8 少年少女はペンを置き、剣を取った②

2020年5月12日1時25分 林宅


 

 テーブルの対面には、ふにゃふにゃになったシリアルを不味そうに口へ運ぶケイト。

 俺たちの前で泣いたのが余程気恥ずかしかったのか、その口からは皮肉が絶え間なく漏れだすが、いつもほどのキレは見られない。

 そんなケイトをサスケと二人で冗談を交えつつ茶化しながら、そっと胸を撫でおろす。

 きっとこれなら大丈夫だろう。


 「それで……世界が3日おきに開くのであれば、この時間から始まったのは可笑しな話だ。また、貴様らは開始時間を正確に把握していた。どのような条件なのだ?」

 「ぴったり3日おきじゃなくて、3日と15時間33分おきっぽいんだよね」

 「15時間33分……?33分はともかく15はどこから出てきた?何の意味がある?」

 「いや、俺たちに聞かれても知らないよ」

 「ほらっ、時が止まったのが15時3分だろ?それじゃあないかなぁ?」 


 「あとは環境に変化をつけるためとか?ぴったり3日おきだと毎回15時3分スタートになるじゃん?」

 「そのせいで夜中や早朝に起きなきゃいけないんだから勘弁してほしいよなぁ」

 「開始時間をずらす目的であれば、3日と3時間3分おきなどの方が、無駄に3に拘ったこの世界に適していると思うが……」

 「まぁ、そんなこと考えてもしょうがないし、めし食べよう」

 そう叫ぶと、ガツガツとオートミールをすすり始めるサスケ。

 しかし、ケイトはまだ気がかりがあるのか、考える時のポーズをとったままだ。


 「まだ疑問はある。3日と15時間33分おきに世界が開くのだとしたら、オレがこの世界に来た5月9日の深夜は、世界は開いていない時間だったはずだ。それに毎度人員が追加されるのであれば、いくら何でも人が少なすぎないだろうか?」


 「通常のウェーブとは違うビッグウェーブがあるんだ。今までに先月の夜と今月8日の夜中の2回あったから、多分33日おきかな」

 淡々と話そうと試みるも、どうしても先月のビッグウェーブのことを思い出してしまい、サスケと共に苦虫をかみつぶした顔になってしまう。


 「ビッグウェーブをクリアすると、人が3人追加されるみたい」

 「追加されるのは植物になっておらず、消えている人員というわけだな」

 「その通りだね」

 相変わらずの勘の鋭さに、思わず脱帽する。

 そうなのだ。3月3日のあの時、硬直が解けてすぐに気づいた。

 

 ケイトがいなくなっていると。

 


 マサ兄たちと合流した後に調査した結果、一定数の人間が植物にならずに消えているようだった。そして、それは一部の教員と三年生に限っていた。


 そして、先月の4月5日。

 今や誰もが話題に出そうとしない最悪の日。

 死闘の末に3人の生徒が追加された。

 そこで起きた、忘れもしない悲劇……。


“キーンッコーンカァンコーン”


 響き渡るチャイムの音。

 「さっ、予鈴が鳴ったしそろそろ行くか」

 その言葉で立ち上がる俺とケイト、そして冷蔵庫へ向かうサスケ。



 ちなみに、3日おきに開かれる世界の方向や範囲には何パターンかあり、場合によって市の端っこまで行くことになる。

 だが、どれだけ離れていても、どういうわけかチャイムは聞こえるのだ。

 まぁ、今回は関係ない話なわけだが。

 なにせ、ケイトの家は学校から徒歩20秒の距離にある。

 カーテンを開ければ学校が見えるのだ。

 



2020年5月12日1時36分 三重第三高等学校 校門前



 校門にはすでに多くの生徒が集まっていた。

 無事クリアしたこともあり、皆楽しそうに談笑している。

 この空気ならばきっと負傷者もでなかったのだろう。

 ほっと胸を撫でおろす。

 いくらクラゲといえど、絶対はないからな。


 俺はマサ兄の方へ向かう。

 生徒たちに指示を出しながら、バインダーに何か書きつづっているようだ。

 「ほらっ、これ。どうせまた何も食べてないでしょ?」

 そう言いながら、両手に持っていた紙袋のうちの片方を押し付ける。


 「おぉ、悪いな……あとでいただくよ」

 そう告げると、またバインダーを覗き込むマサ兄。


 「学校には持ち込めないんだし、先にちゃちゃっと食べちゃいなよ」

 「それもそうだな……って、おい!ジン!これトマト入ってるやつじゃないか!」

 「ちゃんと野菜も食べなきゃ、先生でしょ?」

 俺はそう言い終えるなり、その場を後にしようとする。


 が、ふいに視線を感じて振り返れば……イインチョと目が合った。

 だが、すぐに目を逸らされる。

 能力の暴発を防ぐためとはいえ、なんとも複雑な気持ちになる。


 だが気を取り直し、物資が積まれた一角へと歩を進める。

 物資の山のふもとでは、イインチョがダンボール箱にこんぽうしていた。


 「お疲れ、イインチョ」

 「お疲れさま、脇崎君」

 「何か手伝おうか?」

 「うぅん、大丈夫。もう大体仕分けは終わったから」

 そう言って、穏やかな笑みを浮かべる。


 「えぇっと……そうだ、これよかったら食べる?」

 持っていた紙袋の口を開け、ビニール袋に詰められたソレを見せる。

 「わぁ!持ってきてくれたんだ」

 「よかったら、倉庫に入れとくけど?」

 「ありがとう!確かまだキュウリはあったから、あとは……」


 イインチョは物資の山を漁り、ポン酢を引き出すと……そっとダンボールに詰める。


 「衣米……アンタね」

 呆れ顔の助宗さん。

 「んん……ほら、ポン酢なら皆も使うでしょ?もえ、このダンボールもお願い」


 「はーい」

 ポン酢が忍ばされたダンボールを受け取った三月さんは、なんとも奇天烈な見た目 のカバンにぎゅうぎゅうと押し込む。

 カバンとダンボールの大きさからすれば、どう見積もっても入りきらないはずなの だが、ダンボールはすっぽりとカバンに納まり、次のダンボールをも飲み込んでいく。

 元々は学校指定のカバンだったはずのソレは、度重なる魔改造によって、最早面影すら感じられない。

 本人曰くアートらしいのだが、奇天烈な見た目も相まって、俺には奇妙な生き物が箱を食べているようにしか見えない。

 なお、当然ながら校則違反だ。


 そんな彼女の能力名は〇ホウカバンワイリーガールバッグパッカー。愛用のカバンの容量を33.3倍に拡張する。

 それだけならまぁ便利かな程度のこの能力だが、その真価は拡張能力にある。

 なんと拡張能力を使えば、カバンに詰めたものを学校の敷地内へ持ち込めるのだ。


 逆に言えば、あの日あの時に学校になかったものは、学校へは持ち込めない。

 食料も服も生活必需品も、謎の力ではじき出されてしまうのだ。


 唯一の例外はバケモノだ。

 バケモノは自由に出入りすることができる。

 なので、紙袋の中に入っているクラゲも持ち込むことができるというわけだ。


 ちなみに、三月さんは先月から加わったのだが、彼女のおかげで生活の質が跳ね上がった。

 なにせそれまでは持ち帰れるのはバケモノの肉のみだったわけだ。

 3日に一度世界が開いた際に胃に詰め込めるだけ詰め込むも、それで足りるはずはなく、あとの2日はバケモノで食いつないでいたのだ。

 百々さんが戦闘支援のMVPだとすれば、三月さんと江口は生活支援のMVPだと言えるだろう。


 そんな彼女の能力に弱点があるとすれば、本人の気質だろうか。

 とんでもない面倒くさがり屋で大雑把なのだ。

 そのまま物資を渡すと、もの凄くテキトーに力任せに詰め込む。


 そんなやり方では効率的な詰め方などできるはずもなく、隙間だらけになる。

 それどころか、いざ取り出した時に大変なことになっていたこともあった。

 この能力は生活の生命線であるわけで、それでは困る。

 そこで、一度こちらで詰めたダンボールをカバンに入れてもらう、今の方式になったのだ。



 「これでお~わり」

 三月さんは面倒くさそうにファスナーを閉める。

 「あっ、三月さん!これもお願いします」

 ケイトと話し込んでいたサスケが大慌てで、愛用の竿を差し出す。


 「えっ、入るかなぁ……」

 困り顔の三月さん。でも多分、もう一回ファスナーを開けるのが面倒なだけだと思う。


 「佐助、アンタこういうのは先に出しなさいよ!」

 三月さんの肩に手を置く助宗さんがキツメの語調で諫める。

 「だってよぉ、忘れてたんだよ」

 「忘れる程度なら諦めなさい。それにこの前何本も運び込んでたでしょ?」

 「あれは全部用途が違って……それに、ガキの頃から使ってきたからこれが一番手になじむんだよぉ。それにほら、家に取りに行こうにも、俺たちの家が範囲になったのってこれまでで2回しかないだろ?」

 サスケの言い訳がましい様子に、イライラし始める助宗さん。

 雰囲気を察してか、生徒たちは次々と校門をくぐっていく。

 イインチョも百々さんの手を引いていった……まじ姉ちゃんだな。


 「頼むよぉ、あびる。ほら、おれにとって釣り竿は剣みたいなもんだからさ。皆を守って生き残るためにもー、いい剣を使いたいじゃんか。ほら、細長いしさぁ、隙間にすっと入るだろぉ?」

 「こっちは隙間とか全部計算して入れてんの!だから入れる物あるなら先に言ってって毎度毎度口をすっぱくして言ってるでしょ!」

 語気が荒くなる助宗さん。


 「だったら、一回箱出して、必要ないもん出せばいいだろぉ?」

 「はっ?いらないもの?」

 「えっと……ほら……化粧品とか?」

 「……は?」

 地雷を踏み抜いたのか、一気に声のトーンが怪しくなってくる。


 本格的に雲行きが怪しくなってきたので、俺も退散するとしよう。

 というか、二人とも気づいていないようだが、三月さんもう学校に入っちゃったよ。

 

 

 バインダーを睨みながら、涙目でサンドウィッチを齧るマサ兄へ近づく。

 「皆もう戻ってきた?」

 「帰ってきてないのは山崎のグループと……」

 噂をすれば何とやらで、崇たちのグループがぞろぞろと帰ってきた。

 涼介は大きな荷物を抱えながら大騒ぎしている。


 「遅いじゃないか、心配したぞ」

 「お疲れーっす!いやぁ、大漁大漁っすわ」

 涼介が抱えていたのは、大量のホットスナックやマンガ本だった。

 そして、制服から私服に着替えていた。


 ……?


 あっ、さてはこいつ、話をちゃんと聞いてなかったな。


 有頂天の涼介を諦め気味に見る崇と、笑いを堪えるほかのメンバー。

 

 「まぁ、無事でよかった。本鈴までまだ少しあるけど、急いで入ってくれ」

 「それじゃ、お先に失礼しまーす」

 ウキウキとした表情で校門をくぐる涼介。


 そして、次の瞬間には……

 全裸になっていた。


 何が起きたのか分からないようで、キョロキョロと辺りを見渡す涼介。

 その様子を見て、大笑いするほかのメンバー。

 崇は呆れた顔をしながら、おそらく涼介が脱ぎ捨てたのだろう制服を渡していた。


 裸になった本人は特にショックを受けた様子はなく、オーバーリアクションを交えつつ周りを盛り立てている。

 なんだか、とても懐かしい気持ちになる。


 こんなバカ騒ぎは日常だったはずだ。

 お調子者の涼介が騒ぎ、崇がまとめ、それに皆が呼応して……。



 本鈴が鳴るまであと3分を切ったところで、最後の一人が帰ってきた。

 「樋本ひのもと……遅かったじゃないか!心配したぞ」

 「……敵が残ってないか確認してました」

 聞き取れないようなボソボソ声でそう呟くと、脇を通って校門をくぐる。


 「よしっ、これで全員だな」

 バインダーを一通り確認して、顔をあげるマサ兄。


 「佐々木、助宗、そろそろ帰るぞ」

 今だ言い争いをしている二人も一緒に校門をくぐった。

 なお、その際にサスケの絶叫が校庭に木霊した。




2020年5月12日1時59分 三重第三高等学校 校庭



 校庭へ一歩足を踏み入れた途端に、本来の時間を思い出したかのように、一瞬にして世界が真っ暗になる。

 とぼとぼと校舎へ向かうサスケと、若干の狼狽を見せながら追いかける助宗さん。

 二人から目線を外して周りを見渡せば、ランタンの周りには三森先生と数人の生徒が残っているようだった。


“キーンッコーンカァンコーン”

 響き渡るチャイムと共に崩壊を始める世界。


 「これで終わりなのだな?」

 隣にやってきたケイトがそう呟く。


 「あぁ、今日も無事に生き延びられた」

 「次は15日の14時3分……3日と15時間33分ごとに3時間33分だけ開く世界。考えれば考えるほど不可解極まりない。一体何の意味があるというのだ?だれが何の目的でこんなことを……?」


 「三つ首クジラの祟りよ」

 不意に聞こえてきたのは、細い割に妙にねっとりと耳に絡みつく声。


 声がする方を振り返れば、暗闇の中からひどく猫背なボサボサ頭の少女が現れた。


 「ひっ!お化け!!」

 口に手を当て、顔を青ざめさせる三森先生。


 視線の先を追えば、ボサボサ頭の少女の後ろに控える、ガイコツと内臓が露出した男。

 まぁ、暗闇でこれはホラーだわな。


 「三つ首クジラの祟りだと?」

 ガイコツには目もくれず、不機嫌そうに聞き返すケイト。

 「えぇ、そうよ。これは墓を暴かれた三つ首クジラの怒り……イヒッ……イヒヒヒヒヒ」

 ボサボサ頭の少女の高らかな笑い声が校庭に響き渡った。

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