第5話 義お姉ちゃん

 大学、人気がない薄暗い自販機の前。

 

 俺は出るべき授業を受け終え、自販機でコーヒーでも買ってゆっくりしようと思っていた。が、その予定はたまたま同じ自販機にやってきたとある女性によって壊された。


「あっ守ちゃんだ!」


 陽キャのオーラをギラギラに出しながら、親しい関係のようにちゃん付けをして喋りかけてきたのは、義姉であるいとだ。

 そんな軽い感じで喋りかけられるような仲だったっけ……?

 疑問に思ったが、俺は平然を装うことにした。

 ベンチの隣にいるのはいと。自販機で買ったレモンティーをそれはもう美味しそうに飲み、俺たちは流れで雑談をすることになった。

 

「つまりお姉ちゃんが思うに、さとちゃんは守ちゃん以外の異性と喋ってると思うんだよね。守ちゃんはどう思う?」 


 当たり前だが、俺はさとの男事情なんて一切知らないのでうまい返答が思いつかない。


「さぁ。二人っきりで喋ったことほぼないし、俺よりいとの方がそういうの詳しいんじゃない?」

「それまじ言えてる」


 正論を言われ、はははと乾いた笑いをするいと。

 せっかく話の話題を作ってくれたのに、何も考えずに返答したせいで空気が終わっちゃった。


 こういうときは共通の話題となると、いとがさっき喋ってたさとの話題か。

 

「話が変わるんだけど、さとっていつからお姉ちゃんっ子なの?」

「えぇ〜いつだろ。お互い物心がついた頃からずぅ〜っと一緒にいたから、かなり前だと思う。それこそ、幼稚園児の頃からとか」

「長っ」

「姉妹仲良しってわけよ」


 いとはさっきと打って変わって、ふふんっと鼻の下を伸ばした。

 さとが重症なお姉ちゃんっ子だと思っていたが、どうやらいとも負けじと妹っ子らしい。

 

「親バカならぬ妹バカってやつ?」

「さとが絡んでもバカにならないも〜んだ」

 

 合コンで酔っ払った姿を思い出すと、いとの言葉がペラッペラに聞こえてくる。


 さとの話題のおかげで、ちゃんと終わってた空気をもとに戻せた。

 ……この流れでなんで男嫌いじゃなくなったのか聞くのは無理だろうな。というか、正直もうなんで男嫌いじゃなくなったのかなんてどうでもいい。

 今は義姉妹の二人と仲良くなりたい。

 

「そういえば朝ごはん食べてるとき、さとからいきなり感謝されたんだけど、どういう事だと思う?」

「それってもしかして自慢?」

「いやいや。純粋な疑問ってやつ」

「へぇ〜ふぅ〜ん」

 

 声は納得しているが、顔に「何嘘言ってんだ」と書かれてある。

 仲良くなりたいけど、全く面倒な義姉妹だこと。

 このままじゃどんなこと言っても揚げ足取られて、今のと同じ感じになりそう。


「もし自慢だったらどうする?」

「肩を思いっきりつねる」

「めちゃくちゃ陰湿! あ〜あ。さとならそんなことしないだろうになぁ〜」

「……さとの話ばっかり」


 小さく呟いた言葉を、俺の耳は取りこぼさなかった。

 

「たしかにさとなら陰湿なことしないだろうけどさ。あの子、結構人見知りするからこうやって普通に喋ったりできないでしょ?」

「まぁ、たしかに」


 そういえば朝食のときはかなり一方的だったな、と振り返りたいところだが、今それどころじゃない。

 少し距離があったベンチに座っている位置をいとが縮めてきたのだ。家族ではなく、これは完全にそういう関係にある男女の距離。太ももと太ももが当たってる。


「つまり私が言いたいことわかるよね?」

「……」


 いや全くわからない。

 俺がいちばん苦手な女心ってやつを察しないといけないなんて、いとは鬼かなにかだ。


「守ちゃんってずるい」


 唇を尖らせたいとが俺の顔を下から覗き込んできた。


「そんな顔されちゃうともう何も言えないよ。……これって母性ってやつなのかな。守ちゃんってモテるでしょ?」

「全然。今まで告白されたことなんて一度もないよ。よくわからないけど、周りでコソコソ話されることは多かったけど」

「ほほぉ〜。そのコソコソ話してる人たちとは仲良くなれそう」


 なんで仲良くなれるのかさっぱりわからない。

 でも、何気ない雑談ってのができて楽しそうにしてくれてるからなんでもいいや。


「よし。守ちゃんの恋愛事情も聞けたし、行こっか」

「え?」

  

 いとは不意に立ち上がり、手を差し伸べてきた。  

 これは俺の知らないところで流行ってる遊びかなにかだろうか?


「私のこと、知りたいんでしょ? 今から色々教えてあげるよ。二人っきりでねっ」

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