「おまえには、アーマーを操縦するための因子に致命的欠陥がある」

アーマー乗りドライバになるのは、諦めろ」


 ↵


 気がつくと夕暮れだった。俺は岩に腰掛けて黄昏れていた。

 リンピアに事実を宣告されコクピットで溺れたあと、再び脳内フィルターが働いたのだろう。ショックを和らげるために時間がかかったようだ。


「大丈夫か? 疲れていないか? これで体を拭け、できるか?」


 リンピアがドリンクボトルとタオルを持ってきてくれた。

 俺の体は虫の体液まみれだった。思考が止まっている間も体は動いていたようだ。機械のように大量の虫を運びつづけ、無心で抽出機へ突っ込んでいた。簡易記憶だけが他人事のように残っている。


「ありがとう、悪いな」

「……元に戻ったのか。心配したぞ、溺れて倒れていたと思ったら、いきなり立ち上がって『仕事ヲ与エテクダサイ』なんて低級CPUみたいなことを言い出すんだから」

「ちょっと脳内引きこもりしててな。体は自動モードになってたんだ」

「……器用なやつだな。おかげで仕事は捗ったが」


 ちょうど仕事を切り上げられたところだったらしい。

 リンピアも隣に座って、リラックスした様子になった。

 夕暮れの荒野はほどよく涼しい。乾いた空気は澄んでいて、映画のような風景が地平までよく見渡せられる。


「もうほとんど運び終わった。この調子なら明日には帰れそうだ」

「うん」

「……まあなんだ、お前は働き者だな。アーマーで運んでいた私と同じくらい働いていたんじゃないか?」

「うん」

「お前には類稀な回路実行力がある。アーマーに乗れずとも、活躍する場はいくらでもあるさ」

「うん」

「褒美のアーマーをどうするかだが、お前なら通常モードで歩くだけならなんとかなりそうだな。徒歩でゆっくり帰るとするか。……この世界についていろいろ話してやろう。おまえの世界の話も聞かせてくれ」

「うん」

「だから……あまり泣くな。元気を出せ」


 言われてから気付いた。俺は涙を流していた。

 頬の冷たさに、自分でびっくりする。泣くのなんて、いつぶりだろう。前世でも物心ついてからは泣いた記憶が無い。両親が死んだときも、アセンブルコアが終わったときも、感情が冷え固まったように沈んだだけだった。

 希望のあとに突き落とされたから泣いたのだろうか。

 となりに誰かがいるから泣いたのだろうか。


「俺はさ、本当にアーマーが好きだったんだよ」

「うむ」

「アーマーに乗れなくなったから、死んだんだ」

「そ、そうか」

「前世からずっとアーマーを求めつづけて……地下でも忘れられなくて……リンに出会ったとき、本当に女神だと思ったんだ。アーマーは俺の想いに応えてくれたんだって。俺の気持ちを裏切らなかったんだって。遭難救助だけじゃなくて、リンはもっと俺の魂のようなものを救ってくれたんだ」

「……うん」

「だから……なんというか……残念だよ」

「……うん」


 ↵


 いつのまにか夜になっていた。

 荒野の夜は冷える。いい加減立ち上がって、明日のために仮設テントで休むべきだ。

 そう思ったとき、リンピアが言い出した。


「ジェイ、私のアーマーに乗ってみないか?」

「??」

「相乗りだ。肩に張り付くのではなく、コックピットの中だ。戦闘モードのアーマーに乗ってみないか……おまえさえ良ければ」

「いいのか? 燃料が……」

「構わん、来い」


 リンピアのダークレッド機は、薄闇のなかでも美しかった。


「そういえば、この機体に名前ってあるのか?」

「な、名前か? アーマーに名前を?」

「名付けたりしないのか? 型番とか通称じゃなくてさ」

「アーマーに名前を付ける人間というのは……ちょっと……ちょっとだけ変な人と思われるのが普通だろうな」

「まじか」


 前世でいうと、自家用車にオリジナルの名前をつけて可愛がるようなもの……なのだろうか。たしかにそれをやるのは『車マニアの変な人』かもしれない。

 改めて考えると、この世界ではアーマーはかなりの数が普及していて、仕事の道具としてもありふれたものだ。ゲームの中のような『強力な兵器であり相棒であり分身』という感覚は薄いのだろうか。


 コクピットの中は、リンピアの髪と同じ匂いがした。……なんだか『異性の部屋』みたいな緊張が少しある。思わぬ不意打ちだ。


「私のシートの後ろに収まって……そう、そのまま息を止めて我慢してくれ」


 戦闘モードが起動した。機体がうなり、足元からナノメタルの水面が迫る。

 思わず目を閉じ、身を固くする。

 ……が、あの鉛の中で溺れるような感覚はやって来なかった。


 爽やかな草原の香りがした。


「もういいぞ」


 目を開けると、そこは夜の大空だった。

 右の足元に地平線。左の足元に地平線。前も後ろも遥かなる荒野。

 俺は飛んでいた。


「ようこそ。これが私の、ドライバーズドメインだ」


 パイロットシートがあった位置に、リンピアはしていた。

 彼女の背には翼が生えていた。背中から数センチほどの宙から、美しい赤毛の翼が突き出ている。

 両手に握られているのは、根本から切り離されたハンドルレバー──VRゲーム用のナックル型コントローラーに似ている。樹脂と金属だったはずだが、革製に変化しているように見える。

 飛んでいるのはリンピアだった、俺じゃない。俺は薄い光の泡に包まれて、後方に浮かんでいるのだった。これが相乗り乗客用の席ということだろう。


「……すごい」


 これが、異空間化したコクピットか。ゲームのアーマーとはかなり違う。独特で高度な技術だ。


「戦闘モード中、コクピットはドライバの個性を反映した異空間──ドライバーズドメインを形成する。私にとって、これが最もアーマーをうまく操縦できる形なのだ」


 ドメインは乗り手ドライバによって異なる。

 たとえばニールさんの場合、『鉄兜の戦士』の形をとるという。操縦者は重厚な鉄兜をかぶった認識に囚われ、視界が劣悪で凄まじい閉塞感がある。そのかわりに肉体と機体を完全に同調可能で、ハンマー型の近接兵器を振るえば無類の強さを誇っていた。俺と出会ったときは連戦によって武器が折れてしまっていたのだそうだ。

 リンピアは自身のドメインについても、得意そうに語った。独立したナックルハンドルは拳銃型の照準器でもあり、短距離での取り回しに優れている。翼は直感的操作のできる疑似コントローラであり、鳥のように自在にブースタを操れる。ディスプレイは完全な全天周囲型で死角が無い。


「つまり立体機動戦において、私のセキトは無敵だということだ」


 ……セキト?


「……幼い頃、わがままを言ってグリフォンを飼ったことがある。知っているか? 鷲の翼と獅子の体を持つ、大空の王だ。私に与えられたのは、ウサギのような冠羽をした赤毛の子だった」


 リンピアは遠くを見る瞳で語りながら、空戦曲技マニューバを舞った。

 ブースタの青白い噴光が舞い散り、夜空に輝いた。


「空を駆けるような浮ついた趣味は、あまりよく思われなかった。しかし私は魅了されていた。落ち込んだときも、いっしょに飛べば元気が溢れた。あの子は教えてくれたのだ──どこまでも続く自由な空を」


 リンはこちらを振り返って笑った。

 美しいと思った。アーマーではなくその中身を──人間ひとを初めて美しいと思った。


「この機体の名前を聞いたな。実は、名前はあるんだ……赤兎セキトという。この子は、私の最高の翼だ」

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