2-09 宣伝するの、この格好で!?

 次の日の昼間。

 シフトに入っていた青葉は、ふくろうカフェの店内ではなく、外にいた。いるのは、店の前にある大型ショッピングモールの出入り口。


「は、恥ずかしいよー」


 ここまで来たはいいものの、モールへ出入りしていく客の視線を浴びているようで、身を強張らせる。

 気になるのは、今、身を包んでいる服装。カフェの制服ではない。黒を基調にしたフリルたっぷりの長いスカート。白いエプロンドレスにもフリルが縁取られており、胸もとには大きなリボンがひとつ。おまけに頭には、ブリムまでついている。

 それはどう見ても、メイド服だった。


“青葉さん、頑張って! これもふくろうカフェをはやらせるためだよ!”


 肩にとまっているゆずの声が、頭の中で聞こえた。飛んで逃げないように、足にはリードを付け、青葉の腕に繋がれている。

 青葉の手に持つのは、ふくろうカフェのチラシの束。朝起きてから、小美美に相談したら、早速作ってくれたものだ。

 青葉とゆずは、チラシ配りのために、ここへ来ていた。


「これじゃあ、ふくろうカフェの宣伝じゃなくて、メイドカフェの宣伝になっちゃうよ……」


 このメイド服は、店長が用意したものだった。さきほど店へ行った時に、チラシとともに渡された。なぜメイド服なのかは訊いても答えてくれなかったが、これを着れば宣伝効果抜群だと、ウインクまでされた。


“そんなに恥ずかしがることないよ。青葉さん、そ、その……すごく、可愛いよ”


 恥ずかしさに下を向いてしまう青葉の顔を、ゆずは覗き込む。

 青葉はゆずをちょっと睨み、ぷくっと頬を膨らませた。


「ゆずって、こういうのが好みなの?」


“い、いや、そういうわけじゃないよ!? あ、青葉さんなら、なんでも似合うと思うから……”


 ゆずは慌てて首を振り、翼をその場で羽ばたかせる。

 ふわふわな羽が頬に当たってくすぐったい。青葉は気持ちを落ち着かせ、前を向いた。メイド服を着て、肩にフクロウを乗せている姿はやはり目立っていて、行き交う人たちの注目の的となっている。


「確かに、宣伝効果はあるよね。よしっ、頑張ってみよう」


 チラシ配りの許可は、すでに店長がモールの管理者に取ってある。

 青葉は目の合った人へ、「ふくろうカフェ、やってます」とチラシを渡していく。時折、小さな子どもが「フクロウだ!」とゆずを見て駆け寄ってくる。ゆずはまだ青葉以外の人には慣れないらしく、ぴったりと青葉の頭にくっついていた。

 チラシ配り自体、青葉にとっては初めての体験だ。最初は強張っていたが、しだいに声も出るようになった。なにより、すぐそばで緊張しながらもゆずが応援してくれているのが、心強かった。


「ふぅ、ドキドキした。でも、思ったより早く配り終えたね」


“青葉さん、お疲れ。ぼくも緊張して、なんだか疲れたよ……”


 用意したチラシは、思った以上に早く配り終えることができた。青葉はゆずを肩に乗せたまま、歩いてふくろうカフェへ向かっていた。

 緊張が解けたように羽繕いをするゆずへ、青葉はそっと手を伸ばして撫でてあげる。


「ありがとうね、いっしょについてきてくれて。ゆずのおかげで、わたし、頑張れたよ」


“う、ううん。ぼくはなにもしてないよ。青葉さんが、勇気を出せただけだよ”


 ゆずは撫でられながら、照れたように首をすくめた。

 青葉一人だと、恥ずかしくて逃げ出していたかもしれない。けれどもゆずがそばにいてくれたおかげで、腹をくくることができた。ゆず自身、苦手なリードをつけてくれて、不慣れな外へ出てくれたことを、青葉は知っている。


「そうだ、ゆず。わたしね、この前、親に連絡して、自分の夢についてちゃんと話したの」


 青葉はゆずから手を離し、伝えたかったことを話し出す。


「最初は、なんて言われるか怖かったけど、勇気を出して、獣医になりたいって夢を話したんだ。そうしたら、お母さんもお父さんも、理解してくれて、応援するって言ってくれたよ」


“そうなんだ! 良かったね、青葉さん!”


「うん。しばらく連絡してなかったから、それはちょっと怒られちゃったけどね」


 自分のことのように喜ぶゆずの声を聞いて、青葉は口もとを緩めた。

 思えば、こうやって話ができる相手は、この町に来て、ゆずが初めてだ。予備校は通い始めたばかりなうえ、勉強に集中しているため、友だちがまだできていない。地元を離れ、一人暮らしを始めたから、周りは知らない人ばかりだ。そんな中で、ゆずと出会い、夢の中だけでなく、現実でもこうやって話せるようになるなんて。

 この記憶を消されたくはない。青葉は改めて、心からそう思った。


「そういえば、ゆず? なんでフクロウの姿でも、ゆずの声が聞こえるか、わかった?」


 青葉は話を変え、気になっていたことを尋ねてみる。

 ゆずは肩の上で、首を横に傾けた。


“それが、まだよくわからないんだ。でもたぶん、青葉さんに渡した夢玉が関係しているんじゃないかな?”


「夢玉って、これのことだよね?」


 青葉は首に掛けている紐を引っ張って、服の中から小さな巾着袋を取り出した。中を開くと、黄色い夢玉が輝いているのが見える。初めてゆずに会った時に渡されてから、現実でも夢の中でも現れる。だから、青葉はずっと首に掛けて持ち歩いていた。


“夢玉を通して、ぼくたちは会話ができてるんだと思うよ。たぶんだけど……”


「でも、らいむちゃんたちの言葉は、聞けないよ」


 青葉はゆず以外のフクロウたちを手に乗せて、話し掛けてみたこともある。けれども、らいむもはっさくもすだちもみかんも、フクロウの時は言葉がわからない。声が聞こえるのは、ゆずだけだった。


“青葉さんの夢に行ったのが、ぼくだけだったからかな? その夢玉を出した夢鼠を倒したのが、ぼくだからかな? うぅーん、ごめん、よくわからないよ……”


 ゆずはガクッとうつむくように、首を前に倒した。


「ねぇ、らいむちゃんたちには、夢玉のこと訊いてみた?」


 らいむたちに訊けば、なにか知っているかもしれない。そう思って青葉は問いかけてみたが、ゆずはパッと顔を上げ、首を何度も横に振ってみせた。


“う、ううん……。青葉さんの夢玉のことは、みんなには秘密にしているんだ”


「どうして?」


“実は、ふくろうカフェ『dream owl』は、夢鼠を狩って出てきた夢玉を集めているんだよ。千個集めたら、マザーが夢をひとつ叶えてくれるんだ”


「えっ、そうなの!?」


 初めて聞く話に、青葉は驚いて声をあげた。もう目の前には、ふくろうカフェの店舗がある。お店は二階にあるため、階段をのぼりながら、青葉は無意識に声をひそめる。


「それじゃあ、ゆずたちにとっては大切なものなんじゃないの? 本当にいいの? わたしが持ってて」


“うん。それは青葉さんにあげたものだから、青葉さんに持っていてほしいんだ”


 ゆずの声色は真剣そのものだった。けれども「あっ」と声を零し、慌てたように体を揺らす。


“で、でも、らいむさんたちには、秘密にしていてね。バレたら、その……、大変なことになるかもしれないから……”


 そう言って、ブルブルと体を震わせた。


「ゆずがそう言うなら」


 青葉は納得して、夢玉の入った巾着袋をまた服の中に戻した。店の扉の前まで着く。チラシ配りの効果か、お店には何組か客が来ているらしく、話し声が聞こえていた。

 青葉とゆずは顔を見合わせる。頑張ったかいがあったのかなと思いつつ、青葉は笑みを浮かべ、扉を開けた。

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