第11話 距離は

「これ、ブルートゥースでペリングしておいて」

「これなに? イヤホン?」


 僕はツーリング前に季里にマイク付きのイヤホンを渡しておいた。


「LIMEで音声通話にしたままだと、移動しながらでも会話ができるんでね」

「そっか、そっか。バイクだとヘルメット被っちゃうからそのままじゃ話ができないんだね。わかったぁ~やっとくよ~」


 季里はフルフェイスタイプのヘルメットを、僕は普段から使っているシールド付きのハーフヘルメットを装着する。



 その他の準備も整えて、いざ出発とする。


「よいしょっと。ねえ、誠彦さんに抱きつけばいいの?」

「抱きつく? あ、ああ、そうだね。僕の腰に手を回してしっかりと掴まっていて」


 すっかり忘れていた。初めてのタンデムなので考えさえ及んでいなかっただけだけど。そうなんだ、タンデムなので後ろに乗る季里にガッツリと抱きつかれるんだよね。


「こんな感じでいいのかな? それとももっとギュッと抱きしめた方がいい?」

「いや、そんなもんで。そんなに身体を押し付けることはしなくてもいいんだけど……」


 普段はあまり意識していなかったけど、やはり女の子の身体は背中越しとは言え柔らかく非常に危険を伴うものなんだね。特に季里はボリューミーなブツをお持ちでいらっしゃるからジャケット越しでもその感触はよく分かってしまった。

 でもそんなことよりも安全運転で季里を危険にさらさないってことが第一だから直ぐに邪な考えは意識の彼方に放り出した。


「じゃあ、出発するね。途中コンビニで休憩もするから安心してね」

「はーい。出発進行!」


 軽快なエンジン音を響かせて僕のスクーターはいざ長瀞へ。


🏠


 最初こそ街中で混雑もしていたけど、直ぐに田舎の広い国道を走ることになるので殆ど混むことはなくなったのは予想通り。

 初夏の気持ちの良い風を受けてスクーターは軽快に走る。


「あんっ、誠彦さん……凄い、凄いよっ! ぅんっ、気持ちいい! こんなに気持ちいいものならばもっと早く知っておきたかったわ‼」


 字面だけ見たらえらくエロいんですけど、ただ単にバイクが気持ちいいっていっているだけなんだよね。


「まあ、今の時期が一番いいかもな。バイクだと冬はくっそ寒いし、夏は途轍もなく暑いんだからね」



 程なくして秩父鉄道長瀞駅の前へ到着する。


 ここ長瀞は割と有名な観光地だけど、実は我が実家からは案外と近かったりする。ただし近いと言っても徒歩や自転車などではそう簡単には来られないけどね。何しろ峠を越える必要があるからさ。

 なので、近い割には来たことが数回しかなかったりする。だからあまり詳しくはないんだ。


「わぁっ、岩が凄いね! あれ、船があるの?」

「確かその岩が石畳ってやつで、そっちはライン下りってやつだな」


「……………じ~」

「乗りたいのか?」


 和船という船になるのだろうか。今下ってきた観光客がワイワイと楽しそうに下船しているところを季里は見つめていたので、乗りたいのかと思ったのだけど。


「乗りた………い、な。駄目?」

「いいよ。乗ろうか」

「やたっ!」


 やっぱり乗りたかったのか。かく言う僕も一度も乗ったことがないので乗りたかったりするんだけどね。


 コースは上流側を選んだので、バスで親鼻橋まで移動して乗船する。ちょうど川を渡る橋梁をSLが通るというナイスなロケーションにも季里はおはしゃぎだった。水しぶきを浴びながらの急流下りは楽しかった。


 ライン下りを楽しんだあとも季里のテンションは上がりっぱなしで、商店街の店前で売っていたきゅうりの一本漬けが割り箸にさしただけのものを食べたがったりして止めさせるのに苦労した。


「もうっ、きゅうり食べたかったのに!」

「だってこの後かき氷を食べるんだろ? きゅうりなんて夏になったら実家からぬか漬けでもなんでも貰ってきてやるから我慢して!」


 夏になるとうちの畑で毎日馬鹿みたいに生るきゅうりが次々とぬか床に漬けられて、毎日嫌って言うほど食わされるのだ。あんなもの買って食べるものって気が全くしないんだよね。


「うん、なら我慢する。じゃあ、かき氷に行ってみよう!」

「ああ、うん。行こうか」


 急に季里に手を取られる。握手はしたことあるけど繋いだのは初めてだ。


「ま、迷子になるといけないから、ね」

「……そうだな。それなりに混んでいるしね。季里が迷子になると大変だ」


「私じゃなくて、誠彦さんでしょ?」

「ふっ……」

「あ~‼ バカにした! もう!」


 ここへ来るまでずっと抱きつかれていたのだから、今更手を繋いだところで、ね。とは言え、ちょっとドッキリしたのは季里には気づかれていないと思う。



「僕はきな粉みつで」

「私は……えっと……ん~ん。つぶあん……いや、い、苺ミルク&メロンミルク……かな」


 季里はめちゃくちゃ悩んでいた。大好きないちご味にするか、和系のものにするか。


「僕のを分けてあげるから悩まなくてもいいのに」

「え? そうなの。やた! ありがとう!」


 店は結構混んでいて人気なのが見て取れた。並んで待っている間も季里は悩みに悩み抜いていたけど、欲しければいくらでも僕のをあげるって。

 まあそんなことを悩んでいる季里も可愛いっていえば可愛のだけどね。ま、お子様的な可愛さではあるけれど。


 その後はロープウェイで寳登山ほどさんの山頂まで登って希里の作ってくれた弁当を食べた。景色もよく暑くも寒くもないちょうどいい気候だったのでご飯もいつも以上に美味しかった。


「もう、ゆっくり食べてね。ほら、ほっぺにご飯粒ついているよ」


 季里は僕の頬に付いたご飯粒を取ると、そのまま自分の口に入れてしまった。流石にこれには僕も心拍数が上がったよ。


 今日の季里はやたらと距離感が近い。バイクの二人乗りは密着しないと危ないから仕方ないとはいえかなりギュッと抱きついていたし、ライン下りの時も隣にピタリとくっついていた。下船後もかき氷の店まで手を繋いでくるし、そのかき氷も僕の食べかけをすくい取って食べてもいた。で、今。ご飯粒。


 かなり積極的でちょっと勘違いしてしまいそう。


 季里は普段から距離感は近いほうだし、僕の肩ぐらいならペシペシ叩いてくるくらいのスキンシップも多々ある。

 これは季里が僕よりもコミュニケーション能力に長けているってことなんだろうけど、気をつけていないと僕一人勘違いの渦に巻き込まれそうになる。

 言い換えれば、気をつけていればそのそうな勘違いは発生しないってことだから平時から僕がしっかりとしていれば済むことなんだよね。おっけ。肝に銘じよう。



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