第7話 元幼馴染と現幼馴染
「おこだよ! 一織!」
「えっ、可愛い……じゃなくて。いや、その、だな」
頬を膨らませる風音に思わずそんな声が漏れながらも。俺って前世は一途な性格じゃなかったかと複雑な気持ちになる。
「か、可愛いって……な、流されないからね!」
ぷんぷんという擬音が似合う風音である。
……そういえば、瑠伊はどう俺との関係を説明したのだろうと思って見ると。こくりと頷かれた。
「前世で幼馴染って説明したね」
「そー! そーだよ! どうしてボクに教えてくれなかったのさ! 前世の事!」
「あー。……それはだな」
この世界がギャルゲーだという事は話しているのだろうか。
一目瑠伊を見ると、首を振られた。先程もそうだが、なんとなく俺の言いたい事を察してくれたらしい。
「思い出したのが最近だからだ」
「むむ……嘘はついてなさそう」
「本当だ。……思い出していたらもっと色々悩んでたはずだからな。風音も気づいたはずだ」
主に瑠伊の事で。……もしかしたら、引っ越すという手段まで考えたかもしれない。
――いや、迂闊にここから離れる事も出来ないのだが。
「一織、悩んでるの?」
つい口を滑らせてしまった。すぐに口を噤むが、時すでに遅し。
「じー」
風音がじーっと俺を見てきた。思わず視線を逸らす。
しばらく俺を見た後に、はぁと風音はため息を吐いた。
「……聞かれたくないなら良いよ。ボクじゃなくて瑠伊の方が適任って事だよね」
「風音……」
「でも! 瑠伊! 勘違いしないでよね!」
すると、風音がいきなり近づいてきた。
ぽよん。
……はい?
「い、今の幼馴染はボクなんだから! そう簡単に渡したりなんかしないんだから!」
頬に柔らかい物が当たっている。こ、これ、さっき瑠伊にされたのと一緒……見られていたのか!?
そう思って風音を見上げる。
「わっ、ちょ、くすぐったいから動かないでっ!」
「わ、悪い」
「ぁ……し、喋るのもだめ! ……んっ」
いきなり風音らしくない声を上げられて背筋がピンとなった。そのせいでやわっこくておっきいのが余計顔に当たる事になった。やわっこい。あとすっごくいい匂いする。
「ふーん? 見せつけてくれるじゃない」
そんな俺と風音を見て、瑠伊が意味深に笑う。
「良いけど? 相手になってあげる」
瑠伊が俺の手を取った。お互いが交わした視線がバチバチと音を立ててる気がする。
……これ。また修羅場ってやつなのか?
柔らかい物に顔と思考を埋め尽くされながらも、俺はそんな事を考えてしまっていたのだった。
◆◆◆
誰もいない部屋。カタカタとキーボードを打ち込む音だけが響いていた。
「……懐かしいな、この感じ」
もっぱらギャルゲー専用PCとなっていた前世だが。一応機能は使いこなせていたし、打ち込むのも早いと自負している。
「というかこれ何日掛かるんだよ。もしかしなくても一週間くらいかかるか?」
今、俺が何をやっているのかと言うと。【GIFT】でこれから起こりうる展開を全て書き記していっているのだ。
全て、と言っても頭の中にある【GIFT】の情報は、風音に関するものが95%を占めるのだが。
「……まーじでストーリーありすぎるんだよな。いや、ストーリーよりサブイベントか」
【GIFT】が売れた理由はもう一つあった。
それは、リアルタイムでAIがストーリーを作るという事。その為、オフラインではプレイできないというデメリットがあったりする。数十年前ならともかく、現代ではそこまでのデメリットではないが。
「大まかな筋は大体一緒だが、細かいイベントやストーリーはAIが作る。その都度AIが一枚絵も精製するんだったか。こちらはその後本職の人に手直しされるらしいが」
基盤となる親のAIが居て、それぞれのゲームに子供となるAIが居る。話の整合性がとれるようその子供のAIがネットを通じて親に確認を取りながらストーリーやサブイベントを作るんだったな。【GIFT】の内容もこの子供AIが考えた物が半分以上を占めるらしい。
そう。【GIFT】はAIがかなりの要素を占める。物語からイラスト。……そして、ボイスまで。
まるでヒロインが本物の人のように動く。噂ではこのヒロイン一人一人にまで独自のAIが設定されているとか。
【GIFT】は第二の人生とかいう言葉もあったくらいだしな。AIがゲームの基盤となるという所で色々炎上とかあったらしいが。
「俺の場合、本当に第二の人生になったんだけどな」
自分で言いながらも苦笑する。そういえば、と前世のとある事を思い出した。
「時々AIが暴走してストーリーを大幅に変えるとか……結構目撃例があったもんな」
公式からもその通達があった。その際はストーリーを元に戻すのではなく、新しいストーリーを即座に作り上げるとか。
そして、親AIが改めてストーリーを見直し、特に問題がないようだったらそのヒロインの第二のメインストーリーとして実装するらしい。
【GIFT】の仕組みとしてはこんな所だ。そのお陰でサブイベントの数は数百とかのレベルではない。専用の掲示板が立つくらいにはある。
サブイベントももちろん大事なのだが。一番大事なのはメインストーリーである。
幸い……と言うべきかは分からないが、【音海風音】のメインストーリーは一つだ。その中でも一番大きなイベントは――
「一年後だからまだまだ時間がある。けど、バイトしとかないと金銭面で詰むんだよな」
「あ、バイトするの? 私も一緒にやっていい?」
「ああ、もちろん…………おわっ!? 瑠伊か」
「私だよん!」
瑠伊が真っ白な歯を見せてニカッと笑う。その手に持っていたお皿には切られたリンゴが置かれていた。
「差し入れ。……本当なら目悪くなるし、止めたいんだけどね」
「書くよりこっちの方が早いんだ。ありがとな」
リンゴを貰おうと手を伸ばすと……サッと避けられた。
「……?」
「指、濡れちゃうでしょ? 食べさせてあげる」
「い、いや。それは……」
「もー、恥ずかしがんないで。あの時はよくやってたでしょ?」
「あの時も瑠伊が強引に」
「はいはい。あーん」
瑠伊は俺の抵抗も意に介さない様子で……リンゴをその白く細長い、綺麗な指で持って唇に当ててきた。
仕方なく……と思いながらも。少し嬉しくなってしまう自分が憎い。
「どーお? おいしい?」
「……ああ」
「良かった」
瑠伊はにひひと笑う。そして、俺とPCを見た。
「ちょっと見ていい?」
「ん? ああ」
「おお……すご。【GIFT】だよね。そんなにやり込んでたんだ」
「……まあな」
思わず瑠伊から視線を逸らしそうになって。また唇をリンゴでつんつんとされたので口を開く。
流伊はリンゴを持つ反対の手でマウスを触り、画面をスクロールさせた。
「そっか。それにしても風音とのルートが多いね。というかほとんど?」
「……最推しだったんだよ。それと、これでもまだ5%くらいの量だ。風音の大まかなメインストーリーと、それぞれのヒロインと出会う条件くらいしか書いてないからな」
「なにそれすごい。重厚なんだね、ストーリー。それにしても……最推し、か」
画面をスクロールさせて。とある部分を読むと、瑠伊の目が見開いた。
「なるほどね。そういう事なんだ」
「ああ」
少し気まずくなり、今度こそ視線を逸らした。視界の端で瑠伊は微笑んでいた。
「私の事大好きじゃん。一織」
「うるさいぞ」
「ふーん?」
横から俺の顔を覗き込んでくるのだが……大きいので当たってしまい、心臓がドクドクと嫌な音を立てた。
「でも、実際笑い事じゃない。……結構深刻だね。バイトは……そういう事なんだ。ここはゲームっぽいんだね」
「ああ。【
最後のページを俺は見た。
【BADEND:音海風音 死亡】
「――もう、後悔したくないからな」
俺はそのページまでファイルにまとめて保存し、電源を落とした。
腕を組み、背もたれに体重を預けて。ふうと息を吐く。
「大丈夫だよ」
瑠伊の暖かな手が俺の頭を優しく撫でた。
「私も付いてるから。一人で考え込まないようにね」
「ああ。ありがとう」
にひひと笑う瑠伊へそう言いながら……俺は考えた。
――この世界のヒロインは辛い目に逢ったか、これから逢う事になる。
きっとそれは……瑠伊も同じだろうと。
「救ってみせるからな。何があっても」
小さく俺は呟き、拳を握ったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます