第8話 伝統的な雨(SF・雨のやまない世界)

 雨は憂鬱だ。

 雨が降ると、またあの憂鬱な気分が戻ってきそうになる。

 そんな事を言うと笑われてしまう。雨が憂鬱だと感じられるようになったのは、幸せな事では無いかと思うからだ。

 でも以前と違うのは、その雨が大雨だったり小雨だったりすることだ。永遠にやまない雨が、同じだけ降っているわけではない。


 ついこの間まで、雨が降っていた。

 それが常識だった。

 世界には雨が降り続いていて、少しずつ世界は水に飲まれていっていた。いつから建っていたのかわからない巨大な建物も、次第に上がる水量に飲み込まれようとしていた。

 この世界は本当の意味で水の星になろうとしていた。

 かつてこの世界で作られた、天候兵器だか天候操作機だかのせいだった。

 元は、日照りだか砂漠化だかを食い止めるために作られたものだったと聞いた。日照りも砂漠化も見たことも聞いたこともないので、伝聞に過ぎない。もしかしたら古い本が発掘されたら、見られるかもしれない。


 後ろのドアが開いて、建物の中から友人が戻ってきた。


「いけるかなと思ったけど、まだ駄目だな」

「そうかあ」


 雨がやんだことで、少しずつ水量も減っていた。

 おかげで今まで水の中に沈んでいた建物が出てきて、探索できるようになっていた。


「こっちも駄目だったよ。何か発見があるかなと思ったけど」

「三十七番の建物とか、結構なものが発掘されたらしいからなあ。こっちも負けたくないところだ」

「何か面白いもの、見つけたいよね。当時の機械とか」

「はは。暴走しないものを頼みたいね」


 機械というのは暴走するものらしい。世界中に影響を与えたせいで、残された人々は機械は暴走するものだという認識を持ってしまったらしい。

 だけど今は違う。

 誰かが機械をぶっ壊したおかげで、世界は晴れを取り戻した。


「そろそろ帰ろうか。また雨に降られても困る」

「ああ、うん」


 雨はやんだが、時々降ることがある。

 これはいわゆる自然な雨なのだそうだ。そんなとき、私はつい不安になる。この青空がもう二度と見れなくなるのではないかと。

 私たちは船に乗って、自分たちの住処へと帰還する準備を始める。

 友人がエンジンを動かすと、ばるん、と音がした。

 この船もいつか必要無くなる時がくるのだろうか。


 船が動きだしたので、私は船の縁に手を添えて体を支えた。目線を他の建物に向けると、ついこの間まで水に浸かっていた場所が変色している。いつか崩れてしまうかもしれないが、私たちが探索を終えるまでには持ちこたえていてもらいたい。


「なあ、ところでさ。この間、降った雨。あの雨の事はなんて言えばいいんだろうなあ」

「えー?」


 友人が首をかしげたので、私も首をかしげてしまった。

 

「昔からの雨とか、ちゃんとした雨とかかな……?」

「本物の雨とか?」

「伝統的な雨とか……」

「んふっ!」


 何に笑ったのか、友人は噴き出した。


「なによう」

「だって、伝統って。ああ、でも、伝統でもいいかもしれないなあ」

「え、なんで」

「ほら、伝統って、古くからのしきたりとか伝えられてきたものって意味じゃん。古くからの、この世界の本当のしきたりが復活したって意味ではね」


 世界の理か。伝統か。

 私は空を見上げる。

 向こうの方に薄暗い雲が見える。雨が降るのだろうか。雨が降ることを特別に思えるようになるなんて、思わなかった。


「ふふふっ。でも、伝統だって」


 そのくせ友人が笑うので、私は軽く手を握りしめて、ちょっと殴ってやるような動作をした。

 友人はまだ笑っていた。

 青く澄み渡っていた空は、夕暮れが近づいてこようとしていた。

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