第3話 辺境の街ローデンを観察してみた

 あれから毎日のように森の端に向かい、冒険者の一人が話していたローデンの街を発見した。毎日くるにしては距離が遠いため、演算宝珠に監視機能を施して背の高い木に括り付け、街の様子を記録させることにした。


「御主人様の世界では監視カメラというものがあるそうだけど、そこまで便利な魔道具にするには相当改良が必要ね」


 今は演算宝珠とリンクして直接データを抜き出せる私しか映像を記憶に移せない。光魔法を駆使してプロジェクターとか言う機器のように映像を映し出すのが手っ取り早そうだけど、暗い部屋じゃないと綺麗な像を結べず鮮明な画像からは程遠い。

 それでもいつかは御主人様の記憶に強烈に残っていたアニメを綺麗に映し出してみせると意気込みながら、私は精霊の森の奥へと帰っていくのだった。


 ◇


 飛行魔法で森の最奥にある結界に入ると、待ち構えていたようにドリーに声をかけられた。


「アイリ。最近はずいぶん遠いところまで足を伸ばしているようだけど、何をしているの?」


 樹木の精霊であるドリーには、私が精霊の森の何処にいようと居場所は筒抜けだった。特に隠す事でもないと、先日冒険者を助けて辺境の街の場所を教えてもらったことを話して聞かせる。


「女神様の使命を果たすには街に行って文化振興に励まないといけないわ。今はそのための事前調査をしているのよ!」

「文化振興? 美食と娯楽に溢れたスローライフとやらは何処に行ってしまったの?」

「……スローライフという概念が生まれるほどの文明に至るには、あと数百年くらいの時が必要なのよ」


 今の文化水準は御主人様の記憶では中世レベルで、中世から近代、そして現代に至るには長い歴史があるという。演算宝珠で色々と近道をするつもりだけど、それでも基礎を築き上げるのに百年は必要な気がするわ。


「衣食住、全てが満ち足りて人が娯楽を求める余裕ができて初めてスローライフの原型が生まれるの。そのためには、人が生活するだけで手一杯な状況を打破するような便利な生活道具、農業機械、産業機械が必要なのよ! フローム・御主人様の記憶メモリー!」

「ずいぶんと気の長い話ね。私たち精霊からしてみればそれほど長い時間ではないけれど、仙人にでもならなければ目的を達成する前に寿命が尽きてしまうわよ?」

「ううっ……わかっているわ。できればお婆さんになる前に悟りの境地を開きたいものね」


 寿命を延ばす手立てを模索しながら、記憶にある異世界の文明の再現を演算宝珠による魔法で実現していく。演算宝珠だった頃には思いもしなかった事だけど限りある命というのは常に時間との戦いで、スローライフとはかけ離れたものだった。人間が望むスローライフの形についても、同時に探求していく必要があるわ!

 私は両手をグッと握りしめて、立ち塞がる課題に向けて気持ちを引き締めた。


 ◇


 しばらく辺境の街の観測を続けた結果、魔法がほとんど利用されていないことに気が付いた。そもそも人間の生活に必ずしも魔法は必要ではないため、畑を耕し一部の冒険者が狩猟で得た肉で十分生活していけるのだ。ある意味、非常に平和な街の風景とも言える。

 需要がなければ供給も細るのか、街で唯一の演算宝珠職人は高齢でいつ引退してもおかしくなかった。魔王種の討伐で魔素の濃度が正常化し魔獣の脅威に晒されることがなくなった今、文明はむしろ後退しようとしているのかもしれない。


「人は脅威に晒されないと進歩しない生き物なのね……」


 魔獣被害でも気候変動でも他の進んだ異国の侵攻でも、何かしら適度な負荷があって初めて文明は進歩する。そんな歴史の真理を垣間見たような気がして、女神の使命が自らに求める本質的な役割に身震いした。


「世の中の平和に貢献した私に今度は波風を立てる側に立てだなんて、イリス様も酷な事をおっしゃるものね。だとしても、私はめげないわ」


 私がこれからもたらす演算宝珠を応用した高度な魔道具。それにより淘汰される者が出ようとも、魔法文明を発展させて美食とエンターテイメントが溢れた魅力ある世界に変革する事を諦めたりしない。全ては御主人様の魂を再びこの世界にお招きするためなのよ!

 そんな野望を胸に秘め、遂に私は辺境の街へとその一歩を踏み出した。


 ◇


 ……が、私の野望は初めの一歩から挫かれていた。


「なんで街に入るのにお金が必要なのよ!」


 街に利益をもたらす冒険者や商人以外の一般人が街に入るには、先立つものが必要だったのだ。


「そんなこと言われてもなぁ。森の魔獣から街の安全を確保する壁もタダじゃないんだ。よそ者がその恩恵に与ろうとしたら、料金が必要なのは当たり前じゃないか?」

「じ、実は両親に捨てられ、天涯孤独の身でお金がないんですぅ!」


 泣き落としに入ってみたけど、門番のおじさんは白けた表情をしてこちらを見つめたかと思うと私の渾身の演技をバッサリと一刀両断にする。


「嘘つけ。そんな上等な服を着た孤児が居てたまるか」


 そう指摘されてあらためて自分が身につけている衣服を確認すると、私は愕然とした。

 神獣であるホーリースパイダーの糸で編まれた布は麻では出せない光沢を放っていて、監視していた街の人たちの衣服とは一線を画した出来栄えだった。鞄や靴に使われている革もエンペラー級の魔獣の皮をなめして作られている。さらに言えば髪飾りやボタンも樹木の精霊であるドリーのお手製で、特殊な樹液により飴色の光沢を帯びた一品であり、シックな作りながらも見るものが見れば贅沢この上ない代物だったのだ。


(なんてことなの! 魔石を加工した演算宝珠や魔道具より、神獣印の衣服や精霊印の小物の方が文化的価値は高そうじゃない!)


 思わぬ落とし穴にガックリと肩を落とすと、鞄を下ろして最後の手段とばかりに服のボタンに手をかける。


「うう、わかりました。着ている服を脱ぎますから、お代はこれでお願いします」

「なっ、やめんか! 嬢ちゃんみたいな小さい子を見ぐるみ剥がしたら俺が白い目で見られるだろうが!」

「じゃあ、何か他に売れる物を教えてください!」

「そうだなぁ。森から来たようだし、魔獣の毛皮とかお父さんが狩ったものがあるだろう」


 お父さん……そんな人は今頃王宮で踏ん反り返っているでしょうけど、魔獣の毛皮ならいくらでもあるわ。


「そんなものでいいなら、これでお願いします」


 ドサドサドサッ!


 演算宝珠を起動して異空間からフォレストウルフの毛皮を出して見せると、門番のおじさんは目を剥いた。


「はぁ!? 嬢ちゃん、今どこから出した。てか、なんでこんなに持っている!」

「演算宝珠で空間魔法を発動しただけです。数については前に冒険者を助けてあげた時にまとめて倒したせいだけど、使い道がなくて……」


 森の奥にいる強い魔獣の方が大柄でモフモフしているから敢えてフォレストウルフの毛皮を使うこともなかったのだけど、命を奪ってしまったからには何かしら役に立てようと思って半ば死蔵していたのだ。それが役立つ日がやってくるなんて、世の中何が役に立つかわからないわね!


「色々ツッコミどころがあるが、この際どうでもいいだろう。物納ということで通してやるが多すぎだ。一匹分以外は商業ギルドか冒険者ギルドで換金して、それを元手にギルド証を発行してもらうんだな。それで街へはタダで入れる」


 そう説明してフォレストウルフを一匹だけ担ぐと、門番のおじさんは冒険者ギルドまでの道順を教えてくれた。正直言えば散々監視していたから道順は知っていたけど、その親切な態度に好感を抱いてお礼をする。


「ありがとう、おじさん! これ私が作ったクッキー、よかったら食べてね!」


 お菓子を渡した後に笑顔を浮かべてフォレストウルフを再び異空間に収納する私に、門番のおじさんは不服な表情をして訂正を入れる。


「まだ、おじさんと言われる齢じゃねぇ! ボビーと呼べ!」

「はーい。またね、ボビーさん!」


 得物の収納を終えた私はボビーさんに別れを告げて、今度こそ街の中へと足を踏み入れた。

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