第23話 彼の眠った部屋で双子は語り合う

 隣に流伊と風音が寝ている。……しかも、腕に抱きつくようにして。


 いや、簡単なのだが。というか一言で終わるのだが。


『ご褒美は私達を抱き枕にする事!』と流伊が言ったからである。『お互いWinWinだし?』とも付け加えて。


 だがしかし、あえてもう一度聞きたい。




 どうしてこうなった?



 というかこの状況、抱き枕にしてるというか抱き枕にされてるのでは?


「そんな一織に教えてあげよー。抱き枕にするという事は抱き枕にされる覚悟があるという事なのだよ」

「一切理解出来ないが」

「まあまあ。気にしない気にしない」


 そう言いながらも俺のもう片方の腕を抱きしめる流伊。むにゅむにゅと柔らかくて、いい匂いがして。もう頭がおかしくなりそうである。


「でもさ、ほら。前も一緒に寝たでしょ? 誤差だよ誤差」

「全然誤差ではないんだが」


 確かにこの前――風音に未来の事を伝えた時――一緒に眠ってもらったが、添い寝ぐらいだ。それでも俺の精神ゲージはゴリゴリ減ったが。



 そんな事を考えていると、手に手が重ねられていた。


「……ぅ。一織の、おっきぃ」

「大人向けになっちゃうからやめてください風音さん」


 一応【GIFT】はアダルトなゲームではない。AIにも規制が掛けられていたからか、その方面は程々の演出しかなかった。


 一部、少し危ない人達が改造したとかの話は聞いていたが。でもいつからか、そういう話も消えていたな。


 しかし。俺のこういった思考もすぐにぷつりと途切れてしまう。


「一織の心臓、すっごいバクバク言ってるよ?」

「……ほんとだ」


 勘弁してください。もう色々限界なんです。そこで手を重ねないでください。心臓が暖かくなるんです。


「せ、性別が変わればセクハラだぞ」

「ごめんごめん。……じゃあさ」


 流伊が体を伸ばし、耳に口を寄せてきた。


「私のも触ってみる?」

「おまっ……えな……」

「にひひ」


 流伊は笑いながらも、言葉は続けない。いつもみたいに『冗談だよ』とは言わない。



 風音もなんとなく気づいたのか、ちょんちょんと肩をつついてきた。


「ぼ、ボクだって。その、触っても。……一織なら」


 もう顔が熱すぎて火を吹きそうである。


 思わず流伊を、そして風音を見返して、俺は――



「……寝るぞ」


 目を瞑ったのだった。流伊が小さく笑う声が聞こえ、風音がむっと頬を膨らませたものを肩に押し当ててきた。


 このままだと寝付けないと思っていたのだが。

 不思議な事に、一時間もすれば俺は夢の中に居たのだった。


 ◆◇◆


「……寝たかな」

「ん、寝てるね」


 すうすうと心地良く寝息を立てている一織。彼を挟んで流伊と話をする。


「やっぱり手出して来なかったでしょ」

「うん。……でも、一織らしいと言えばらしいんだけどね」

「にひひ」


 ボクにしては結構頑張ったと思う。今まで、こういうアプローチはほとんどして来なかったし。



「私の時も、そうだったからね」



 唐突な言葉に、ボクは言葉を返せなかった。




「私が病気って判明してから。前世の一織に何回かアプローチは仕掛けたんだよ」



 懐かしそうに――少し、寂しそうに。流伊は目を細めた。その瞳が天井から一織へと移る。


「でも、一織ってば『治ってから』の一点張りでね。当たり前だけど、お医者さんにも止められてたから。仕方ないんだけどね」


 流伊の言葉に、自然と耳を傾けていた。前世の一織の事が知れるから、という事もあるけど。

 流伊の事も知れるから、でもある。


「一織も後悔してると思う。結局私、死んじゃったからさ。……治るって二人とも信じてたからね」


 『信じてた』


 聞いていた事だけど。改めて、その言葉は少し心にきた。


 続く流伊の言葉を聞いて。ボクは上手く言葉を紡げなかった。


「もっと早くしておけば良かったなぁって。今でも思うよ。周りの事なんか一切気にしないでさ。なんなら子供とか欲しかったし」

「それは……」

「うん、分かってる。非常識だって。……でもさ。思うんだ。思っちゃうんだ」




 流伊は前世で後悔した事を今世で全てやろうとしている。させてあげたいって、一織も言っていた。


 ボクだって、少しくらいは思っている。


 だからこそ、続く言葉は……考えさせられるものだった。



「私が死んじゃってから。一織が他の人と一緒になればって思ってたよ。嫌だけど。一織が幸せにならないのはもっと嫌だったから」


 ギュッと。心が締め付けられるようだった。




 ボクは――ボクは。



 ――思えるだろうか。一織に誰かと幸せになって欲しいと。

 ――願えるだろうか。大切な人の幸せを。



 流伊が微笑み、その手が一織の頭を撫でた。

 なんとなく、ボクも一織の手をきゅっと握った。


「きっと。結婚とか、恋人も作らなかったんだろうなって思うんだよね。一織だからさ。……私がここに現れた。転生したって事は、一織もきっとそのはずで。って事はさ――」

「流伊」


 その言葉を言う前に、流伊の名前を呼んだ。


 それ以上、言わせたくなかったから。



「ボクも病気に掛かったから分かるんだけど。病気って、本当にいきなりなるんだよ」


 止めたは言いものの、何を喋れば良いのか分からず。考えるより先に言葉が飛び出した。


「生まれつき病気を持ってたとかならまた違うけど。ちょっと体調悪いなって思って、気がついたら取り返しのつかない事になる。……もちろん早期発見が一番良いって事もあるけど。それでも、防げない事はある訳で」


 自分でも何を言っているのか、よく分からない。


 少し顔を上げると、流伊と目が合った。薄暗いけど、もう目は慣れていたから。


 一拍置いて、言葉を続けた。自分が一番伝えたかった言葉を。



「流伊も、一織も、後悔はあるだろうけど。どっちかが悪いなんて事は……ましてやどっちも悪いなんて事はないよ。絶対に」



 もし、悪者が居るとしたら。



「そんな運命を作り出した、神様だよ」




 ――神様が悪いんだよ。全部。





 二度、重ねて言うと。流伊はかなり驚いた顔をしていた。




 あれ? ボク、今どんな顔してた?



 一回自分の頬を揉んで、また一織の手に手を重ねる。


「と、とにかくさ。過去の事でうじうじするのとかは別に良いけど。一織に要らない心配は掛けさせないでよね。一織だって流伊の事、すっごく気にしてるんだから」

「ん」

「……ボクだって、ちょっとは気にしてるから」


 気が狂うだけだ。流伊の元気がないと。

 うん。そういう事にしておこう。


「にひひ。ありがと、風音」

「別に。そんな調子だったら、ボクが一織の事攫っていっちゃうからね」

「ん。それは大変だ。早く元気、出さないとね」


 流伊の声が元の調子に戻った所で、ボクは寝る体勢に入った。



 一織のお腹に手を置いて。

 体半分を抱き枕にして。



 すると、その手に手が重ねられてきた。流伊の手だと気づきながらも、払い除ける事はしなかった。


「おやすみ、風音」

「……おやすみ」


 そう言って、ボクは瞼を閉じた。



 びっくりするくらい自然に……すぐにボクの意識は落ちていったのだった。



 来年までは、きっと。楽しい生活が続くんだろうなと思いながら。

 その時もきっと、二人が助けてくれるから。何の問題もないんだろうなと思いながら。

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