第31話 戦争終結
輝追石は、所持している人間の生体反応とリンクしている。
持ち主が怪我などで体調異常を起こせば、水晶球に映る光は、点滅をはじめ、重篤化するに伴い、点滅は激しくなる。
当然、持ち主の生体反応が消えれば、光も消えることになる。
円形の台座に映し出された、魔王殿の立体映像。
その最上部あたりで、たった一つだけ残った光点は、激しく明滅しはじめていた。
勇者アイクが、魔王に届かずに落ちる……。
そうなってしまえば、人類の敗北は必至であった。
全員が明滅する光点に目を奪われ、凍りつくような緊張感が満ちる。
そのとき、指令室が大きく揺れた。
突然の揺れに、衛兵や観測兵たちが、思わず声をあげて転倒する。
固定されていなかった、魔道具や書物も散乱した。
「観測兵ッ!」と、原因報告を求める声が響く。
揺れは、一度で収まらなかった。
しかも、異常なのは、一度目で大きく斜めに傾いだまま、指令室が揺れ続けていることである。
統合本陣そのもの、いや、本陣を背に乗せたザルバルルーザ自体が、傾いているようであった。
「どうなっている!」
「本陣への魔法攻撃か!?」
参謀たちの声が上がる。
「天空の翼よ、大気の精霊の仲介により、鋭き双眸の共有を叶えよ!
鷹の眼!」
ミハルが、遠視の魔法を発動させた。
あらかじめ外に放っていた、猛禽類が見ている映像を投影する魔法である。
指令室の一角に、ザルバルルーザを斜め上空から捉えた、『鷹の眼』の映像が映し出された。
「こ、これは一体!」
映像を見たカリーナムの王子が、呻くように言う。
『鷹の眼』は、地中から現れた何か巨大なものが、真横からザルバルルーザに密着し、引っくり返そうとしている姿を映し出していた。
それは、灰色のコールタールを全身に被った巨人の上半身のようにも見えた。
ただし、頭を思わせる盛り上がった部分は、見えているだけで、四つも存在した。
腕に関しては、無数と言っていいほど生えている。
本体とおぼしき、巨大な物体のあちこちから、大小様々な腕のような物体が伸び、ザルバルルーザにつかみ掛かっているのだ。
腕に関節らしき場所は見当たらず、先端に指のようなものも確認できない。
腕ではなく、触手という方が近い。
「なんだ、この怪物は」
指令室にいる人間の誰一人として、ザルバルルーザに襲い掛かっている怪物の正体を知るものはいなかった。
「……ヘカトンケイルか?」
総司令がつぶやいた。
ヘカトンケイルは、五十の頭と百の腕を持つといわれている大地の巨人である。
しかし、巨人にしては、あまりにも禍々しく異質な姿をしていた。
「ああ、魔導砲が!」
観測兵が悲鳴をあげた。
怪物から伸びた太い触手が、ザルバルルーザの背に設置していた魔導砲の長大な砲身に絡みつき、捻じ曲げたのだ。
暗殺パーティがジェーマインを討ち、脱出を図った後、魔王殿に撃ち込み、戦局を決定的なものにするはずであった魔導砲である。
映像の中で、魔導砲が折れた瞬間、本陣が大きく揺れ、司令部の天井が裂けた。
破壊音と喚き声が重なり、その中でミハルは防御魔法を唱える。
怪物の触手が叩きつけられたのか、崩壊する天井に続いて、壁が破裂するように吹き飛んだ。
「……ア、アイクは」
呻き声と土煙が立ち込める指令室で、ミハルは魔王殿の立体映像を見た。
奇跡的に、立体映像は形を保っている。
しかし、最上部をかたどるワイヤーフレームは消失していた。
アイクの生存を表す光点も消えている。
……これは?
映像の意味することが理解できないミハルの耳に、土煙の向こうから、誰かの声が聞こえた。
「見ろッ!」
声の聞こえ方が、さっきまでとは違う。
天井と外壁が大きく崩壊したため、声が外へと抜けていくのだ。
外の空気が流れ込み、土煙が流れていく。
崩れた壁の向こうは外になっていた。
外輪部の通路や複数の部屋は、怪物の攻撃で吹き飛び、四散していたのだ。
そのため、破壊された壁の向こうに、それが遠望できた。
魔王殿である。
魔王殿の最上部は、まばゆい光球に包まれていた。
一つではない。
光球の中から次々と光球が生まれ、輝きを増して、魔王殿の上部を包み込んでいく。
その場にいた、人間、魔族、巨人、ドラゴン、亜人間、魔獣、半獣人……、すべての者が動きを止め、禍々しいほどの光に包まれていく魔王殿を見上げた。
そして、次の瞬間、大気が割れたと錯覚するほどの爆音が響き、魔王殿の最上部は吹き飛んだ。
真上に抜けた爆風が、遥か上空の雲を一瞬で搔き消すほどの爆発である。
「アイクだ……」
観測兵の言葉が引き金になった。
「……倒したぞ」
「……勇者が、魔王を倒したんだッ!」
「ジェーマインを討ったぞ!」
歓声が沸き起こる。
「まだですッ!」
ミハルが鋭く制した。
「全戦場へ、勇者アイクが、魔王ジェーマインを討ち果たしたと報せてください。
ジェーマインが倒れたならば、魔王の精神支配から解放された、精霊、巨人族、ドラゴン族、上位魔人は、戦場から離脱をはじめるはずです。
こちらの兵力は、攻撃を続行しようとする魔族、亜人間に向けてください。
連携を取って、戦線を押し上げて……、退却する敵の追撃は無用です」
「分かった」と応じた総司令が、伝令を走らせるように命じる。
「そして、負傷者の救護に、力を注いでください……」
傾いたままの床。指揮台に手をついて立っていたミハルが、バランスを崩しそうになった。
「ミハル!」
そのミハルの肩を引き寄せたのは、カリーナムの王子である。
「救護が必要なのは、そなたであろう」
「……いえ。めまいがしただけです。
問題はありません」
ミハルが穏やかな顔で首を振る。
「このザルバルルーザを襲っていた、巨大な怪物も地中へ退散したようです。
王子。今こそ、前線に出て、兵を取りまとめ、反撃を……」
「分かった」
「私は、ここで総司令の力となります」
「無理をするな。
この先も、そなたの力が必要だ」
そう返した王子は、最後にミハルの眼を見詰め、その白い手を握ると、小さく頷いた。
近衛兵を呼びながら、王子は退室した。
それを見送ったミハルは、膝をついた。
「ミハル殿!」
驚いた司令官がミハルを支える。
「……いかん!
回復魔法を使える者を呼べ!」
司令官の言葉を拒絶するように、ミハルは小さく首を振った。
「複数の破片が背中を貫いています。
王子に悟られぬよう、止血の魔法だけを唱えていましたが……。
もう、回復魔法は効かないでしょう……」
「防御魔法を唱えたのではなかったのか。
そうか、王子への防御に……」
総司令は、悲痛な顔になった。
ミハルは目を閉じた。
楽しかった、この世界の思い出が、あふれてくる。
「私は……、この世界の力に、なれましたか?」
「もちろんだ」
総司令は、自身の無力さに拳を握りしめた。
「あなたたち転生者の力が無ければ、我々は勝てなかった……。
この勝利は、あなたたちのおかげだ」
司令官の言葉を聞くミハルは、再びまぶたを開く力すら無かった。
そして、言葉も聞こえなくなった……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ミハルさんが覚醒したのは、十日前のことです。
彼女の話から、私たちは、魔王を討ったのが誰なのかを知りました」
由美香が話を終えた。
……おれたちのいないところで、ジェーマイン討伐物語が完成しているじゃん。
……これはもう、このまま黙っていた方がいいかも知んないな。
ナッツは無表情を作り、心の中で深く溜息をついた。
話を聞き終えたサキだが、まだ何も納得できていないという様な目をしたままであった。
そして、アイクに問う。
「……アイク。
瀕死の状態で、魔王の間までたどりつけたとしよう。
しかし、その状態で、ジェーマインを討てるのか?」
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