22 飛べ!ぼくらの校長先生!②

 長いトンネルを抜けて目に飛び込んでくるのは、どこまでも広がるオーシャンビュー。

 そして、歴史ある雰囲気を醸し出す駅を中心とした、煌びやかな繁華街。

 その繁華街でもひと際目立つ立派な建物は?。

 ドゥドゥルドゥルルル(ドラムロール)

 ババァアン!(効果音)

 そう、我らが三鉄百貨店~(コーラス)。

 おいでませ~三鉄百貨店~(コーラス)。

 皆で行こう~三鉄百貨店~(コーラス)。

 屋上には遊園地もあるよ(子供たちの歓声)

 ぜひミッツェルに会いに来てね!(耳障りな猫なで声)。

 

 ……。


 時代が時代ならゆるキャラに成り損なっていたであろう、三毛猫のマスコットキャラクターがそう締めくくって……終わり。


 これは三重駅近辺にある三鉄百貨店のCMだ。

 そこはかとない昭和臭がムンムンと漂っているが、実際に百貨店全盛期には耳タコレベルで流されていたらしく、動画サイトを見ていた父や母は懐かしみながら口ずさんでいた。


 両親が口ずさんでいたのは、CMのバックで流れていた往年の歌謡曲のようなメロディ。

 なんでも、当時はそれなりに有名だった歌手の曲なのだとか。

 有名になるだけあって曲作りが上手かったのか、その一度程度しか聞いたことがないはずなのに、旋律が妙に耳に残っていた……。


 そして、今……街中にはそのメロディが響き渡っているのだった。

 話は少し前に遡る。




2020年6月2日19時45分 三重第三高等学校 グラウンド



 「北西部は発達したせきらんうんに覆われ、局所的に大雨に見舞われる可能性があります。ただし、雨は一時的なものなので、雨宿りしている内に止むでしょう。また、大気の寒暖差によって、トンネルの奥から突風が噴き出ることが予想されます。付近を通行の際は十分ご注意ください」

 読み上げられる予報に騒めく周囲。


 「また新しい予報か?」

 「うん、完全に知らない予報だ。これじゃあ敵の規模や種類がまったく予想がつかない」

 「ふむ……厄介だな。だが、北西でトンネルだ」

 「これは三重駅方面かもね。時間があるといいんだけど……」

 「遠いということは、必然的にマップも広大であることが予想されるな」

 「……うん」

 苦戦を強いられることを予想し、気合を再度入れ直す。


 だが、世界が開いた時、その予想は覆された。

 


“キーンッコーンカァンコーン”

 チャイムが鳴り終わるのを待たず、風を切って飛んでいく糸出さんのパペットたち。

 同時に携帯を覗き込んだ百々さんが顔をあげる。


 「今回のマップは三重駅方面……なんだけど……」

 困惑した様子でそう伝える。


 「これは一体……」

 マサ兄も困惑した様子だ。

 「その様子だと前回は違ったようですね。しかし、これはまた極端な……」

 訝し気に周囲を見渡すケイト。

 だが、いくら見渡したところで、見えるのはどこまでも続く奈落ばかり。

 

 そう、世界が開いたにも関わらず、学校の周りがほぼ一面奈落なのだ。

 こんなことは初めてだ。


 「……あっちに道があります」

 ぼそりと呟く糸出さん。

 案内に従って校舎の周りをぐるりと回り、そこで見つけたのは……。


 「なんというか……あからさまというか」

 一面奈落の世界の中、北西方向への道だけが文字通り宙に浮いていたのだ。

 しかも、道は不自然に真っすぐで、延々と続いている。

 

 「罠じゃないか?」

 「しかし、ほかに行く道もないであろう。それに、見ろ……」

 その道の遥か遠く先に、ポツンと小さく街が見える。

 とんでもない意地悪でなければ、あれが三重駅周辺なのだろう。


 「今回は異常事態ですので全員で行動します。くれぐれも落ちないように注意すること。糸出は進みながらも偵察を頼む……以上、行動開始」

 その一言で動き出す俺たち。

 今回は周囲や道中の家も奈落のままなので、徒歩でまとまって向かう。



 周囲がどこまでも続く奈落なため、一体どれだけ進んだかもわからなくなる。

 だが、遥か遠くに見えていたはずの街が少しだけ大きくなった気がする。

 そんな時だった。


 「イヒ……来る」

 焦ったような声色の糸出さん。

 だが、ほかのメンバーには聞こえなかったようだ。


 「けっ、警戒!」

 今度は大きな声だったため、全員に緊張感が走る。

 やがて聞こえてきたのはエンジンが唸るような音。

 そして、道の遥か先に見える豆粒のような何か。


 「この排気音はGBX1000……!?」

 江口が興奮気味に呟く。

 「えっ……何でエンジン音が?」

 どんどんと大きくなるエンジン音と豆粒。


 豆粒が近づくにつれ、その全貌が明らかになる。

 潰れたお椀のような形状で、全身からはまばゆい銀色の光沢を放つソレは、まるで近未来で描かれるような車のような見た目で、中々に男の子心をくすぐるデザイン……って!そんなこと思ってる場合じゃない!


 「おい!逃げ道ないぞ!どうする!」

 そうなのだ。高速で真っすぐ向かってくるソレは、道を占拠するサイズなのだ。

 そして、もう間違いないだろう。

 あれが今回のバケモノだ!


 「友思火フレンドリーファイア!」

 その言葉と共に燃え始めるバケモノ。

 だが、高速走行による風を受けてか、すぐに鎮火する。


 「……いきます」

 次にバケモノの前に向かっていったのは剣道の鎧たち。

 しかし、高速で接近するバケモノに撥ねられ、奈落へと吹き飛ばされてしまった。


 だが、決死の体当たりが功を奏したようで、進路が少しずれたバケモノは、そのまま奈落へと落ちていった。


 「ふむ……三葉虫だな」

 小さくなっていくバケモノを見つめながら、冷静にそう呟くケイト。

 「なんで三葉虫が車みたいな排気音出して突っ込んでくるんだよ!!」

 「バケモノに理屈を求めても仕方なかろう?」

 「それはそうだけど……」


 「そうだ!それよりもありがとう糸出さん!」

 皆で糸出さんに感謝の気持ちを伝えるが、その表情は暗い。

 見れば、剣道の鎧の一体の面や銅にヒビが入っており、どことなくフラフラしている。

 そして、直に籠手が落下すると……まるで糸が切れたかのようにパーツごとにバラバラになって奈落へと落ちていった。

 「次が来ます」

 そして、さらにそう呟く。


 遠くから聞こえる排気音。

 「おいおいおい、これどうするよ!」

 「遠距離攻撃でどうにかならないか?」

 「猛突進してくる装甲車みたいなもんだろ!?意味ないだろ?」

 「じゃあさっきみたいにパペットを犠牲にして進むのかよ!?」

 「ここはいったん引き返す……とか?」

 「だめ、あの速度だもの。もう引き返せないわ」

 騒然とする一同。


 「なに、慌てるようなことではあるまい」

 そう何事もないように告げるケイト。


 「正面からではなく、横から当てればいけるだろう……糸出嬢?」

 「やってるけど……速すぎて当たらない」

 「そうか……。では、こういったのはどうだろう?」

 そう言ってケイトが見たのは、マサ兄と助宗さんの方だった。




2020年6月2日21時00分 謎の小道 



 あれだけ遠かった街がかなり近くなっている。

 そのことに安堵の雰囲気が広がる。

 広い大地が恋しいものだ。


 だが、そう簡単にはいかせてくれないようで、真っすぐな道の一番奥には大きな大きな三葉虫が排気音を轟かせながら待ち構えていた。

 そして、ゆっくりと進み始める。


 「ふむ、最後の一仕事頼んだぞ」

 そう言って、奈落の方を見つめるケイト。


 そこには、奈落に浮かぶ剣道の鎧にしがみついたマサ兄と助宗さんの姿。

 マサ兄は青い顔をしながら、笛を鳴らす。


 そう、ここまでの道中だが、以前カタツムリ相手にやった方法で切り抜けたのだった。

 しかし、一見隙のない安全な作戦のようだが、二つの大きな穴があった。


 一つ目は、奈落には吸引力が働いている点だ。

 なんでも、宙に浮いている剣道の鎧を吸い込もうとしてくるらしい。

 パペットは抗うが、吸引力は次第に強くなっていくらしく、パペットが奈落上に居られる時間は限られる。

 その結果、パペットは上下に激しく揺れ、乗り心地が最悪どころか、振り落とされそうになるのだ。


 そして、二点目は……。


 こちらへ走り寄る三葉虫。

 だが、笛の音を気にしていない。


 「もっと近く!」

 その叫びと同時に剣道の鎧が三葉虫に近づく。

 すると、三葉虫は鞭のような触角をビクリと反応させ、大きく身体を傾けた。

 

 そう、あまり遠くにいると誘導されてくれなかったのだ。

 なので、あえて三葉虫に近づいてから避けるというリスクを負う必要がある。


 三葉虫は真っ逆さまに奈落に落ち……ることなく、大きく跳躍した。

 厄介なことに身体能力も中々に高いのだ。


 それを紙一重で躱す剣道具の鎧。

 足掻くように、三葉虫は触角を鞭のようにしならせて繰り出すが、それもひらりと避ける。

 今度こそ奈落へと落ちていく三葉虫。


 ほっとした雰囲気が全体に広がる。


 次いで、大きく上下に揺れる剣道の鎧が、半ば落下するように道へ戻ってくる。

 それを受け止める崇と涼介。


 青い顔をした二人を激励しつつ、俺たちは街へ足を踏み入れたのだった。


 だが、全員が渡り切った瞬間、さらなる異変が!

 地面から半透明な膜がせり上がり、背後の道を塞いだのだ!



 「これって学校を覆っているバリアだよな?」

 「まさか閉じ込められた!?」

 「いや、考えようによってはこの場所を守る必要がなくなったともいえる」

 「それは確かに」

 いやはや、今回はとことんイレギュラーじゃないか。


 「問題は解除条件だが……」

 「時間か討伐か……」


 「いや、とりあえず時間もないことだし、討伐を始めようか」

 「拠点の確保もですね」


 「ちなみに三葉虫だが、百々にマーカーしてもらったところ、予報にあったトンネルの奥から発生しているようだ」

 「出現じゃなくて発生?」

 「あぁ、何もないところからマーカーが次々生み出されている」

 そういうタイプもいるのかよ……。

 まさか無限湧きとかじゃないよな?

 いや、それだとクリアなど不可能だ。

 となれば、一定数まで出てくるか、バケモノを発生させる装置やバケモノがあるのか……。

 それを倒せばバリアは解除されるのだろうか?

 ともあれ、行ってみなければ分からないか。

 

 「だが、気になるのは予報だ」

 「予報?」

 「あぁ、条件からして三葉虫が突風なのだろう。なら積乱雲というのは……」

 「予報なんて外れる時だってあるし、気にする必……」

 その時だった。


 どこからとなく聞こえ始めた懐かしいメロディ。

 「三鉄百貨店のテーマ?」

 三森先生が呟く。

 その言葉でいつか見たCMを思い出した。

 だが、何故その曲が今……?


 「何だ!アレは!!」

 誰かが指さした方を見れば、山の向こう……奈落から近づいてくるトゲトゲした何か。

 近づくにつれ音楽は大きくなり、その全貌が明らかになる。


 それは空飛ぶウニだった。

 ウニはかなりゆっくりとだが、こちらへ向かってきているようだ。


 「あれも討伐対象なんでしょうか?」

 「そうなんじゃね?」

 「だけど、あの距離にどうやって当てる?」

 そうなのだ、ウニは天高く、それこそ雲の高さを浮遊していた。


 「桑田なら届かないか?」

 「いや、流石に遠すぎっしょ。樋本君燃やせない?」

 「今やってみたけど、たぶん水分不足」

 「遠距離組も駄目そうだな……」

 「どうする?」

 「害はないなら先に三葉虫を攻略した方がいいのではないでしょうか?」

 「それもそうか。ただでさえ時間がないもんな」

 こちらの作戦会議を他所に、延々と流れる音楽。

 だが、それまではメロディだけだったのに、突如声が入る。

 

“長いトンネルを抜けて目に飛び込んでくるのは、どこまでも広がるオーシャンビュー”

“そして、歴史ある雰囲気を醸し出す駅を中心とした、煌びやかな繁華街”

“その繁華街でもひと際目立つ立派な建物は?”

“ドゥドゥルドゥルルル……ババァアン!“

“そう、我らが三鉄百貨店~”


 「何これ?」

 「えっ?知らない?三鉄百貨店のCMだよ」

 「いや、知らない」

 「うわっ、これジェネギャってやつか」

 「マサ兄おじさんみたいだね」

 「オイ!貴様ら腑抜けすぎだろう!」

 「いや、だって確かに倒すのは難しそうだけど、危険性なんて」

 

“ぜひミッツェルに会いに来てね!”

 その声と共にウニの下部がパカリと開き、黒色の楕円形のナニかが投下される。


 そして、その投下された軽自動車サイズの楕円形に……。

 俺たちは見覚えがあった。


“もぉおおおおおおおおおおおおお”

 楕円形は鳴きながら重力に従い落下を始め……


 アスファルトに激突した瞬間……


“ズドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!”


 立ち上る爆炎と巻き起こる爆風。

 周囲の建物が音を立てて崩れるのが見えた。



 「……」

 「……」

 「オイオイオイ!!やばいぞ!アイツ!」

 「放っておいたら大変なことになりそうだが……」


 特徴的な排気音が迫ってくるのを感じる。

 見れば、何台もの三葉虫が道路に並んでアクセルを吹かしていた。


 「三葉虫の方も何とかせねばなるまい。放っておくと湧き続けかねんぞ?」

 「くそっ、何だっていうんだよ!今回はイレギュラーだらけじゃねぇか!」

 「来るぞ!!」


 湧き続ける三葉虫。

 そして、上空では再び流れ出すCM。


 何もかもがイレギュラーな戦いが今始まるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る