第7話

 朝。魚を取り、工夫を凝らしながら小さく暮らしている愛らしい漁村。そこの大きく広い道、黒い台車に乗せられて宝石のように煌めく加工を施された水槽が、中身を入れた状態であらわれた。


 町の人々が言う。

見て、あの水かき!気持ちが悪い。指が分かれてないわ!

裸じゃないのか。てっきり貝殻を胸につけていると思ってた。

この辺じゃ珍しい髪色で不気味。まだ、目を、ああ、開けないでほしいわ?苦しくして、気絶させて捕まえたんでしょう?、

服や装飾のつもりかな、魚を取る編みで飾りを作るなんて。

あの背から続く規律正しいウロコを見てると寒気がする。


 優しい海沿いの町の人々は人魚に対しては辛辣だった。皆口々にいつものみんなじゃないような言葉を発して、人魚がやっと、気づいた。


 昔サーカスが使わなくなって大損したガラス球。それが朝日を回転させるように煌めきながらやっと日の目を見た。台車は樽を運び慣れている酒売りの商人が。海水は、ガラス球の半分まで入れてあった。フジツボのついた竪琴は、なかった。


 叫び。


 絶叫ではない、しかし同胞や仲間、家族へ問いかけるもの、感情を込めたものではない問いかけが反射し、人魚の姿を幾重にも映すガラス球から、響いた。

 それが問いかけだとわかるのはこの場にいないただ一人。


「なんて雑音、いや、唸り声か、なんだこんな音は!」


 たまらず商人が梯子を登り、事前に用意しておいたバケツや、樽の海水で水槽を満たす。そして、満たせば満たすほど、声はうつくしく、せつなく、とうめいで、どうしてこの世に悲劇があるのか、こんなことは起こってはいけない、なぜ、どうしてなの、歌ったはずなのに、ひとりはとても、


海水で満たされすぎた水槽の蓋の檻で定期的に外の空気を取り入れながら、それは誰しもが持つ哀しさと優しさと、これからを訴えてくる。


あの言葉は決して言わない。

この人魚はこうは言わなかった。


どうして

わたしなの?


馬車に轢かれ、曳かれ者のうたにしてはずっと人々を正気に戻す音を、唄を紡ぎながら、このバケモノは。大きな街へ、替の海水も常備しながら連れて行かれた。


少年は、父親は、そこにいなかった。

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