第3話  〈成長〉~10

 ふむ……どうするか。

 私が生きてきた、魔法のある世界。その三分の一にあった魔法。

 それぞれ名称は違うが、〈自分の体を急成長させる魔法〉がある。


 まずはこの魔法を習得せねば。


 どこの世界でも、効果に見合わずに魔法のレベルは初級だった。

 魔法が波長であるこの世界だ。すぐに見つかるだろう。





 そう考え、早や三ヶ月。

 私はついに、〈自分の体を急成長させる魔法〉――〈成長マチュアル〉の波長を発見した!

 あってよかった!


 私は声帯に魔力を乗せ、泣いた。

 魔力の波長を〈成長マチュアル〉に合わせ、発動した。


 魔法の気配を察知したのか、狼のリーダーがやって来た。


『遂に完成か』

『ああ。おそらく、代償で私は数日、眠るだろう。だが、口の中に入った栄養分を飲み込むことぐらいはできるはずだ』

『承知した。栄養は適当に補給させよう。それでは、無事を祈る』


 そして私の体が、緑色の光に包まれる。

 これで私の体は、必要最低限の活動しか行わない。


 つまり、私の体は長らく無防備な状態となる。

 だが、狼たちが守ってくれるはずだ。そう信じている。


 …………見捨てるなよ?





 二週間後。

 私の体を覆う緑色の光が消え去った。


 成功だ。


 見た目十歳前後だろうか。実年齢はまだ生後四か月だが。

 生えかけだった髪の毛も伸び、手足もスラリと伸びている。

 髪の色は黒。母──シズの遺伝子だ。


 とりあえず、この伸びきった爪だけでもどうにかしよう。


『できたようだな』

「あ゛……あ゛ー、あ~~。……ん゛んっ!」


 私は喉を整え、再び〈念話テレパシー〉を発動させた。

 言語はまだ怪しい。魔法による自動翻訳に頼らなければ、まだ話せない。


『……ああ、おかげさまでな。おっとぉ……?』


 上手くバランスを保てない。

 それもそうか。ハイハイをすっ飛ばしたんだ。

 こんな経験も初めてだ。


 生後二週間で山の中に捨てられ。

 狼に育てられ。


 ……こんなに初めてが続くのも珍しいな。


『徐々に慣らせばいい。好きなだけ群れにいるといい』

『悪いな』


 片膝で両手を突いて何とか……ハイハイで進む。

 逆戻りだ。


 体……肉体の構築は大成功と言っていいだろう。

 あとは魔力の流れを整え直す必要があるが……とにもかくにも、これでようやく、『気』の習得に入れる。




 『気』とは、すべての生物に共通して存在するエネルギーだ。

 明確に言葉にするのは難しい。微分積分よりも難しい。

 論理というより、感覚由来の力だからな……。




 ちなみに〈成長マチュアル〉は、本来の年齢が身体年齢に追いつくと、再び老化が始まるようだ。

 つまり、寿命は減らないと見てよさそうだ。


 肉体のときを進める覚悟だった――〈成長マチュアル〉が使えた世界は全部、自分の寿命を削った――のだが……なかなかいい世界だ。


 こうなると、他の魔法の効果も、私が思うよりも別の効果に変化している可能性があるな。


 しかし、フル〇ンというのは些か締まりが悪い。

 当たり前だが、着ていた服は破けた。赤子用で、皇族であることを隠すためなのか、安物だったしな。

 ふむ……波長はこんなものか?


『――〈念動力サイコキネシス〉』


 私は近くにあった、肌荒れしないであろう植物を引きちぎり、繊維をほぐし、編み込み、簡易的な服を作り出した。

 とりあえず、なにかしらの動物の皮が取れるまで、これで持ちこたえさせよう。





 そして一か月後。


 私は『気』を習得した。今は山の中で、狼たちと狩りの最中だ。

 気を習得した『柔』の筋肉を持つ私は、自在に体を動かすことができるようになった。


 〈成長マチュアル〉を使用した翌日に狼たちが狩ってきた鹿の皮で、簡易的な衣服を作成した。

 植物よりも着心地が良いからな。

 私自身の魔力で保護しているため、防御力は折り紙付きだ。




 そして、今回の獲物――体長三メートルはあろうかという大熊の左側面に回り込み、回し蹴りを加えた。


「がぁッ……」


 足をもつれさせた大熊はそのままバランスを崩し、ごろごろと転がった。

 その喉元を狼たちが噛み千切り、大熊は絶命した。





『どうだ、大分慣れたか?』


 食事中、ボスが私に話しかけてきた。


 さすがに生肉を食べる文化は、私にはない。

 私は薪に魔法で火を点け、肉を焼いて、香草と合わせて食べている。

 この火は、魔法と呼べるような代物ではない。


『ああ。おかげ様でな』


 私は咀嚼音に〈念話テレパシー〉を乗せ、ボスに喋りかける。

 口の中に食べ物が詰まっている。

 マナーは大事だ。特に食事中のマナーはな。


 そもそも言語は怪しいしな。

 五十音を一度ずつ、肉声で聞けば、基本は習得できるはずだが……。


『で、どうする? ここは人里から離れた山の中だ。それに、この辺りは我々の支配下だ。侵入者はないぞ。どうやって人間の元へ戻るつもりだ?』


 やはり、か。

 道理で人の気配がない――自然が豊かすぎるほど豊かなわけだ。


『であれば、暴れればいい』

『どういうことだ?』

『私がこの山でド派手に暴れ、討伐隊を向けさせればいい。そこで拾ってもらえばいいだろう』

『ほう……理にかなっている』


 この山が、この狼たちの支配領域であるのはわかっていた。それも、侵入者がないほど、この狼たちの存在は人間たちに知れ渡っているのだろう。

 だからこそ、だ。

 問題は、許可を貰えるかどうかだな。


『どの山まで支配下にある?』

『そうだな……。まず、この大山脈は、四つの支配領域で成り立っている……』


 ボス曰く、ここは山脈の東側。

 確かに――ここを東側とするなら――私は東から来た。


 そして、それぞれに王が存在する。


 東の王――銀狼。

 西の王――巨王。

 南の王――魔蛇。


 そして、北の王……かつ、山脈の主――白竜。


 その東の王に当たる銀狼こそ、この群れのボスだ。

 そして、この群れそのものを現す代名詞でもある。




 東に帝国がある。

 だが、ボス……銀狼曰く、西に行けばティシザス帝国と同規模の領土を持つ国……リスガイ王国があるらしい。


 行くならそこだ。

 帝国に戻っても、急成長した私を第二皇子だと認識できる人間はいないだろう。


 しかし、遺伝情報はそのままだ。

 その血筋特有の何かがあれば、余計面倒なことになる。

 それこそ、殺されかねない。殺される筋合いも、黙って殺される気もないが。


『……であれば、巨王か。うむ、確かにあそこは……』

『殺した場合、どうなる?』

『山脈の均衡が崩れるな。山脈は大混乱。人間たちも大混乱』


 銀狼はそこで言葉を止める。

 ふむ。言葉を止めるのが好きなようだな。可愛いところがあるじゃないか。


『…………殺すなよ?』


 ……ひょっとして、笑いを誘っていたのか?


『……この山脈を四つに分ける境界線がある。それは、山脈を走る交易道だ。ちょうど、縦に長い山脈を、こんな形に切り取っている』


 銀狼は縦長の楕円を描き、そこに『エ』の字を書いた。

 それが、この山脈の支配領域区分だそうだ。


『月に一度、隊商がここを通過する。我ら山脈の主とその群れは、隊商を襲ってはならないという不文律がある』

『と、言うと……西の魔獣を焚きつけて、隊商を襲わせればいい、と?』


 何てことを考えるんだ、この狼は。

 まあ確かに、問題はなさそうだが……西側の評価がガタ落ちするのは間違いない。


『いや、西には山賊が住んでいる。それがたまに隊商を襲うらしい。……が、巨王とその配下が隊商を守っているため、成功はしないがな』


 ああ、そういうことか。


『私が山賊を倒せばいいのだな? しかし、巨王にどう話を付ける?』

『直接交渉すれば良い。案内をつける。行ってこい』


 結局は丸投げか。まあ、私事だから……しょうがない。

 私は食事を済ませ、〈念話テレパシー〉を切った。

 

 

 

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