20 あなたは私の主人公③

 彼のことが気になるようになったのは、いつからだったろう?


 そう、たしかあれは一年生の秋の終わりぐらいだった。

 


 あの頃の彼はかなりの頻度で4組に顔を出していた。

 轟君に教科書を借りに来たり、単純にお話しに来たり、どういうわけかお弁当を渡しに来たり、それこそ理由は色々だった。

 そして、そのままお弁当を一緒に食べていくこともよくあったのだけれども、何と毎度毎度中身が一緒だったのだ!!

 よく見れば弁当箱も風呂敷も色違いの同じモデル!!


 一瞬にして内なる獣がうごめくのを感じたが、努めて冷静になれ私。

 きっと彼の親御さんが二人分作ったのだ、ほら現に彼は轟君の弁当箱に自分の分のプチトマトを箸で転がし入れている、自分で作ったのならこんなことしないよね……うん?代わりにハンバーグをとってったけど、轟君の食べかけだったよね?あれかな?ハンバーグ大好きなのかな?まだ箸をつけてない卵焼きは好きじゃなかったのかな?

 あと、なんか距離近くない?気のせい?気のせいかな?

 いや、やっぱ近いよね?じゃれ合ってるよね?

 足をパタパタやってるけど、当たってるもんね、いや、当ててるもんね!

 結局本鈴が鳴るギリギリまで彼は教室に居た。



 そして、あの時は、何の時だったかな。

 そう、そうだ、たしか轟君が生徒会役員選挙に出馬するという噂が流れたのだ。


 彼は轟君を茶化していた……必要もないのに轟君の肩に腕を回して!

 ねぇ、わざわざ短い休み時間にすっ飛んできたの?

 轟君に会いに!?

 ここ4組だよ?隣のクラスでもないんだよ?

 えっ、何それ!大好きじゃん!!


 そして、いつものようにじっと見つめていたのだが、ふいに彼がこちらを振り向いた。

 少し細身の活発そうな少年と目があう。

 見つめ合った時間は一瞬にも満たず、すぐに目線を逸らす。

 それとなく轟君に聞けば、一緒に暮らす……いや、家が隣の幼馴染とのことだった。


 彼の名前もその時初めて聞いたわけだが、その時は、相当複雑でこじれていることをやんわりと匂わせて語られた轟君の家庭の事情や、共に供給された過去エピの洪水で妄想が暴走し、気が気ではなかった。


 え……ちょっとまって尊い。


 供給された情報をもとに脳内完結した物語に、思わず頬を伝う涙。

 慌てて轟君が今はもう大丈夫だから……まぁ、アイツのおかげでな、とフォローを入れるが、それは追い打ちだ。


 本格的に涙が溢れ始め、その光景に騒めく教室。

 何故か周りに慰められる私と非難される轟君。

 チャイムと共に教室へ入ってくるも、異様な雰囲気に慌てだす三森先生。

 教室は混沌状態となり、そしてどういうわけか私が轟君に振られたというデマが流布され、しばらくはそれの対処に追われたものだ。

 ……そうそう、ちなみに彼はわきざきじんすけ君と言うらしい。

 

 物心つく前から一緒に育った二人。

 それこそ兄弟のようなものなのだろう。

 あの近すぎる距離感や接触の多さはそんな理由があったわけだ。



 しかし、違和感を覚えたのはそれからすぐのことだった。

 体育の時間に、昼休み中に移動中の廊下で、ふとした瞬間にバカ騒ぎの声がする方を見れば彼がいた。

 相変わらずのバグった距離感だったのだが、轟君だけでなくほかの男子生徒と一緒に居る時でも同じ感じなのだ。


 ……あれ?もしかしてあの人とんでもない逸材なのでは?


 私はストンと腐に堕ちた。


 ……だって轟君以外ともあの距離感なんだよ?

 いやいや、流石にそれだけじゃなくて……あの頃の脇崎君は今よりも明るく社交的で、いつも誰かと一緒にいた。

 それは同学年だけにとどまらず、人懐っこい彼は先輩後輩に先生とも多様な関係性を構築していったのだ。

 兄弟のような幼馴染に高校からの仲良し3人組、一緒になって部活を興した一個上の先輩や、轟君が生徒会に入ってからは何故か会長さんとも仲良くなって……二年に上がってからは従兄の先生や中学の時の部活の後輩まで加わった。

 当然のように全員とべったりな距離感の脇崎君。

 いやさ、もう物語の主人公ヒーロー……いや主人公ヒロインじゃん!


 そしてネタにも事欠かなかった。

 普段の絡みだけでもお腹いっぱいなのに、体育祭や文化祭イベントの度にどういうわけか毎度発生する数々のエピソード!いやね、二年の時の文化祭とかやばかったからね、ほんと。


 そんな彼らの絡みを糧としていたわけだが、二年までは違うクラスだったため、どうしても鑑賞する機会は限られていた。



 しかし、三年の進級時にはなんと同じクラスになった。

 そして、同じクラスになれば、それなりに色々あるわけで……仲良し3人組だけでなく江口君や山崎君いった新メンとの絡みも増え……その二人とは三年で初めて一緒のクラスになったはずなのに、 あっという間に仲良くなって相変わらずの距離感になったわけで……まぁ、本当に素晴らしい1年だった。いや、もう文化祭とかね!ほんと集大成って感じだったよね!


 なお、同じクラスになってからは脇崎君ともお話するようになったのだが、彼は普通にいい人だった。

 正直なところ自分が接するには苦手なタイプだし、最初などはちょっと怖いななどと思っていたのだが、気さくに話しかけてくれるし、いつもこちらを気にかけてくれた。

 そんないい人を邪な妄想のしゅじんこうにしていたのに負い目を感じてしまったものだ……まぁ、やめなかったけど。


 しかし、1年というのは余りにも短く、あっという間に終わりがやってきた。

 卒業の時がやってきたのだ。

 地元の大学へ進む私と隣県の国公立へ進む彼。

 会えば話す仲とはいえ、きっと今後もう会うことはないだろう。

 物語のしゅじんこうだったというのもあるが、私にとっては数少ない交流のある男子だったこともあり、ほんの少しだけ残念に思いながら……最後の見納めにと、じっとりと彼を見つめ自分の世界に浸り……世界が止まったのはそんな時だった。

 

 

 それからはもう大変だった。

 生き残るために血を流し、見たこともないバケモノの肉を食らう。

 そして、日に日に減っていく仲間たち。


 極限のストレス状態。


 それは多感な十代の若者にはあまりにも劇薬で、ひと月も経つころには、皆どこかしらおかしくなり始めてしまった。

 それこそ、自ら命を絶ってしまった生徒もいたぐらいだ。


 彼も変わってしまった。

 当然だろう。死んでいった生徒の中には、彼と仲が良かった生徒もいたのだから。


 それは日に日に濃くなっていく目の下の隈を見ても明らかで、表面上は気丈に振舞っているも、その表情はどことなく暗く、持ち前の人懐っこさが鳴りを潜めてしまった。

 特に少し前までの彼は見ていて本当に痛ましかった。


 しかし、ここのところの彼は、少しだけ昔の彼に戻った気がする。

 きっとそれは林君のおかげなのだろう。

 林君や佐々木君とふざけながら明るく話す光景は、懐かしいと思ってしまう。


 それ自体は大変喜ばしいことだし、林君には感謝しかないが、少しだけ、少しだけ……さみしく思ってしまう。


 いや、そんなことを思う資格など私にはないだろう。


 なぜなら、私は脇崎君を……皆を……ずっと騙しているのだから。



 実のところ、私は三子神君に次いで二番目に能力名の判明が早かった。

能力のこと、そして拡張能力の条件を聞いた瞬間から、自身の行動を振り返り考察を重ねたためで、割とそういったことは得意としていた。

幸いパターンD-7あたりで正答を引き当てたようで、脳内に名前が下りてきた。

 同時に脳内に刻まれた能力の情報。

 その時の私は未然に暴発を防げたことに安堵すると同時に、その危険性から今後彼を題材にすることが難しくなったことに悲観したのだった。


 そして、私は皆に自分の能力が判明したことを周りに伝えなかった。

 なにせ、あまりにも恥ずかしかったのだ。

 話せば当然何をしていたのか話す必要があっただろう。

 それはあまりにも憚られたのだ。


 また、その時はまだ世界が開くことも敵が襲ってくることも知らなかったので、話す必要すら感じなかったというのもある。


 そして、開いた世界と襲い来るバケモノ。

 他の皆よろしく私も一度は戦おうとしたが……私はあまりにも無力だった。



 私の能力は楽園交狂曲ザ・ハングド・カドゥケウスという。

効果は絡み合った二者を視認しながら脳内で紡いだ物語が終劇を迎えた時、その二者を腐敗させる。

 発動中は二者が接触を続けていなければいけないし、物語ならどんな物でもいいわけではなく、自身の解釈が一致した愛憎劇限定。

 とてもではないが、バケモノを相手取って戦えるものではなかった。

 いや、味方がバケモノを押さえてくれていれば使えるのだが、その場合味方もろとも腐らせてしまう。

 我ながら、あまりにも使い勝手の悪い能力だと思う。


 だが、使えない物は使えないと割り切り、後方支援に回った。

 せめて自分でもできることをしようと考えたのだ。

 


 むしろ、大変だったのは日常の方で、相変わらずの絡みを見せる彼を見て妄想し、うっかり発動しないように注意するのに心を砕いた。

 何せ彼はこの3年間数多の物語を紡いできた主人公ヒロインだ。

 その物語の展開速度は他の追随を許さない。

 うっかりと妄想の世界に浸れば、速やかにハッピーエンドとバッドエンドを同時に迎えてしまう。

 あとすんでのところで危うく目を背けたことが何度あったことか。


 しかし、そんなことを繰り返せばいくら鈍感な彼でも気づくようで……わかりやすく凹む姿を見ていられず、私は……彼に嘘をついた。

 視認した物体を溶かす能力なのだと。

 条件は不明だが、敵の死体の一部が溶けたことがあると。

 目を逸らすのは、名前が判明していないゆえの不意の暴発を防ぐためなのだと。


 訓練の度に皆に能力の発現を手伝ってもらうのにも、いい加減心が痛んでいたために、前々から考えていた設定を伝えただけだったのだが、彼は疑うこともなくすんなりと納得した。

 そればかりか、こちらの心配すらする始末だった。

 そして、周りにもそれとなく伝えたようで、訓練の際には周りに同情されるようになった。


 私の心は重くなるばかりだった。



 しかし、そんな中で転機が訪れる。

 どんな物にも使い道はあるというもので、私にしか相手できないバケモノが出てきたのだ。

 それが巻貝のバケモノだった。


 そのあまりにも巨大な体躯を前にしては並みの攻撃は意味をなさず、そもそも近づくことすら困難。

 しかし、何の因果か、巻貝は上半身が人の姿をしていたのだ。

 しかも、巻貝は二体いたのだが、どちらも見目麗しい好青年で、さらに二体の貝は絡み合い、校舎の上で乳繰り始めたのだった。

 まるで能力を使えといわんばかりの状況シチュエーション


 私はその日初めてバケモノ相手に能力を使った。

 その端麗な容姿ゆえに物語は恙無く進行し、終劇と共に地上へ堕ちるヘドロのような塊。

 異臭を放ちながら横たわる塊を見て、悍ましいと感じるも、周囲は歓声に包まれ、私は初めて称賛を受けた。

 自分が皆の役に立てたことによって、少しばかり心が軽くなるのを感じたものだ。


 しかし、同時にいいようのない疑念が胸中に渦巻くのを感じる。


 あまりにも……あまりにも出来すぎていやしないだろうか?

 おあつらえ向きというか、私にしか倒せない相手だった。

 

 何より、それは彼に打ち明けた次のウェーブのことだったのだ。

 あまりにもタイミングがいい。

 まるで何者かの作為を感じるような……思えばそういった場面が今まで何度も……。


 そこまで考えたところで、身体から力が抜けるのを感じ思わずよろける。

 頭はガンガンと痛みだし、身体が火照りだす。

 拡張能力のデメリット、脳の処理能力の高速化に伴うオーバーヒート……知恵熱だ。

 私はその後3日間高熱を出して寝込んだ。


 そして、熱にうなされながら私は思った。

 この能力は安易に使ってはいけないと。

 

 勿論、熱にうなされて辛かったのもあるが、脳への負担が大きすぎるのだ。

 たしかに拡張能力によって脳の処理速度は強化されたが、脳自体のスペックがあがったわけじゃない。

 軽自動車にF1のエンジンを積んだような感じだろうか?

 全力で駆動するエンジンに車体がついていけないのだ。

 そして、一度壊れてしまえば、もう二度と元には戻らない。


 能力名が判明した時に刻まれた情報にはそんなことはまるで書いていなかったが、私の本能がそう告げていた。


 考えれば考えれ鵜だけ恐怖で頭が支配されるが、だからといって使わないわけにはいかない。

 貝は私にしか相手できないのだから。

 それに皆が命を懸けているなか、私が日和るわけにはいかないだろう。

 なにせ、私がやらなければ結局全滅してしまう。


 それに、要は拡張能力を使わなければいいのだ。

 じっくりと時間をかけていいなら、脳への負担も少ないはず。



 しかし、再度訪れた巻貝戦。


 こちらの思惑を嘲笑うかのように、今度の巻貝は見た目がおっさんだったのだ。

 まるで前回から難易度を一段階あげましたといわんばかりの様相に、やはり何かの作為を感じてしまう。

 当然創作は難航し、拡張能力を駆使し何とか終劇を迎えたものの、本当にギリギリだった。

 そして、私は意識を失った。



 そこからは地獄だった。

 これまでに経験したことのない激しい頭痛に、長引く高熱。

 そして、比喩表現でしかないが……脳の回路の一部が焼き切れてしまったのを感じる。


 あと少しでも時間がかかっていたらどうなっていた?

 次に貝が来たら、もっと難易度が上がっているのでは?

 その時私はどうなってしまうのだろう?


 体調に精神が引っ張られたのか、留めなく溢れる涙が止めることはできなかった。



 しかし、運命とは残酷なもので、すぐさま次の機会はやってくるのだった。

 そう、触手だ。

 近づけば串刺し、遠くから攻撃しようにも高速で避けるやっかいなバケモノ。

 私や樋本君の能力でしか倒せないタイプの敵だ。

 しかし、樋本君は私以上にグロッキーな状態で、残念ながら戦力になりそうになかった。


 ならば私がやらなければいけないのか……。

 だが、怖かった。

 人形が絡みついている今なら私の能力が使える、きっと林君はそう考えたのだろう。

 たしかに条件は満たしている……だが、どう考えても難産になるのは想像に難くなく、終わった時のことを考えると恐怖が頭を支配した。

 しかし、人形は触手から離れてしまえば、発動すらできなくなってしまう。

 となれば、今ここで拡張能力を使わなければ、間に合わないだろう。

 時間がない。

 やらなければ。

 私が!


 「……ごめん、あれは無理だと思う」

 だが、私の口から滑り出たのはそんな言葉だった。


 自分の情けなさに絶望するしかない。

 この期に及んで、私は自己保身を選んだのだ。


 しかし、すぐさま思い直す。

 だが、口を開きかけたその時だった。


 「このままでは……だろう?ふん……正直なところ、衆人の前でこういったことを暴くのは俺とて本意ではないのだが、時間がないのだ……許せ」

 そう言うと、一度深呼吸をし、能力を発動する林君。


 光り出す彼の両眼。

 その先の投影された画像を見て固まる。


 映っていたのは……主人公ヒロインの姿だったのだ。


 ……え!?何で!?

 頭の中が!?マークでいっぱいになる。


 えっ!嘘!林君気づいて!?

 いつから!?

 もしかして皆も実は気づいてる!?

 まさか彼も……。



 恐る恐る横を見れば、何もわかってなさそうな顔の脇崎君と目が合う。


 ……あっ、大丈夫そうだ、これ。


 だが、これならいける。

 拡張能力を使えばすぐに終わる。

 何せ彼は主人公ヒロインなのだから。

 総受け?

 何でそこまで把握してるかな!

 はやわきとか、ささわきとか鉄板じゃんかね!

 ここまできたらヤケクソとばかりに、追加の注文もつける。

 ぱっと人形の表情が変わる。


 あっ……いい。

 なんと芳ばしい素材をお持ちで……。


 その瞬間、むくりと内なる獣がそのこうべを起こし、パルスが脳内を駆け巡った。

 きたきたきた……!!


 「うん……いきます……楽園交狂曲!」

 そう呟くや否や、高速で展開される全3幕の愛憎劇。

 淀みのない怒涛の展開で繰り広げられた劇は、その勢いを落とすことなく終劇を迎えた。


 たしかな満足感と、心地よい脳の疲労を覚える。

 なんということだろう。

 これならいくらでも使える気がする。

 これが主人公ヒロインの力!


 これも林君と脇崎君のおかげだ。

 ふわふわとした気分になりながら、主人公ヒーローの元へ駆け寄る。

 精一杯のお礼を伝えるが、何故か微妙な顔をされた。

 

 そのまま腐った触手の方へ視線を向ける脇崎君。

 何かを考え込んでるのかな……いい表情だ。

 脳内アルバムに保存し……あれ、おかしいな……なんだか頭がぼーっとする。

 

 そんな時だった。

 急に強引に腕を引き寄せられ、抱きかかえられたのだ。


 えっ、えっ……!?

 突然のことに頭がついていかず、頭の中が真っ白になる。

 

 やがて視界はクリアになり、同時に彼の胸に頭を押さえつけられていたのだと気づく。

 真意を図ろうと、顔を上げて彼の目を見れば……剣呑な表情で前を見ていた。

 釣られて前を見れば……。


 そこには大きな大きな魚がいた。

 

 いつの間に?

 えっ、こちらを食べようとしていた?

 あれ?脇崎君が倒してくれたの?

 あっ、ケガ……そっか庇ってくれ……あ……まずはお礼を言わなきゃ。

 混乱する頭と混濁する意識。

 震える唇で何とか言葉を捻りだすも……プツリと世界は閉じるのだった。



 目が覚めた時、視界にぼんやりと映ったのは白い天井だった。

 まだ気だるさを感じる上半身を起こし、眼鏡を探そうと手を伸ばそうとすれば、ズキリと脈動する頭痛がそれを邪魔する。

 全身の火照りも感じ、これは駄目そうだと再度ベッドに伏そうとした時。


 「あっ、イインチョ!目が覚めたんだね!」

 誰かが近づいてくるのを感じる。

 「……脇崎君?」

 「あっ、大丈夫寝てて!ほらまだ辛いだろうしさ。あっ、薬と水がテーブルの上に置いてあるからそれ飲んで……そっか、眼鏡ないと見えないか!……俺とろうか?」

 「それくらいなら見えるから大丈夫だよ」

 相変わらずな彼の様相に、思わず笑みが零れてしまう。


 結局介抱され、渡されたコップを傾ければ、冷たい水が乾いた喉に染みわたる。


 「イインチョまた無理させちゃってごめんね……体調も悪かったのにさ」

 沈んだ声色で彼がそう告げる。

 「うんん、こっちこそごめん。最後迷惑かけちゃったね……」


 「迷惑なんてとんでもない。助け合うのは当然だよ。だって、俺たち……ほら、一蓮托生の仲間だし……さ。あっ、俺百々さんたち連れてくるよ。皆心配してたから」

 そう吐く捨てるように告げると、反転して駆けてゆく。


 「それにまた助けてくれてありがとう」

 「……また?」

 入口のところで、ピタリと一瞬動きを止める彼。

 「うんん、何でもない」

 そう、きっと彼は覚えてないのだろう。

 一年の秋の終わり……文化祭の時のことを。

 きっときっと彼にとっては些細な事、でも私にとっては……。


 「ふふ……あなたは私の主人公だね」

 部屋を出ていった彼の背中に向けてポツリと呟く。

 

 まだ熱の残る火照った顔を手で軽く仰ぎ、私はベッドにその身を沈めるのだった。


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