第14話 告白と独白

 先日、キッチンの吊り戸棚の奥から見つけたでかいハンドルの付いた鋳鉄製のコーヒーミルを見つけのでスーパーでコーヒー豆を買ってきた。今日はそれを使って季里がコーヒーを淹れてくれたので、それを一口口に含む。

 インスタントコーヒーとは違って香りがいいし、味もなんだかまろやかな気がする。希里のコーヒーの淹れ方も上手いかもしれない。



「季里。朝のあれってなんだったの?」

 櫻井さんの前でいきなり名前呼びしてきたことだ。


「誠彦さんさんはどう取りましたか?」

 質問に質問で返さないように。


「ああいう言い方は周りに勘違いされるような言い方だと思うな」

「勘違い?」


 急に名前で呼んだり、服の袖をちょこんとつまんで持ったりしたら僕たち二人の距離が近いって誰でも思うでしょ? 僕だって勘違いしそうだよ。


「ぼ、僕に季里が……あ~なんていうか」

「好意を持っている、とか?」


 ぶっちゃけたところそれなんだよな。いたずらってことじゃない限りあんなことは普通しないから。


「そう。誰だって勘違いする可能性があるじゃないか?」

「勘違いじゃ………なかったら?」


「えっ?」

「勘違いじゃなかったら、誠彦さんはどうしてくれるの?」


 いや、それは。さすがにないだろう。だって……いたずらだろ?


「……えっと、それは?」

「私が誠彦さんに好意を持っていることが勘違いじゃなかったら、誠彦さんはどう答えてくれるの?」


 つまりは、季里は僕のことが……。


「誠彦さん。私、本気です。誠彦さんのことが好きです」

「……」


 すっかり冷めてしまったコーヒーを口に含む。やたらと苦さだけが引き立っているような気がする。


 季里はかすかに震えながら、じっと僕の目を見て静かに僕の答えを待っている。


「私じゃ駄目なの? 誠彦さんは今誰か好きな人がいたりするの?」

 今にも消えそうな声音で問いてくる。


「いや、そういう人はいないよ」

「じゃあ……なんで答えてくれないの。駄目なら駄目ってはっきり断って欲しい」


 これはちゃんと話さないと収まらないやつだよね。僕自身の恥部でもあるし出来ることなら知られたくはなかったけど仕方がない。


「僕の話をするよ。僕が今、季里に応えられない理由の一つでもあるんだけど、それで君が僕に愛想を尽かしてしまうならそれもまた仕方がないかな」


「そんなことはないと思う。でも、そんなに大変な話なの?」


「それもひっくるめて季里が判断してくれると助かるよ。じゃあ、話すね。これは僕が中学生の頃の話なんだけど――――」


🏠


 僕はまだ中学二年生の思春期真っ盛りなガキで、母の再婚によって実父の代わりになった継父との確執に苦しんでいた。母の再婚は僕が三歳の頃だからかれこれ一〇年以上は継父と一緒に暮らしていたというのに今更何を言っているのだって誰もが考えると思う。だけれどもその時の僕は継父が自分を理解してくれないと感じていたし、他人の子である自分よりも実の子である妹のほうが可愛いに決まっていると決めつけて一人心を痛めていた。

 要するに反抗期にありがちな誰もわかってくれないって感情を継父に八つ当たりしていただけなのだけど、その当時の僕にはそんなことがわかるわけもなくて……。


 そうこうしているうちに学校が夏休みに入ると僕は独りで毎日遊び歩くようになっていた。とはいえ、村内ではいい加減遊ぶって言っても中学生の好奇心を満たすようなものはなく、自転車で隣町のショッピングセンターなどまでわざわざ出かけて行っていた。


 夏休みの宿題に全く手を付けないことも含めて母には小言を散々言われたけど、継父には特に何も言われるようなことがなかった。何も言われないから良かった、というよりも何も言われないのは関心がないから、いらない子供だからなんて、悪い方にしか捉えることができないぐらいに僕は拗らせていた。


 そんな折、隣町のゲーセンで遊んでいた時にある女の子と知り合う。れいって名前の声の可愛い子だった。僕と玲は直ぐに意気投合し、連絡先も交換しあった。夏休み中に何度も一緒に遊んでいるうちに彼女とは付き合うようになっていく。どちらから告白したとかはなかったように思う。ただなんとなく付き合い始めたのだと思っている。


 彼女の両親は共働きでいつも帰りが遅かった。遊び歩くとして小遣いにも限りがあるので、僕が玲の家に入り浸るまでにはそう時間はかからなかった。交際している男女が他に誰もいないところで二人きり。中学生の性に目覚めたばかりの僕たちになにもないはずもなく、キスからペッティング、セックスにいたるまではあっという間だった。

 それからはいくら小言を言われても夏休みの宿題なんて全く手を付けず、互いの身体を貪るだけの毎日だった。小遣いは全部コンドーム代に消えて、終いには家の金にも手を付けるようになっている始末。


 夏休みが明けても僕たちの関係は変わらずに続いていた。あの頃の僕たちはもうずっとこの関係が続くものだと勝手に思いこんでいた。あまりにもこの関係が心地よかったので、継父との確執も一時的に忘れていたほどだった。


 でも終わりっていうのはあっけなく訪れるもの。


 僕たちの関係が玲の親にバレたんだ。もちろん気づかれたのは身体の関係の方。

 特に玲の母親は激昂も激昂、猛烈な憤りが見え隠れする様相でうちに乗り込んできた。うちの方の対応をしたのは継父だった。継父の対応はあくまでも冷静で、彼女の母親の怒りの矛先を自分に向けるようにして決して僕の方に危害が及ぶことがないように図っていた。


 やがて彼女の母親は僕と玲が二度と会わないことを約束させることで矛を収めて帰っていった。玲と会えなくなるのは悲しかったけど、その時の僕は罪悪感の方でいっぱいだった。

 玲を困らせたこと、彼女の母親の怒り。何よりも何も悪くないのに猛烈な怒りをぶつけ続けられた継父に。継父が僕のために頭下げてくれているのを見てなんかすごく馬鹿なことやったなって思ってものすごく申し訳なくなって泣いたのを覚えている。


 そんな事があっても継父は僕のことを怒らなかった。数発殴られたって仕方ないって思っていたぐらいだったのにだ。継父はただ僕のことを抱きしめて「お前のことは信じているから大丈夫だ」って一言だけ言っただけだった。そのとき僕の中で何かが溶けて消えていくような感覚があった。





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