回路

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 街に帰還してすぐのこと。

 俺はリンピアにいろいろ教えてもらっていた。


「回路について詳しく知りたいんだけど。普通はどういうモンなんだ?」

「回路とは、人間に再現可能なことを最適かつ最短で行う機能だ。……このさい最初から、ナノメタルの説明から始めようか」


 ナノメタルは生命活動を補助する万能物質である。血液のように全身を循環していて、栄養を代替し、神経を高速化し、思考を保存する。ふだんから無意識でも、あらゆる生命活動を補助強化している。

 そしてナノメタルの働きを活発化させ、強い効果を引き出すのが『回路』となる。分類はおおまかに『元素転化』『肉体管制』『機械信号』『錬銀術』。スキャンで表示される項目だ。


「身をもって知るといい。かかってこい」


 リンピアは腕まくりをして、テーブルに組み付いた。なにしてんだ。

 あー、腕相撲?

 俺も肘をついてリンピアの手を握り、軽く力を込める。

 手ちっちゃ。


「回路といえば元素転化だ。ナノメタルは無意識でも体内で酸素や栄養に変換されている。それを回路によって劇的に引き起こすと……こうだ!」


 リンピアの瞳が光ったような気がした。モサモサの髪が静電気を帯びたようにブワリとなびく。

 おっ。リンピアの腕が引き締まった。子供のような腕にキレイな筋肉が浮かび上がっている。


「ふんっ!」


 握り合った腕から予想以上の力が伝わってきた。

 ……が、俺の腕はビクリと揺れただけだった。

 押し返すとリンピアは体ごと傾いていった。


「よいしょ」

「あぁっ」


 勝った。


「……こ、このように、私は瞬発的に筋力を強化するという、元素転化に属する回路を持っている」


 ……回路の力で絶対に勝てるつもりだったな、こいつ。


『元素転化』……ナノメタルは体内で栄養不足の箇所があると、そこで栄養に変化する。回路としてその働きを強化すると、最適量の酸素や糖分などが筋肉に供給され、すぐにフルパワーで運動できるようになる。高度な回路では、タンパク質を変換・構築して、一瞬でマッチョマンに変身するというものもあるという。もしかすると俺は常にその状態なのかもな。

 治癒回路も元素転化系に属する。怪我をしたところにナノメタルが集まってタンパク質へ変化、新しい皮膚になって傷口を塞ぐのだ。元素転化は普通の人間にはもっとも身近な回路と言えるかもしれない。


『肉体管制』の回路は、筋肉や臓器機能を制御できる。脳神経に加えて、ナノメタルが命令信号を伝達できるようになる。

 ロボットのように正確な運動を何度でも繰り返したり、器官の働きを意図的に増進したり。元素転化とあわせて使用されることも多い。元素転化がパワーなら肉体管制は技の回路だ。

 リンピアは説明しながら投げナイフ2つを壁に投げ、ピッタリ同じ位置に命中させた。

 俺も小石の粒をデコピンで飛ばして4個連続で命中させると「ぐぬぬ」という顔になった。


『錬銀術』は、ナノメタルそのものを操作する回路の系統。体外に出して鉄器にするものや、体内で骨の強度を上げたりする回路がある、らしい。

 これの使用者は少ないらしく、俺のように大規模に実行できる者は聞いたこともないようだ。あまり見せびらかさないように謙虚に使おうかな。


『機械信号』は、コンピューターっぽいことをする回路。

 これは機械を操作するもの、情報を編集するもの、その他のアプリ回路などへさらに分かれる。

 機械の操作……これはそのままの意味だ。発掘品にはレバーやボタンよりもナノメタルと伝導して回路で操作するものが多い。機械信号回路が強いと、出力を増強したり精密な命令ができたりする。

 なお、これがアーマーのドライバとしての強さに直結するかといえば、そうでもないらしい。元素転化や肉体管制の強い者はアーマーも同じように強くなるとのこと。不思議なことに、アーマーはドライバ本人の総合的な回路の強さを反映するようだ。

 情報の編集……ナノメタルは情報媒体でもある。脳処理や神経伝達を代替して複雑な処理や高速伝達を可能とする。俺はこれまで思考するだけで五感をフィルタリングしたり地図データを作ったりしていたが、そういうやつだ。誰でも集中して考えれば自分の部屋の3Dモデルを想像するくらいはできるだろう。回路があればそれを一瞬でこなし、しかも機械に渡せるようにデータ化することもできる。地図データはこの流動大地では貴重な情報になるため、地図師という職業もある。

 アプリ回路……機械信号回路の中には、負担が極小でほぼすべての人間が簡単に複数取得できるものがある。店での支払いや通話機能などがそれで、『生活回路』『アプリ』などと呼ばれている。外部からの開発も可能で、日々進化しているらしい。まんま前世でのアプリケーションプログラムみたいだ。


 超人的な力を発揮する『強い回路』を、人は平均3つほど持っている。

 回路を習得するにはいくつかの手段がある。

 親子による遺伝……最も普通の方法。ほとんどの人間は成長するにしたがって親に似た回路に目覚めていく。それを特技として職業につくことが多い。

 修練による習得……たとえば腕のいい医者などが、拡大視や人体透視の回路に目覚めることがある。何度も繰り返した経験情報がナノメタルに蓄積し、回路として結晶化するのだ。その行動が回路になるころには、回路に頼る必要など無いほど熟達しているのだが、回路を使えば素早く楽に実行できるので無意味ではない。

 極限状態における回路の発露……激しい環境の変化や、別個体のナノメタルと強く接触することなどにより、低確率で新たな回路を見出すことがある。しかしこれは激しい精神的苦痛を伴う。体の負担もそうだし、ナノメタルは生命ごとに固有の波動のようなものを帯びていて、別個体のナノメタルに触れると激しい拒絶反応があるからだ。この方法は命の危険があり一般的ではない。

 発掘品による入手……非常にレアな『インストーラ』という使い捨ての発掘品があり、これを使用すると体内へ瞬時に回路が構築される。ディグアウターにとってのアタリのひとつで、売るか自分で使うかとても迷うというのがあるあるネタ。

 なお、回路の最大数と実行力は、体内ナノメタル量で決まる。

 ナノメタルはコアで自己増殖しており、成長するにしたがって保有量が増える。他生物のナノメタルを飲んでも、吸収することは難しい。かえって拒絶反応を起こし危険な症状を引き起こすこともある。貧血を解決するためには血を飲むよりも普通の食事のほうが良い。


 ……ということらしいが。


「殺人ボットと虫のナノメタルを飲みまくったけど、なんともなかったな。飲めば飲むほど吸収されて、回路も作り放題になったし」

「それで頭のネジをなくしたのか」

「失礼な。生まれつきだ」

「それはそれで……。とにかく、ナノメタルを飲んでいることは秘密にしておけ」


 回路の力を求めて、別生物のナノメタルを体内に取り込む者たちを『アマルガム』と呼ぶ。

 たとえば毒を持つ生物は毒を生むことに特化した器官と回路を持っている。そのナノメタルを奪えば人間にもその回路が宿るという理屈だ。ほとんどの場合は死ぬだけだが、ごく低確率で成功するらしい。優秀な人間の血肉からナノメタルを奪おうとすることも多いため、危険視されている。強いアマルガムは異質な回路を持ち、それはスキャナーで検出すると文字化けして表示される。


「というわけで、職業斡旋所に行くなら注意しろ。お前は間違いなくアマルガムだと思われるだろう」

「了解。スキャナーを誤魔化せばいいんだな」


 その翌日、日雇いの職業斡旋所に行った俺は、スキャナーを誤魔化すことはできた。

 しかし回路スコアも低くなってしまったために安い仕事しか紹介して貰えず、がっかりすることになる。

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