スズメは飛ばされた

バラック

第1話 出世とパワハラ

「金井課長、僕ら駅前の牛丼屋行きますけど、一緒に行きます?」

「いや、昼飯はいいわ。ありがと」

 守田はオレはの断りを聞いて、先に歩いていた部下である4~5人の連中の方へ向かった。


 群れるなよ。


 心底そう思った。

 オレは一昨年30を迎えた。

 足し算の仕方が変更になってなければ、今年32才になる。


 そして平等に時間過ぎているのであれば、やつらは確か30手前。年齢にそこまでの違いはない。


 違うのは役職。


 あいつらが平社員なのに対して、オレは融資課長。この肩書の違いは大きな差を表す。


 出世。


 金融業界にあっては、大きな目標である。

 下位地銀とはいえ業績主義を掲げているウチの給料では、上手くいけば30代で年収2千万も見えてくる。でなければ、日々上司からの「叱咤激励」を我慢できるはずもない。


 多分に漏れず、あいつらも出世に対し敏感だ。こんな辺鄙なエリアの支店でも、自分の成績加点や支店長へのゴマすりなどを抜け目なく行っている。


 それが更にオレのイライラを募らせる。影響力のある人間・自分の得になりそうな人間に「たかる」その習性。オレはその姿を見ると、米粒を与えられたスズメを思い出すのだった。


 まぁでも、ここで出世を諦めているオレに比べたら、今後の栄転を夢見るあいつらの方が、まだ救いはあるか。


 時計を見やると、12時半。オレは仕事の手を止め、支店外の喫煙所へ向かった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※



 過去、オレは牛丼屋で刺された。


 凶器はナイフという分かりやすいものではなく、「パワハラ」という目に見えない鋭利な刃で。


 2年前、27才でオレは公募で課長昇進した。ウチの会社では最速のスピード出世だった。


 勿論、それに見合うだけの努力はした。必須資格の勉強は休みなくしたし、お願い営業も厭わず実績をあげた。公募の面談では、ウチの会社における営業のDX構想を丁寧にプレゼンした。

 努力は報われる。異例のスピード出世は、オレの努力の結果と自負していた。


 そして最初の配属先。オレは2年目職員を熱心に指導した。営業のロープレや資料作成の手法、時には同行もした。


 そんな同行の帰り道。二人で入った牛丼屋。オレが先刻の営業面談の振り返りをしながら牛丼を食べていたその矢先、そいつは店を出て本部のリスク管理統括室に電話をした。

 オレの行為はパワハラと認定された。


 ウチの会社はパワハラ・セクハラに厳しい。2週間後、オレは新卒で採用された今の支店に「飛ばされ」、出世街道はいっきに狭くなった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※



 15時。店頭の為替係が揉めている。どうやら今日中に行わなければならなかった守田の担当先の振込を、事務職員が処理していなかったらしい。


 一部の事務職員はその振込に気付いていたようだが、自分からそれを言い出すことはしなかった。なぜなら、「自分のミス」とされてしまう可能性があったからだ。


 だが結果、自分たちの課全体を窮地に立たせている。誤った防衛本能だ。


「金井課長、さっきオレからも電話しといたから、守田と事務課長と一緒に謝罪に言ってきてくれないか」


 喫煙所で副支店長が話しかけてきた。


「まぁ、それはいいですが……どのような感触でしたか?」

「電話越しでは『気にしなくていい』とは言ってくれたがな。まぁ一応、さ」



 恐らく、守田と事務課長、それに守田の上司であるオレが依頼主に謝罪に行けば、話は収まるだろう。特にクレームにもつながらなそうだ。


 しかし、事務課長はもう終わっただろう。この件は本部のコンプラ窓口に報告をしなければならない。彼の出世はこんな簡単に終わった。


 出世に必要な資質は何か。


 実績。資格。勿論、運も味方につけなければならない。

同僚は蹴落としてこないか。上司は上へのコネクションがあるか。言うまでもなく、部下にも恵まれなければならない。

 その上で、稟議をまとめる力や事業の成長性を見極める力、実行力や提案力が問われてくる。


 だが、それを差し置いても必須の能力がある。


 防衛本能だ。


 事務課長は、自分の課に防衛本能を向けることを怠ったのだ。



 ※※※※※※※※※※※※※※※



 カードローン等で債権者の行方が分からない場合、当時の契約書と申請書を提出することで、債務者の住民票を取得ことができる。住民票が分かれば、転居先が分かる。督促状を発送しないと時効を援用されることから、市役所に出向き、手続きをしている。他にも、担保物件の接道確認とか、市の制度融資やらなんやらで、役所に出向くことは多い。

 

 こんなたかが住民票を取るぐらいのことは新卒の守田にでもやらせればいいのだが、駅前で隣の支店の課長とランチミーティングが控えているため、オレがその手続きをしにきたのだ。


 忌々しい。オレはパワハラで刺された一件以降、平日は昼飯を食べないようにしているのに。


 待合室で待っていると、遠目に丸善製作所の会長である佐伯氏の姿が見えた。


 丸善製作所はオレが新卒で担当した会社でもあり、今となっては二代目に実権を譲って、会長は議員となってこの市での影響力を高めている。


 今のウチはそれほど丸善製作所に融資は出していない。確かプロパーで5百万くらいの残債が残っていたくらいか。


「佐伯さん、こんにちは」

「おぉ、金井か。久しぶりだな。どうだ。上手くやってるか」

「まぁ、そうっすね」

「ウチはもう大変よ、ぼんくらに任せてるから。ま、上手くやれよ」


 金井は大名行列のように、人を連れて市役所の外へ向かった。

 大名行列の中には、ウチの支店の融資先、もっといえば不良債権先の社長連も見えた。


 群れている。エサをくれる人間にたかるスズメ人間。


 オレはその取り巻きを、軽蔑の眼差しで見た。

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