第38話 定番イベ熟す

「おう、かき氷、おまたせ」

「あ、誠彦さん」


 あれはきっと夏のビーチでお約束のナンパだろうけど、もしも勘違いだといけないので何気なく季里たちの下へ戻る。すると僕らに刺さる野郎どもの剣呑な視線。やっぱコイツラ四人共迷惑ナンパ野郎どもなのかな?


 この四人は大学生風。浅黒いグラサン天パーは僕より少し背が低い。金髪プリンはいかにもチャラそうな優男風。黒髪ツーブロックはガタイがよくいざとなったら面倒そうだ。最後のやつはロン毛のキムタクが三日徹夜したような顔のやつ。総じて大したことのない奴らだった。


「誠彦くん、この人達がしつこく絡んでくるのよ。どうしたらいいのかしら」


 綺羅莉も窮状を訴えてくる。これはもう確定でいいな。


「あんたたち、彼女らは僕らの連れなんだ。悪いけどほかを当たってくれないか?」


「あん? なんでオレらがほかを当たんねぇといけないんだ? オマエらがどっか行けば済むことだろう?」


 寝不足のキムタクがイキって噛みついてくる。


 ほうほう、簡単には引き下がらないってか? やりたくはないけど、最終的には実力行使もやむを得ないかな?


 あの脳天気な水美でさえも怖がって遊矢の後ろに隠れている。凛ちゃんと綺羅莉も身を寄せ合って不安そうにしている。


「まあそういきり立たないでくださいよ。こっちも友だち同士で来ているんです。そう簡単にはそちらに付いていくことはないですよ」


 俊介はあまりことを荒立てたくはないようで、穏やかに場を収めようとしている。できるならば僕もそうしておきたいところは同じなんだけど。


「うるせーガキだな。何度も言わすなよ、オマエらがどっかに行けばいいって言ってんだろうが‼」


 グラサン天パーが吠える。


 やれやれ。脳みそお猿さんなナンパカス野郎どもにはもう話は通じないようだ。こうなると実力行使もやむなしかな……。


「いい加減にしてください! 私たちはあなた方にはついていく気はこれっぽっちもありません! どこかに行くのはあなた方です。もう止めてください」


 静かにしていた季里がナンパ野郎どもに強く非難した言葉を向けた。


「てめっ! っざけんなよ!」


 ツーブロゴリラが季里に手を伸ばし、その腕を掴み取ろうとした。僕がそれをみすみす見逃すはずもなく、季里の前に素早く割り込んでその男の腕を逆に掴み取る。


 もういい加減埒が明かないな。手早くやってしまうか……。さて――



「うわあああ! 助けてください‼ おかしな人達に襲われています! タスケテ! タスケテ! 誰か助けてください!」



 僕はあらん限りの大声で助けを求める声を上げた。その一瞬で周りにいた海水浴客もライフセーバーの方たちも僕らに一斉に視線と関心を向けた。監視小屋みたいなところからも数人のライフセーバーだか監視員だかが慌ててこっちに走ってくるのが見える。


「どうします? この視線の中で僕らとやり合いますか? あなた方のほうが絶対に不利ですけど、どうです?」


「っ‼ ち、チキショー。もういい! 行くぞ」


 チャラプリンの捨て台詞。なかなか味わい深いな。なんたら太夫みたいだぞ⁉


 ナンパ野郎どもは多くの視線を集めながらコソコソとビーチを去っていった。もうあれでは二度とここへは戻って来られないだろうな。


 僕的にはあそこで殴り合いの喧嘩をしても良かったんだ。僕はこれでも中学の頃はしょっちゅう喧嘩していてそれなりに慣れしているし、俊介はバレーボールで鍛えたいい身体の持ち主だしね。それよりなにより実は遊矢は空手の有段者なので彼が本気出せばあれくらいの奴らは四人いようと五人いようと瞬殺だったであろう。


 でも、こんな所で喧嘩したら楽しい海水浴が台無しになってしまう。そこで僕がとったのが大人と周りを頼りにすることだった。


 案の定、大学生と思しきナンパ野郎どもは尻尾を巻いて逃げていってしまった。まあ、逃げないで突っかかって来たらさっきも言った通りやり返す気は満々だったけどね。


「ありがとう、誠彦さん」

「ありがとう、誠彦くん」

「誠彦せんぱい、かっこよかったです」

「誠彦君もなかなかやるわね。遊矢には負けるけどねっ!」


 悲壮な声で情けなくも他人に助けを求めただけなのに何故か女の子たちの称賛を浴びてしまった。そういうつもりは全くなかったのにな。


「なんだよ、いいところ全部マコちゃんに持っていかれちまったじゃん」


「うっさいな。マコちゃん言うな! あれのどこがいいところになるんだよ?」


「俊介くんもありがとう。わたしたちあんなにはっきりとモノを言えなかったからそれを言える俊介くんもすごいと思うわ」


「そっ、そっか……」


 綺羅莉に褒められて耳を赤くする俊介。これはこれで珍しいいいもの見られたような気がするよ。


 くだらないことに時間を食ってしまったので残念なことにかき氷は少し溶けてしまった。でもまだ完全に溶け切ったわけじゃないのでザクザクと氷をすくって口の中に放り込む。


「うっへ~冷たいし頭がキーンってする」

「水美はいちいち忙しないなぁ」


 かき氷を口に放り込んでは大騒ぎする水美にあきれてしまう。さっきまで遊矢の後ろに隠れて怖がっていたくせに。


「すまんな誠彦。うちの水美はいつもこんなんだよ」

「うん、遊矢。知っているから大丈夫」


「なにそれひっどーい!」


 水美がいつもどおりに戻ったので、さっきまでの緊張した空気がどんどんと弛緩していく。

 水美も本物のバカじゃないので、自分がバカやることで雰囲気を良くしているだろうけどね。


「それ食べ終わったらみんなでビーチボールして遊ばない?」

「いいぞ、季里。入れ替え制でビーチバレーでもやろうか?」


 砂浜に線を引いって打ち合うってだけになるだろうけどね。


「いいのかマコちゃん⁉ バレーボールじゃ俺の独壇場だぞ?」

「では俊介せんぱいのパートナーはあたしやります! 運動神経のなさは自慢じゃないけどあたしが一番だと思いま~す」


 そこは順番に交代交代でやっていけばいいと思うよ。七人じゃチーム分けできないしね。

 それに運動神経のなさは水美も凛ちゃんに負けず劣らずだと思うよ。まあどんぐりの背比べって感じだろうけど。


 あ、あと季里さんや。


「なに?」

「ポロリだけは絶対にするなよ?」


「それは誠彦さんだけの特権だから他ではやらないわ。平気よ」

「と、特権なんだ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る