2話 間違えられた少年


「モモちゃん、エイダン、アナスタシアふじんが『おゆうしょくをたべるじゅんびをしましょう』って、いったよ」



 アナスタシア独立院の入り口のまえに立っていた俺たちに、銀の髪の女の子がそう言いながら低い階段を3つ、慎重に降りたあと顔をあげて、止まった。

 俺たちの他に人がいるのを見て、驚いたようだ。


「こんにちは、わたしはエイダンの姉、エイブリンよ」

 その“他の人”が愛想よく挨拶をすると、銀髪の子はサッと俺のかげに隠れて手を握った。


「あの、」俺も自分の名を告げようとすると、「いこうよ、モモちゃん」と銀髪が小声でささやき、強く手を引っ張る。


 俺は仕方なくエイダンとその人に頭を少し下げて、院の中へ向かった。



 アナスタシア独立院には、いろんな人がいる。

 孤児、夫を失ったばかりの子持ちの女性、障害を負ったばかりの者、行き場のない人や老人……。


 みんな、心や身体の傷を癒しながら院で仕事をして、独立することを目指す。

 アナスタシア独立院に近い場所に仕事も家もうつすだけ、という人がほとんどだけど。

 そして独立院から出ずに、働き手としてそのまま過ごす人もいる。


 そんな中での孤児は、両親を亡くしたモルリア王国の者と、俺のように外の国で拾われて入れられた、よそ者がいる。

 この銀の子は俺と同じよそ者だ。そしてなぜか、この子は[初めて会う人]が苦手らしい。



「あの子、モモちゃんっていうのね」

 うしろから、片手で口をおおっているような、くぐもった声がする。

「いや、あいつはウィルだよ、ウィリアムって名だ。モモってのは、ウィルの髪が桃の実の色みたいだって、ミラが……あの、手をにぎって歩いてる子が付けたんだって」

 とエイダンが低く抑えた調子で説明する。

「…………」

「……だよな、ねーちゃん。俺もそう思った。ウカツにも、俺の初恋だぜ? しばらく立ち直れんかった」



 コソコソ話してるつもりなのか? 全部聞こえてるし、立ち直れなかったのは俺のほうだ。

 赤毛だった髪がどんどん変わって、とうとう“モモちゃん“なんて呼ばれたときだって、どうしようかと思ってたのに、まさか1週間前にいきなり現れた少年に「ひと目ぼれです!」って叫ばれた俺の身にもなってほしい。



 独立院は、モルリア王国の各5つの領地に1つずつある、半国営のものだ。

 そのうえアナスタシア院長さまが[この院自体も少しでも独立を目指しましょう]なんて言い出したらしく、自給自足を半分くらいはしているし綿花の販売まで行なっている。


 ただ、半分でも国営だからなのか、言葉づかいが丁寧な人たちの中で育った。と、エイダンに気づかされた。

 間違われたと知ったその日に[僕]を[俺]に変え、今はエイダンの話しかたに近づけようとしている。

 ……あいつも院の子のはずなのに、なぜあんな話しかたなんだ?



「あ。ぼ……俺、これ、置く」

 綿花をいれたかごを背負ったままだったと気が付いて、俺は銀の子にそう言うと、外にある綿花置き場へと急いだ。



*****



 籠をからにして片づけ手を洗ったあと、食堂へ足早に向かう途中で、院長さまの声がどこからか聞こえてきた。



「エイダン、エイブリンとしっかり話し合ってくださいね。アナスタシア院には今、小さな子が多いので、きみがこのままいてくれることも嬉しいのですよ? よく気が付いて動いてくれますからね。でもきみは、アビゲイル院長さまとも、きちんとお話ししなければいけないと分かりました」


「……はい」小さくうなだれたような返事をするエイダンの声。

 そっと院長室へつづく廊下を覗くと……いた。院長さまとエイダンとあの人、エイブリンだ。





 ──あいつ、帰るのかな──

 そう思いながら俺は、くるりと向きを変えて食堂へと歩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る