第七話 『アイリスと黒薔薇の騎士』


 

 「ハッ! 本当に死にやがった、人格を最後まで乗っ取られてたってか? マジで雑魚だったんだなぁ……ん? なんだコレ?」


 外套の男は地面に転がった物を拾う。


 「指輪か?」

 「返して……」


 外套の男に対して、アリサは声を振るわせながら言う。


 「コレが欲しいか、女?」

 

 男はニヤニヤしながら指輪をアリサに見せびらかす。


 「……返して、それは彼の大事な物なの」

 「へー、そうなんだ。じゃあ、お前の家の全財産でいいよ、女が人質になって子竜が家から金持って来い。勿論、子竜以外の奴が来たら、女は殺すからな」

 「なッ」

 「ふ、ふざけるなよ! その指輪はお前の物じゃ無いだろ!」


 男の言葉にアリサは息を飲み、アルバートは怒りの声を上げた。


 「え? なに? お金で解決してって言ってんのに断るの? あのさ〜、自分の理解してる?」


 男は剣をアリサとアルバートに向け、殺気を出す。

 殺気を受けた二人は自分達が殺される光景が脳裏に焼き付く。


 「ウッ……」

 「ハァッ、ハァッ……」


 アルバートは地面に手をつき、冷や汗を流し、アリサは呼吸を激しく乱す。


 「で? どうすんの? 死ぬ? 金だ――!」


 男は咄嗟に後ろを振り向き、眼前に迫った光の球を斬り裂く。


 「ハッ! どうした? 魔獣との戦いで魔力を使いすぎたか? 威力がショボいぞ」


 離れた場所にいるアイリスに聞こえるように男は大きな声で挑発する。


 【光球ディア・ポース


 アイリスの周囲に無数の光の球が現れ、一斉に放たれる。


 「ハッ! 質より量ってか! そんな事しても意味ねーんだよ!」


 男は雨の様に降り注ぐ、光の球を軽く躱しながらアイリスに肉薄する。


 「兄さんが来るまで、私がなんとかしないと」


 アイリスはそう自分に言い聞かせる様に呟く。

 男は魔術の雨を潜り抜け、アイリスの目の前で動きをピタリと止める。


 「もしかして〜、吹っ飛ばされた奴が来れば俺に勝てるとでも思ってるのかな〜?」

 「当たり前です、魔法武器頼りの貴方では兄さんに勝てない」

 「ハッ! 言ってろ! 兄貴もすぐ殺してやるからテメェは先、死んだろ!」


 男が真っ黒い剣を振り抜き、アイリスが光の魔術を放つ。

 黒い一閃と光の輝きが衝突して巨大な衝撃波を発生させる。


 「ハハッ! いつまで持つかな?」


 男は剣を乱暴に振り回しながらも、アイリスの隙を突いて的確に攻撃を仕掛ける。

 アイリスはその猛攻を何とか魔術で対処するが、防戦一方から抜け出せない。

 どうやって現状を打破するかを思考する。


 (恐らく、相手の魔法武器はヴォルフさんと同じ、剣に属性を纏わせる魔法武器。このまま近距離での戦闘を続ければ押し切られるのは明白、でも距離を取る隙は無いし、相手もわざわざ距離を取らせたりはしない……ならそれを逆手にとって)


 【飛行魔術スカイ・フルーク


 アイリスは身体を浮かし、後ろに下がろうとする。

 それを見て、男は下がるのを待っていたと言わんばかりに口角をニヤっと上げて、剣を振り上げる。


 「喜べ、一撃で屠ってやる【剣技・黒螺閃けんぎ・こくらせん】」


 振り上げた剣が真っ黒に染まり、その黒が激しく渦を巻く。男はその剣を斜めに振り下ろす。

 

 【防御魔術ボルグ・ヴァント

 

 「……は?」


 男は剣を斜めに振り下ろそうとしたが、剣を持った腕が突然固まった様に動かなくなった。

 その事に、驚きの声を上げた。


 「――魔術師は近距離では戦えないと思ってましたか? 【光の衝撃ポース・シュラーク】!!」


 動きの止まった男に肉薄して、アイリスは渾身の魔術を相手の懐に浴びせる。

 魔術の光が両者の覆い隠す。


 「クッ……。ハハッ、まさか魔術師が近づいて来るとはな、以外だった。さっきの飛行魔術の単詠唱たんえいしょうはハッタリで本命は防御魔術で俺の腕の動きをする事だったってか? 面白いじゃね〜か、お前……だがな」


 光が収まり、男の姿が見えるようになる。

 アイリスの渾身の魔術を至近距離で受けたハズの男には目立った外傷は無く外套に穴が空いただけで、逆に攻撃したアイリスが男から離れた場所で地面に倒れ、吐血していた。


 「至近距離で魔術師が剣士に勝てる訳ねーだろ、馬鹿か?」


 アイリスは口元の血を手で拭い、腹に手を当て治癒魔術を施す。


 【癒しの光シャイン・ヒール

 

 内臓の損傷を治し、起き上がったアイリスは男が無傷である事に少し動揺する。


 「あの距離で無傷は有り得ない。あの外套の下には鎧、それもかなり強力な防御魔術が付与された代物を身につけてるってこと……そんなのどうすれば」


 アイリスは頭で考えた事と少しばかりの弱音が思わず、声に出る。その事に気づき自信を鼓舞する。


 「弱音なんて吐いてる暇は無い! 今、私がする事は兄さんが来るまでアイツを足止めする事! 勝てなくていい、足止めをする! よし!」


 アイリスは気を引き締めて、男を睨み付ける。


 「ハッ! いい顔するじゃねーか! もっと、面白いことして見せろ!」


 男はアイリスの顔を見て戦意がまだある事を察して、嬉しそうに言い、腕を固定してる防御魔術を剣から発生した黒い衝撃波で粉々に砕き、アイリスとの距離を詰める。

 アイリスは飛行魔術で、浮かび上がり砦を囲む壁の上に着地して男の顔を狙い一直線に光魔術を放つ。

 

 「ハッ! そんな軌道見え見えの攻撃が今更通じるかよ!【剣技・黒一閃けんぎ・こくいっせん】」


 真っ黒に染まった剣を勢いよく振り抜き、黒い斬撃を飛ばす。

 黒い斬撃は光魔術を斬り裂き突き進むが、斬り裂いた光魔術は消える事なく複数の光の球に分かれて男を襲うと同時に黒い斬撃もアイリスの立っている砦の壁を破壊する。

 アイリスは飛行魔術を一瞬だけ発動して、落下の衝撃を緩和し地面に着地する。


 「はぁー、やっぱ魔術師は人を騙すのがうまいなぁ〜って外套がボロボロじゃねーか」


 男はボロボロになった黒い外套を破り捨てる。

 外套の下には真っ黒い鎧を身に付けており、鎧の胴には真っ赤な薔薇の模様が施されている。

 その特徴的な鎧を見て、アイリスは男が何者なのかを理解する。


 「なんで、が……」

 「さー? なんでだろうな? まぁ、お前らは死ぬんだしどうでもいいだろ。おい、野郎共もう出て来ていいぞ」


 男がそう言うと、砦の建物や物陰からぞろぞろと軽装の手下たちが姿を現す。


 「おい、キールはどうした?」

 「かしらは呼ばれる前に剣士の下に出て行っちゃいましたよ」

 「あ? ったく、アイツ勝手なことしやがって」


 男は穴の空いた砦の壁の方に目をやる。

 そして、薄ら笑いを浮かべてアイリスの顔を見る。


 「残念だった女。お前の兄貴は今頃、首と胴が離れ離れになってんぞ」

 「こんなにも大勢……」

 

 アイリスは目の前に現れた大勢の手下に恐怖心を抱き、手足が僅かに震える。


 「ハッ! そんなに怖いか、俺たちが?」

 「……あなた達はと共に消えたと言う話は嘘だったようですね」

 「いや、嘘じゃないぜ。俺たちはに行った馬鹿な団長の下から離れて、副団長の下でこの……ってお前に話しても意味ねーな。野郎ども、女を殺せ」


 男の命令で、手下たちは一斉にアイリスに襲う、アイリスは手下たちの顔を狙い、一斉に光魔術を放つ。


 【光球ディア・ポース


 手下たちは光の球を斬り裂こうとして、剣を振るうが剣閃より先に光の球は手下たちの顔に直撃する。


 「――え?」


 アイリスは防がれると思った攻撃があっさりと通った事に驚きの声を上げた。


 「そんな、魔術も対処できねーのかテメェらは!」


 男は手下たちを大声で怒鳴る。

 アイリスはその声を聞き、目の前の手下たちが実戦経験が乏しい事を察して内心ホッとする。

 しかし、多勢に無勢であることは変わらず、劣勢を強いられるアイリスはノアが早く加勢にくる事を祈る。


 「兄さん、早く来てください……」

 

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