帰還者たち

第10話 白い部屋と黒い人


 相沢夏樹は目を覚ました。


 LEDの明かりが、白く清潔な天井と壁を照らしている。

 背中に当たる感触は、ほどよいクッションの効いたベッドであった。

 燭台や魔法の明かり、ハンモックや藁を麻袋に詰めたベッドではない。

 今、見ているもの、触れているものに、夢のような曖昧さは無かった。


 よく見ると、天井には監視モニターがあった。

 指の何本かには、コードのついたクリップがつけられている。腕にはチューブが繋がり、点滴もされているようであった。


 夏樹は、ぼんやりと自覚した。

 元の世界に帰って来たのである。

 嬉しさは乏しく、虚無感があった。


 監視カメラか、夏樹に繋げられたバイオ・モニター、もしくは、その両方で夏樹が目覚めたことが分かったのであろう、ドアが開くと、あわただしく医師と看護師、ダークグレーのスーツを着た男女が入ってきた。

 横たわったまま、目に光を当てられ、口内をチェックされ、脈拍を計測されている間、夏樹は無言で考えていた。


 やっぱり、あの世界のことは、黙っている方が賢明なんだろうな……。

 でも、あれは、夢なんかじゃない。

 ハンク、エルシャ、シモン、リーザの顔が思い浮かぶ。

 もう会えないこと思うと、胸が痛くなった。


 「正常です」と医師が告げると、替わってスーツの男性が夏樹の顔を覗き込んだ。

 三十代後半であろうか。

 目の表情に硬さがある。有能だが融通の利かなさそうな顔だ。

 白髪が多いのは、気苦労が絶えないのだろうか。


 「相沢夏樹くんだね」

 男性が夏樹の名前を呼ぶ。

 ここでは、ナッツと呼ばれない。


 「私は井沢明信、彼女は呉原由美香。

 防衛省転生者管理部に所属しています」

 夏樹は井沢という男の言葉に、何か引っかかるものを感じながら、視線を呉原由美香と紹介された女性に移した。


 二十代中頃。エルシャよりは少し若い。

 整っているが、緊張した顔には、余裕がないように見える。

 どんな場面でもふざけた余裕をみせているエルシャとは、真逆のタイプのようであった。


 「まず、聞きたいことがある」

 井沢の言葉で、夏樹は視線を戻した。

 「転生界での夏樹くんの職業は?」


 「……え?」

 夏樹は初めて声をあげた。

 井沢は転生世界のことを知っている。

 しかも、それが幻覚や妄想ではなく、現実の一部として語っているのだ。


 さっき感じた、引っかかるものが何だったのかが分かった。

 井沢は「転生者管理部」と言ったのだ。

 ぼんやりしていた意識が、一気に覚醒した。


 井沢は、夏樹の反応はもちろん、次に発せられる質問も予想していたのであろう。

 夏樹が問うより前に、もっとも知りたいことを短く口にした。

 「ここも現実、君が転生していた世界も現実だ」

 夏樹の鼓動が跳ねあがった。


 井沢は、「転生していた世界も現実」と言ったのだ。

 つまり、戻ってきたこの世界とナッツがジェーマインを倒した世界は両立しているのだ。

 もしかすると繋がっているのかも知れない。

 また会える。

 夏樹は、リーザたちの顔を思い浮かべた。


 「……職業?」

 ナッツは、井沢の質問を確認した。

 「魔導士か僧侶か。

 それとも魔法剣士か召喚士か。

 それを聞きたいってことでいいの?」

 「そうだ」

 井沢の表情は変わらなかったが、おれの答えを期待していることが伝わってきた。


 「罠士だよ」

 「……罠士?」

 井沢が問い返す。

 「そう。罠士」

 「……それは、猟師系の職業と言う事かな。

 僻地でスローライフを楽しんでいたのか」

 井沢の表情は変わらない。

 しかし、その目には、失望の色が浮かんでいた。


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