第27話 Case Extra 河童編①
黄金の三日目。そろそろ体力も尽きかけてくるころあいだ。
そして今日待ち受けるのは、河童娘の水兎。行き先は市民温水プールだ。
大丈夫か、尻子玉取られんかな。
それ以前に、素っ裸同然のスイミングスタイルと、人生を賭けるに値するような牛乳が問題だ。
人目を引くのは間違いない。なんなら逮捕まで視野に入る。
俺は待ち合わせの市民体育館の前で、甘い缶コーヒーを飲みながら水兎を待つ。
大丈夫かな。まさか乳に絆創膏でここまで走ってこないよな。
「ふぃー待たせただよ」
「うおっ、ああ、おはよう水兎」
なん、だと。
白いふんわりとしたパーカーに、ホットパンツ。例の巨大リュックは今日も健在だが、こう、かなり可愛い。
「驚いた。水兎、普通の服持ってたんだな」
「おらだって、夫とおでかけには良いべべきてくるっぺよ」
ほんのり日焼けしている健康的な肌に、そこはかとなくギャルっぽい格好が様になっている。まあリュックは異常だが。
「さ、いくっぺ。おら一緒に泳げるのは夢に見るまで楽しみだっただよ」
「ちょっと待て。その前に、水兎、水着は持ってきてるだろうな」
「絆創膏だとまずいかの、おらあんまりわかんねえべさ」
こいつ……。歩く猥褻物陳列罪としてデビューしたいんか?
もう動画撮られる未来しか見えない。
「いや……じゃあレンタルでも……」
「嘘だっぺ。ちゃあんと持ってきてるべさ。あはは、ミオは可愛いのう」
こいつ、こいつ……!
「くそ、やられた。じゃあ信用してるからな。行こう」
「お手てつなぐっぺ。ほあ、柔らかいのう」
券売機までの短い時間だが、水兎はご満悦のようだ。なんだろうな、海辺でのはしゃぎっぷりとは違って、今日はしっとりとした雰囲気だ。
TPOを弁えてくれるのであれば、俺としては異論はない。ぜひ平和的な水泳を行いたいものだ。
「それじゃあ、着替えてからプールサイドで会おう。ロッカーの使い方わかるよな」
「練習してきただよ。まーかせんしゃい」
胸をドンと、いや、ぽよんと叩き、水兎は颯爽と女子更衣室へと入っていった。
悩んでいても仕方がない、俺も着替えてこよう。
手早く水泳用のハーフパンツに着替え、俺はカギを手首にかけて水兎を待つ。
男はあんまり準備がかからんからいいと、昔女子が言ってたっけな。
「お待たせしただよ! ミオ、おらの水着どうだっぺか」
「おお、意外とはやかっ――」
で・け・え。
いやいやいや、その胸で水泳は無理でしょ。
水兎が歩くたびに、上下にたゆんと揺れる。もうわっしゃわっしゃと。
腰はくびれており、日焼けしたボディと相まって、健康的なエロを醸し出している。言い方は悪いが、市民体育館にいていい人物じゃない。子供が目覚めてしまう。
緑色のビキニは、もうはちきれんばかりだ。上はぱっつんぱっつん。下はきゅっと食い込んでいる。
もうなんなんだよ、この呼吸する18禁。
「あはは、ミオ、目が釘付けだっぺ。夫に見られるのは嬉しいだなぁ」
「い、いや、すまん。ってかしょうがないものと思ってくれ」
「いいべいいべ。ミオにはやや子ができたら、よくほぐしてもらうことになるからの。今のうちに慣れておくといいだよ」
慣れるか。てか作るか。
「ふんむ、水が臭いべな。なんか混じっとるのう」
「ああ、それは殺菌用の塩素だ。プールってのはこういうもんだから、水は飲むなよ」
「人間は不便だっぺな。川よりも綺麗じゃが、制約がおおいっぺ」
確かに。文明の利器を利用するうえで、人間は縛りが多くなってきた。
昔はもっと自然の中で自由に過ごしていたのだろうか。そういうのも悪くはないな。
「感傷に浸っちまったな。さ、入ろう」
「どれ、おらが水の良し悪しを見極めるっぺよ」
心臓付近に水をかけ、俺は足からゆっくりと入る。
おお、確かに温水だ。ほどよくぬるくて気持ちがいい。
「水兎、気持ちいいぞ。これは浮遊したくなるな」
「ミオ……」
なんだ、水兎が顔をしかめている。
「どうした。何か問題があったか? 足でも攣ったか?」
「塩素、じゃったか。これまずいんじゃ」
「おい、肌に合わないなら上がったほうがいいぞ。シャワーで流してきた方がいい」
「違うんじゃ……違うんじゃ……」
水兎がふらふらと俺のところまで歩いてきた。水の中だったので、体重を預けられても十分に抱きとめることができる。
「息が荒いぞ。早く出た方がいい。くそ、河童は塩素に弱いのか」
「違うんじゃよ。ミオ、おら……おら……」
目が潤んでいる。顔も赤い。息はますます大きくなっている。
これはマジでヤバイんじゃなかろうか。
「やや子つくるべよ」
「は?」
「えんそ、すごく気持ちいいだよ……おら、頭おかしくなりそうじゃ」
んんっ!?
「待て、おい! ビキニ取るな。おい落ち着け」
「あははははは、世界が回るっぺ。きーもちえーなー、ひっく」
これは、まるで酒でも飲んだかのような……。
「おい水兎、この指何本だ」
俺は三本立てて確認してみる。これでだめなら、プールは撤収だ。
「あむ。ちゅぷ。ミオの指は何本でもええべ」
あ、だめだこれ。
もうそういうお店にしか見えなくなってきた。
これ以上水兎を塩素につけておくと、アル中河童が出来てしまう。きっともう川には帰れなくなるだろう。
「水兎、ほれ、こっちに来てくれ。あーあー、ぐでぐでだよ」
「ミオぉ、おら、ほんとにミオがすきだべ……おら、はよぅ結婚したいんじゃあ」
「せめてシラフな時に言ってくれ。もうどう反応していいかわからん」
水兎を引っ張り上げて、プールサイドで休ませる。体にバスタオルをかけ、水を丹念にふき取ることにした。塩素が付着しているといつまでたっても酔っ払ったままだろう。シャワーに連れていければいいが、女子更衣室に踏み入るわけにはいかん。
「もっと、そう、胸の間を拭いてくんろ。ああ、気持ちええんじゃ」
「口を閉じてろ。俺がやべーことしてるみたいだろ。ああ、まずい」
手遅れだった。
ピピーと警笛を鳴らされる。
水泳監視員が俺と水兎の近くに寄ってきた。まあ、うん、プールサイドでいかがわしい行為をしてるように見えるしな。立場逆でも止めるわ。
「お客様、何をなさってるんですか?」
「ええと、水酔い……って言えばいいんでしょうか。ご覧の通り、ぐでぐでになってしまいまして」
「なんじゃおまー。じゃまするでねえべさー」
ね、と俺は監視員さんに目でコンタクトをとる。
「さっきからこの調子でして……多分目が回ってるのだと思います」
「医務室へ行かれますか? 担架でしたら手配しますが」
「いえ、少し休ませてやってください。動かすと吐きそうなので、時間をいただければ。はい、ええ、すいません」
厳しい監視下におかれることになったが、俺は水兎の介抱に努めた。
まさかの弱点にびっくりだよ。
案外この世の中、妖怪たちにとっては厳しい世界なのかもしれないな。
「あのおねーちゃん、おっぱいでけー!」
「ほんとだ、牛だ!」
「寝かせてあげてくれ。しーっ」
キッズどもが水兎を見ては騒いでいるが、しゃーない。
布面積より乳面積のほうが広いしな。
問題は、こんな状況を俺はいつまで続ければいいのかってことだ。
気持ちよさそうに目を閉じている水兎を見て、俺はそっと溜息をついた。
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