第27話 ×3

「改めまして、今日からよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします、誠彦さん」


 自宅に帰ってきてまず初めにしたのがこの挨拶である。


 リビングのテーブルを横に避けて場所を作ったら、二人向かい合い正座してのちょっとお固い感じでの挨拶となった。


 普通の帰宅のようにするつもりだったのだけど、お互い妙にぎこちなくなってしまったので再始動の思いを込めての”儀式”だった。


「ふふ」

「あはは。へんなの」


 お互いに両手で相手の手を包み込むように握り合って笑顔を交わす。これでやっとスタート地点に立てた気がする。


 右手を離し、そのまま季里の頬へと持っていく。同じく季里も僕の頬へ手を伸ばす。

 目をそっと閉じながら距離を縮める僕ら。重なる唇、熱い吐息、絡み合う舌と水音……カチコチと古い柱時計だけが時が止まっていないことを表していた。


 どれくらいの時間抱き合っていたのかは分からないが、窓からは夏の日差しがキラキラと床を照らすようになっていた。朝方の雨は上がって晴れたようだった。

 梅雨明けも間近だろう。今年の夏は季里と二人いろんなことをしよう。色んなところにも出かけよう。きっとすべてが楽しいに違いない。


『ぐ~』

 季里のお腹からとってもいい音が聞こえてきた。


「お腹すいたね」

「えへへ。だね」


 いちゃついていようが何をしていようが腹は減るもの。ロマンも雰囲気もあったものではないけれど、僕たちにそれを言われてもね⁉


「季里は何が食べたい? 今日は外に食べに行こう」


「一番食べたいのは誠彦さんだけど?」


「……そういうんじゃなくて」


「あはは、わかってるって。昨日のご飯が豪華すぎたから何を食べたいかわかんないよ」


 昨夜はうちの母さんもじいちゃんも腕によりをかけた料理を振る舞ってくれたんだ。田舎の家庭料理とは言ってもけっこう力が入っていたよ。

 じいちゃんは手打ちの蕎麦とうどんを朝から打っていたそうだ。どっちか片方でも良かったんだけどなぁ。


 メインは近所の方に頂いたイノシシ肉のロースをカツにして揚げたもの。とんかつよりも味が濃いような気がしてすごく美味かった。

 あと、少しだけだったけど鹿肉のステーキなんてものまで出てきた。僕も鹿は食べたことはあったけど、今回のはくさみもなく上等なものだった。


 季里も最初はおっかなびっくりだったけど美味しいっていってパクパクよく食べていた。


 以前に長瀞で季里が食べたがったきゅうりの一本漬けも早取れのきゅうりがあったので浅漬けにして食べさせてあげられたので良かったと思う。


「そうしたらどうしようか?」


「そうだ。裏の路地をずっと行ったところに古民家雑貨屋さんあったじゃない」


「そんな店あったっけ?」


「あったの」


 最近では僕よりも季里のほうが家の近辺の事情に詳しくなっている。たしかに裏の路地は古い家がいっぱいあったような気がする。


「そっか。で?」


「そこのお店はカフェも併設しているみたいで、ちょっとしたカフェ飯を出しているんだよ」


 🏠


 激しいキスのせいで互いにお口周りがデロデロになってしまっていたので、顔を洗って小綺麗にしてその店に出かけた。


 僕はトマトパスタのセットを頂き、季里はパンケーキセットを頂いた。


 オシャレ感優先かと思ったけど意外とボリュームもあって、お腹も舌も大満足だったよ。路地裏探索も面白いものだね。


「帰りはこのままお買い物に行こうよ」

「こっちまできたらマルカワ商店?」


「そうだね。日曜日はポイント一〇倍デーだから買い物するならマルカワ一択だよ」


 お~、言っていることが主婦のようだ。たしかに家のことは殆ど季里に任せっきりだからあまり外れでもないな。

 もう少し僕も家のことはしっかりやらないと季里に呆れられてしまうかもしれない。


「大丈夫だよ、心配しなくても。私はやりたくてやっているんだからね。逆に取り上げられちゃったら怒るよ?」


「うん、わかったよ」


 時々見透かされているようでびっくりするよな。それだけ僕のことをよく見ているってことなんだろうけどね。



 買い物袋をぶら下げて自宅にかえってくると一緒に暮らしている感が湧いてきて感慨深いものがあるな。


「よし、今日から僕たちのな同棲開始だね。特に変わることもないと思うけどちょっとだけ気分が違うな」


「誠彦さん! 変わることが一つあります!」


 ビシッと人差し指を立ててなにやらいいだす季里に首を傾げる。変わること? なんだろう……。


「なんかあったっけ? 住所変更も学校にバレるから僕の方は弄らないままだけど」


「そんなことではありませ~ん」


「? じゃ、なに?」


「はい! 私、季里は今夜から誠彦さんのベッドで一緒に寝ます! これは決定事項です」


 一つのベッドで毎日寝るとかそれは僕の理性を試したいと言うことですか? 修行ですか? 苦行ですか?


「いいえ! わたくしいろいろと期待しております! 今このときも期待しすぎて我慢出来ないのをやっとの事で堪えている最中であります!」


「期待? 期待って? もしかして、アレか?」


 そういえば以前『もう、ケチ! もっとイチャイチャしたい~ えっちなこともしたい~ せめて、ちゅ~だけでもしたい~』って言っていたよな。


 一気に先へと進め、むしろ理性は捨てろとおっしゃりたいのですか? 前から思っていたけど季里ってかなりえっちな子だよな。嫌いじゃないぞ、むしろ良い。


「うへへへ。そのとーり! だからね、誠彦さん。あちらの方のご用意を可及的速やかにお願いしたいかなぁ~って」


 昨日お母様にも釘を差されていたでしょ、って。聞こえていたのか、あれ。


「わ、わかった。じゃあ僕はドラックストアに行ってくるよ」


「誠彦さん、最低でも間違いなく三箱は買ってきてね」


「さ、三箱? なんで」


「どうしても!」

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