第3話 お姉ちゃんっ子

 初めて見る、真剣な表情のさと。

 周りが盛り上がっているというのに、一切その雑音が耳に入ってこない。それくらい、自分でも不思議に思うほど変に緊張してる。

 そのおかげと言うべきか、普段なら気付かない話し相手の異常さに気がついた。

 

 男嫌い云々は今おいといて、お姉ちゃんっ子ではないときのさとは過剰なほど他人に興味がないように見える。今も、真剣な表情をしているにも関わらず、微妙に俺の目を見ていない。


 さとって意外と人見知りだったりするのかな?


「おうおう! お二人さんもう仲良くなってるじゃぁ〜ん」


 カチコチに固まった筋肉を肩に手を乗せて溶かしてきたのは、ヘラヘラした顔の蓮。

 こりゃ完全にこの合コンという場に酔ってるな。


「別に蓮が思うほど仲良くないよ。今だってちょっと、ね?」

「ありゃ。お取り込み中だったのかぁ〜。ごめんごめん! もしなんかあったら、合コンから抜けてくれて構わないからねっ」

「……はい。わかりました」


 さっき3人で喋ってたときと比べると、随分冷たい返事だ。

 

「じゃ、守。二人のこと頼んだぞ!」


 蓮は親指を立て、ウインクをして颯爽と自分の席に戻っていった。

 気にかけて喋りかけて来てくれたのは嬉しいけど、最後の言葉のせいで台無しになった。


「守?」


 さとは疑心暗鬼な目を向けてきた。

 深く被ってる帽子の下に隠された素顔を見ようと、不自然なほどに顔を曲げて見ようとしてきてる。


 バレたら後でなにされるかたまったもんじゃない。


「んんっ。守……守……。あぁ〜多分蓮のやつ、守と俺のこと間違えたんだなぁ〜はっはっはっ!」

「そうなんですかね」


 至って冷静なさと。

 素直に納得しないのが良い所なのか悪い所なのか。


「あいつ合コンって場に酔ってるから、人間違えなんて気にすることないよ」

「へぇそうなんですか」

「そうなんだよ」


「「…………」」


 お互いに喋ることがなくなり、二人してテーブルにあるおつまみを口にし始めた。

 まだ女子高生の義妹ながら、ただ焼き鳥を咀嚼しているだけなのに様になってる。こりゃ、20歳になったら姉に劣らず面倒な酔っ払いになりそうだ。


「なんですか?」

「あぁ〜いや。ちょっと考え事を」

「……あなた、合コンに参加しているというのにやけに考え事をするんですね。変わってます」

「ははは。よく言われるよ」


 俺が嘘をついていると見抜いているのか、ため息混じりに焼き鳥を口に頬張るさと。

 むすぅ〜と、不機嫌そうな視線を感じる。


 ……そういえばさっき蓮が来る前、さとが真剣な顔でなにか言おうとしてたけどあれはなんだったんだ?


「お姉ちゃん起床ぉ〜!」


 突如居酒屋を支配する、透き通った女性の声。

 同じ合コンに来ていた人たちが全員、その声を発した酔っぱらいのいとへ目を向けた。


「お姉ちゃぁ〜ん。俺たちのこと可愛がってぇ〜」


 ベロンベロンに酔った真っ赤なアホ顔がいとに声をかけてきた。

 

「さとちゃん。帰る」

「わかりました」


 酔っぱらいの顔が、突然スン……と無表情になった。


 今の男が気持ち悪いかったから帰るんだな。

 家族の俺にしかわからないだろうが、そう顔に書いてある。

 

「えぇ〜可愛がってよぉ〜」

「「うるさい」」

「ひっ! ごめんなしゃい!」


 俺は二人のそういう姿に慣れてるから、ただ不機嫌なんだなぁ〜って思ったけど、周りはそうじゃないらしい。

 コソコソ話ばかりして、数人は空気を壊した二人に軽蔑の目を向けている。

 酔っぱらいに絡まれてそれを拒否した二人が、なんで軽蔑されてるのかなんてさっぱりわかんない。


「さとちゃん。なんか頭グラグラして立ち上がれる気しないんだけど」

「はぁ。ただでさえお酒に弱いのに、今日はちょっとハメを外しすぎでしたよ」

「そー言わずにさぁ〜」

「……あーあ。お姉ちゃんめんどぉーくさぁー」


 絶対居心地が悪くなっているだろうけど、普段通りの二人。

 

 なんで男嫌いになったのかとか、もう探れる気がしない。

 今は周りから注目されるから喋りかけずらいってのもあるけど、見たことのない仲が良い姉妹の掛け合いがたまらなく微笑ましい。

 

「あぁ〜! 勝くん、今私達のこと見て笑ったでしょ。はい、罰ゲームで私に肩貸してぇ〜」

「えーと……」


 さとが『お姉ちゃんが望んでるでしょ!』と、高圧的な顔を向けてきてる。


 断る理由がないから逃げられない、か。





 チカッチカッと、ついたり消えたりする街頭。

 人気のない薄暗い道の先にあるのは、俺たちの家。

 右から風で酒の臭いが流れてきてる。


 罰ゲームでいとに肩を貸すのはまだいい。

 でも、体の感触が服越しに伝わってくる中。誰も喋らず、緊張した空気の中で、その空気が酒臭かったら全部台無しだ。


「男の人ってガッチリしてるんだねぇ〜」

 

 いとが居酒屋を出て初めて喋った言葉は、なぜかねっちょりしてた。

 左肩においてあるいとの左手が、やけに肩を舐め回すように動いてる気がする。


「そ、それはどうも」


 義姉だというのに、変に身構えちゃった。


「今度おんぶしてもらおっかなぁ〜」

「勝さん。酔っぱらいの言葉なんて耳に入れなくていいですよ」

「ちょっとぉ〜。私は本気なんですけど!」

「はいはい」

「怒った。お姉ちゃん起こっちゃったんだからね!」

「はいはい」


 こんなやり取りが何度も続き、俺は家が近くなったところで用事があると言い二人の元を去った。


 合コンに参加して見たことがない一面が見れてよかったけど、結局何で男嫌いじゃなくなったのかわからずに終わっちゃったな……。

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