3-05 反対だ

 しばらくの間、だれもなにも言わなくなった。

 すだちはきょとんと目をまばたかせて、みかんは呆れたように半目になり、はっさくは怒ったように片目をすがめている。

 沈黙に耐えきれず、ゆずは慌ててもう一度口を開く。


「キメラの夢鼠の回復を止める方法を思いついたんだ。そのためには、みんながおとりになって、キメラの夢鼠の注意を引きつけてほしくて。その間に、ぼくが、その……なんとかするから」

「なんとかって、なにするのさ」


 みかんが鋭い質問を投げかける。

 ゆずはビクンッと肩を揺らして、視線をさまよわせた。


「それは、えっと……、なんて言えばいいか……」


 青葉の夢の中ではできたが、ゆずはまだあの力が何なのかわかっていない。どう説明していいかわからず、口ごもる。


「反対だ」


 その時、はっさくの声がぴしゃりと静かに響いた。すがめた片目に、怒気が帯びている。ゆずは思わず射すくめられ、目をそらす。


「確実な方法ではないだろ。仲間を危険にさらしてまで、お前になにができる」


 声色こそ冷静だが、信用されていない言葉がゆずの胸を刺す。

 やはり自分はなにもできないのか。無力さを痛感して、ゆずはなにも言えずにうつむいた。


「別に、やってみてもいいんじゃない?」


 その時、思いがけず口を開いたのは、さきほど鋭い問いを発したみかんだった。


「なにする気かわかんないけどさ、どうせこのままだとみんな喰われるだけでしょ。だったら、こいつに賭けてもボクはいいと思うよ」


 みかんは親指でゆずを指しながら、はっさくに向かって話をする。

 はっさくが不服そうに、眉を歪めた。


「キメラの夢鼠は、俺たちだけで狩ると決めたはずだ」

「そうだけどさ、全滅よりはマシでしょ」


 みかんとはっさくが、互いに譲らない話し合いを始める。

 そんな二人の前で、おろおろとなりゆきを見ているのは、すだち。


「すだちはどう思うのさ」

「えぇっ、オ、オレ~?」


 突然話を振られ、すだちは胸の前で服を握り締めながら、みかんを見て、はっさくを見て、それからゆずへ視線を向ける。

 はっさくに反対された時は心が折れそうだったが、みかんが賛成してくれて、ゆずは少しだけ自信がついた。青葉の言葉も思い出し、自分を元気づける。あとは、すだちが賛成してくれたら、多数決で二対一だ。


「すだちさん!」

「ピィッ!?」


 ゆずは勢いに任せて、すだちのそばへ近づき、顔の横に両手をついた。

 真剣な顔が目の前に迫り、すだちが奇声をあげる。


「ああ~、ゆ、ゆず~!?」


 背後は壁、両側はゆずの腕に塞がれて、すだちに退路はない。

 ゆずは身体に力を込めながら、すだちの鼻先まで顔を近づけた。


「すだちさん、ぼくの先輩だよね?」

「そそそ、そうだけど~」

「だったら、後輩の一生に一度のお願い、聞いてくれない?」

「ゆ、ゆず~!? 近い、近いよ~!?」


 すだちは背中を壁に押しつけ、冷や汗を垂らしながら情けない声をあげる。必死に首を縦に振り、ようやくゆずから解放された。


「すだちさんも、賛成だって!」

「どう見ても言わせた感があるでしょ」


 すだちから離れ、振り返ったゆずは嬉々とした声で二人に言う。

 そばには、力尽きて地べたにへばっているすだちがいる。それを横目で見ながら、みかんが引き気味なツッコミを入れた。はっさくの片目も、すだちを案じるように細められている。


「まっ、これで話はまとまったんじゃない」


 みかんが気を取り戻して、話を進める。

 それでも食い下がるように、はっさくが顔をしかめた。


「だが」

「そんなに嫌なら、はっさくだけ残っていればいいでしょ。ボクとすだちで行くから」


 言葉を遮るように、みかんがはっさくを睨み返す。

 すだちが我に返って起き上がり、はっさくへ視線を移した。


「らいむのこともあるからね、はっさくはここで待っててよ~」


 そう言って、はっさくの腕の中にいるらいむを心配そうに見つめた。

 はっさくはなにか言おうとするが、もう言葉は出てこないらしい。最後に、ゆずへと威圧的な視線を向ける。


「危険になったらすぐに引け。いいな」


 脅すような口調を受け、ゆずの背中に寒気が走る。それでも、心の中で覚悟を決める。震える手を強く握って、大きくうなずいた。


「うん! 行こう、みかんさん、すだちさん!」


 三人は隠れている隙間の入り口までやってきた。キメラの夢鼠の様子をうかがいつつ、ゆずが作戦を説明する。みかんとすだちはうなずき、互いに武器を構えた。


「あの、みかんさん。ありがとう」


 動き出す直前、ゆずはみかんにこっそりとお礼を言う。はっさくに反対された時、みかんが言葉を発しなければ、この作戦はできなかったはずだ。ゆずはみかんのおかげで、挫けそうになる気持ちを持ち直すことができた。

 隣にいるみかんは、キメラの夢鼠に注意を払いつつ、半目をゆずへちらっと向ける。


「別に。ボクはただ、生き延びたいだけだから」


 言うや否や、すだちが「今だよ」と声をあげる。キメラの夢鼠があらぬ方向へ向いた隙を狙って、すだちとみかんは隠れ場所から飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る