第34話 三公爵の問答と西国との関係模索

 西国のビシュマールから友好関係を結びたいという申し出を受け、アリシエールの扱いを真面目に考え始めたセントイリューズの三大公爵家は王宮の一室で当主による話し合いの場を設けた。

 アリシエールの生み出す演算宝珠を利用した魔道具の有用性は、ヴェルゼワースを中心とした発展を見れば有用であることは明らかなのだ。辺境伯はそれを秘匿するでもなく他の領地にも開発の手を広げており、波及効果も確かなものになってきている。だからだろうか。


「おいそれと他国に引き渡すわけにはいかないな」


 アリシエールを陥れた派閥の長であるオルブライト公爵をして、そう結論付けるしかなかった。


「そもそも、どこぞの公爵が娘可愛さに焦って余計なことをしなければよかったのだ。古参で実直なヒューバートに野心などないというのに」


 そうオルブライト公爵を皮肉るのは三大公爵の中でも中道派として知られるカーライル公爵だった。二人が言い争いを始めそうになるところを、最年長のレインブルク公爵が押し留めて話を先に進める。


「二人とも落ち着くんじゃ。今それを話しても仕方あるまい。それでどう対処するつもりでおるのかの?」


 ビシュマールの連中の狙いなど考えるまでもなく明らかなのだ。必要以上に勢いのついたヴェルゼワースの力を削げるとしても、それ以上の弊害が生じるのであれば本末転倒というものだ。


「友好関係については検討すると答えつつも、アリシエールについては存在を否定すればよい。そもそも、第一王女の存命はヒューバートですら公式には認めていないのだからな」

「ほう、珍しいではないか。そなたがヒューバートに手心を加えるなど」

「あやつが実の孫を平民のアイリとしたまま大人しくしているのだ。儂らも公爵として相応の振る舞いを見せねば国が立ち行くまい」


 貴族家は互いに足を引っ張り合う間柄ではあったが、それも国があってのこと。各公爵家としてもそれを崩すつもりはないことを確認し、ビシュマール王国への返答について大筋で合意した。


「ところでアリシエール……いや、アイリはやはり女神の使徒なのじゃろうか」

「それ以外にあのようなことをできる存在がいるとでも思うのか?」


 今までの実績を振り返り、三人の当主は互いに頷きあう。


「だとすれば、あまり無体な仕打ちをするのは危険じゃのう。なんらかの使命を帯びているのかもしれん」

「オルブライトが同じ加護持ちの初代に刺客を送っているだろう。今更ではないか?」

「人聞きの悪いことを言うな。あれは我が派閥の下の者たちが勝手に私に忖度した結果だ。初代を本気でどうこうするつもりなら軍が必要だろう? それに過去に使命を終えた初代と違って、直接の使命を帯びた存在なら話は別だ」


 たとえば魔王種の討伐、天災への対策、疫病の撲滅。よほどの理由がなければ、女神イリスは自らの使徒を地上に遣わしたりしない。そのことは過去の歴史が証明している。

 使徒が使命を果たす前に始末してしまったら、どれほどの災いが処理されずに地上に禍根を残すかわからないのだ。


「つまり……オルブライト家の影が情に目覚めて、アイリを殺さずに精霊の森に放置したというのも女神の計算通りじゃったと?」

「そのおかげで強力な守護がついただろう。王宮で何人の影が焼かれたと思う」


 九尾の白狐により始末された影は数知れず。神獣が守護するアイリをどうこうするのは正面からは無理なのだ。むしろその気であれば正面からでは容易く粉砕されるだろう。神獣とは、それほどの存在なのだ。

 アイリの守護に付くものの存在の大きさをあらためて痛感したのか、三公爵の間に重苦しい沈黙が降りる。その沈黙を最初に破ったのは、それほどヴェルゼワースに対して干渉してこなかったカーライル公爵だった。


「ということは、今までアイリがしてきたことが女神の意向ということになるな。どうやら女神は大々的な発展をお望みのようだぞ?」


 はからずもアイリの使命を看破することになった三公爵は、彼女の恩恵をどのように自らの領地に引き込むかについて思案に明け暮れるのだった。


 ◇


 しばらくして西国との間で友好関係が結ばれると、私はお祖父様にお願いして魔導建機で最低限の街道を西国との間に通してもらうことにした。

 その間に南国の緑化をすすめていき、十四歳の誕生日を迎える頃にフレドリック王子のもとを訪れようとチェスターさんやアレックスさんとビシュマール王国に関する知識のおさらいをする。


「たしか鉱山が多いから鍛冶師がたくさんいるのよね」

「その通りです。しかし国土は農作物の栽培に適しておらず、不足しがちな食料を得ようと東西に攻め込もうとする厄介な国なんですよ」


 北はというと険しい山脈があるのと強大な帝国が控えているのであまり攻め込んだ歴史はないのだとか。


「前世の記憶があるというフレドリック王子が作ったものには興味があるけれど、あまり深入りするのは危険かも……」


 資源を持つ国が近代化して武力を持ったらどうなるかも御主事様の記憶にはあった。友好関係を結んで共同開発や技術供与が済んだら手のひらを返して攻め込む。

 北に広大な領土を持つ帝国はその成れの果てということは、お祖父様の書庫の本でも知り得たこの世界にも共通する歴史の流れであった。


「お前にしては珍しくまともな意見を言うじゃないか」

「珍しくありません! いつも計算ずくの行動をしていますぅ!」


 発展と紛争は表裏一体の事象だから避けては通れない。大きなオーバーヘッドはあるけれど、こうなったらいつでも機能停止できる聖法陣をセットで組み込んでもしもの時は魔道具を全停止できるようにしよう。

 イリス様を仲介者とした聖法陣は簡単には初期化も出来ない。そうすればセントイリューズと同じものをビシュマールに流通させても安全安心というわけよ!


 思いついた安全保障の仕組みをチェスターさんに話したところ、二人とも同意してくれた。


「そんなことができるなら、最初からそうしておけ。国外だけじゃなく国内の貴族連中に対しても、強力な切り札になったものを……」

「前は聖法陣を知らなかったし聖法陣は魔法陣よりかなり容量が必要なの。より大きな魔石を使わないと同等の性能にならないから、国内まで機能制限することはしたくないわ」

「既にお嬢の魔道具が広く流通してしまった今となっては、あからさまに機能が劣るものを他領の貴族に流したらやっかみを受けそうですね」

「それもそうか。だが魔剣や兵器の類いには制限を付けるのを忘れないようにな。電流が流れるだけでも、とんでもない代物なんだからな!」

「はーい……」


 こうして侵略性国家や友好国以外の第三国に演算宝珠を応用した魔導製品が流れても問題ない仕組みを考えた私は、いよいよフレドリック王子を訪問する段取りを進めてもらうことにした。


 ◇


 白虎により届けられたアイリからの手紙を読み終えたライオネルは、久しぶりに見えた友人にその後の様子を尋ねた。


「それで、ご主人の様子はどうですか?」

「うむ。最近は南大陸のオアシスで算出されたナツメヤシ、ブドウ、そしてコーヒーを使ったゼリーという不思議な食感のお菓子をお作りになられて大層ご機嫌だぞ。今は樹木の精霊により品種強化されたサトウキビやカカオ豆などの栽培も手掛けていて、こちらに訪問する際には砂糖やチョコレートを持参するとおおせになられていたから楽しみにするがいい」

「……ではなくてですね、ビシュマールから王都に遣わされた使者の影響はないのですかということです」

「影響と言われてもな。我が手も足も出ない御三方に守られていて、人間がどうこうできるとでも思っているのか?」


 白虎の感覚からすれば主人であるアイリの陣営は圧倒的なまでの強者。何万人集まろうとも何ら影響はないと考えるのが自然だ。

 しかしライオネルは心優しい少女には祖父母や母親、それに弟といった明確な弱点が存在しているのを訪問前の調査で知っていた。海千山千の貴族たちがそこをつけば、意に染まぬ状況にも身を投じかねない。

 白虎の様子を見るにまだ問題はないようだが、フレドリック王子の願いをきっかけとして彼女に迷惑がかかるようなら助け舟を出すよう主人を焚き付けなくてはとライオネルは口を引き結んだ。


「まあ、その件は一旦置いておきましょう。それで仮にも王子なのだから先触れや我が国の礼儀作法の習得が必要かと手紙にありましたが、気にせずそこらの商人にでも会うつもりで普段着で気楽にいつでもお越しくださいとお伝えください」

「この離宮でよいのか? それとも街の工房にしておくか?」

「工房の方がよいかもしれませんね。第一王子や第二王子の間者が紛れていたら、何を言われるかわかりません」


 ライオネルは執務室に戻り街の簡易地図に印をつけて書簡筒に入れると、紐を通して白虎の首に掛けた。


「フレドリック王子は印を付けた場所で、毎日午後になると何かの開発に取り掛かっていますとお伝えください。早く到着したら、街の様子をご覧になるのも良いかもしれません。ビシュマールにも名物となりうる農作物はあります」

「わかった、主人に伝えよう。ではまた会おう!」


 その返事と共に強い旋風が巻き起こったかと思うと、白虎の姿は忽然と消えていた。

 相変わらず不思議な術だと感心しながら、ライオネルは自らの主人であるフレドリック王子にアイリの手紙の内容を伝えるのだった。

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