの出自は知らんが。


 実際、この山で過ごしたのは四か月と三週間。

 第二皇子として皇室で過ごしたのは二週間。

 その二週間でこの世界の礼儀作法の一部は見えた。使用人たちの所作を見ていたからな。

 他の世界と大差ないようだったけど。


『年は?』

『……わからない』

「ふむ……見た目、十歳、十一歳か……ちょうどいい・・・・・・


 ちょうどいい……?

 まさか、特殊性癖か!?


『どうする? 人の子がこの山で過ごすのは酷だろう』

『狼と猿が……守ってくれる』

『銀狼と巨王が……? 君が望むなら、私と一緒に帰らないかね・・・・・・? それに何より、この山の冬は冷えるだろう?』


 ふむ。成功だ。

 上等かつ華美でない衣服に、気品のある佇まい。相当の権力者であることは間違いない。

 後ろ盾としては十分過ぎるだろう。


『ふむ。まだ返事はできないか。一週間後、私たちは再びここを通る。私とともに来るつもりがあるなら、ここで待っていてくれ。……山脈の主たちによろしくな』


 そう言い残すと、男は馬車に乗り、出発した。


 返事をしたくなかったわけではない。すぐに返事をするのはまずかったのだ。

 この世界の教育を受けたことがないという設定と、物心ついたときから山で育ったという設定を己に課している以上、警戒心を露わにしないといけない。


 今の私は、生後五か月と一週間だが、見た目は十歳辺り。精神年齢は六千オーバー。

 私の持つ知識、技術はこの世界を根底から脅かしかねないかもしれない。

 そうならないために、この世界の基礎知識……文明レベルを知る必要がある。


 まずは、恩人(獣?)である巨王と銀狼に伝えに行かないとな。





 その後私は一度山に戻り、巨王に挨拶を済ませ、〈閃撃〉を駆使して狼たちの群れに戻り、人間の世界に行く旨と感謝の思いを伝えた。


 そして一週間後の今、私は山脈に走る交易道の真ん中に座っていた。


 ものの数時間もしないうちに、例の隊商の馬車がやってきた。

 馬車は私の前で止まり、そこから一週間前の男が、護衛を二人引き連れて出てきた。


 初老の男は、再び薄紫色の球を投げ渡してきた。


『決心がついた……と捉えていいのかな?』

『……ん』

『そうかい。では、来たまえ。体も清潔に保てているようだな。よしよし。とりあえず、これを着なさい』


 そう言うと、男は灰色のローブを渡してきた。

 僅かだが、魔法が込められているようだ。波長から魔法の効果がわかればよかったのだが……。

 この世界の住人は、豊富な魔力に魔法技術の肝の部分の発展を疎かにしている。


 とりあえず私はその灰色のローブを纏ってみることにした。

 ふむ。大した効果はないようだ。ローブを纏う者の姿を消す魔法具か。


 このローブに込められた魔法の波長は一本だけではない。

 どの波長が条件を指定するのか……。どの波長が透明化を指定するのか。とりあえず、波長の形を覚えておき、時間が許したときにでも試そうか。

 ……この波長は……?


『このローブを身に着けている間は、念話が可能となる』


 なかなかの一品だ。

 道理で見覚えのある波長だと思った。


『さあ、行こう。……今から私、ワーグナー・エヴィデンスの名に懸けて保護を約束しよう』


 ふむ。ここまで来ると、話が上手すぎるな。

 何か裏がある。警戒を絶やさないようにせねば。


 考えられるのは……特殊性癖の持ち主か。

 それとも、ただのお人好しか?


 まあいい。その気になれば〈魅了チャーム〉で操ればいい。

 それに、『保護』と言った。残るも去るも自由と見ていいだろう。


 こうして私は人間世界へ帰還。同時に、有力そうな後ろ盾を得た。

 


 

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