5 そのルビの振り方には無理がある②

2020年5月9日10時30分 三重第三高等学校 グラウンド



 グラウンドに集まっていたのは20名に満たない数の生徒たち。

 皆体操服やジャージ姿だ。


 崇のやつが気を利かせたようで、すでに輪になって座っている。


 「改めて昨夜はお疲れさまでした。皆の頑張りのおかげで一人の犠牲者もなく、無事に今回も乗り越えることができました。さて、嬉しいお知らせがあります。もう皆知っているとは思いますが、今回新たに三名が仲間に加わりました。当然まだ能力を発現していないので、今から手分けして能力の発現を手伝っていきたいと思います」

 マサ兄の言葉に、思い思いの言葉が飛び交う。


 「その前にまずは、新しく来た3人は自己紹介をお願いします。知らぬ仲ではないけど、あの時に何をしていたかを伝えていきましょう。じゃあ、まずは桑田から」

 そう言って、桑田の肩を叩く。


 「うぇっ、俺っすか。三年三組出席番号9番桑田涼介。3時3分の時は……」

 自己紹介を始めた涼介を横目に、少し歩いて欠けた輪を埋めるように腰を下ろす。



 「わきざき君、おはよう」

 座るなり隣から聞こえたのは、妙に耳に残るしっとりとした声。

 「おはよ、イインチョ」

 なるべく平静を装って答えるが、若干声が上擦ってしまっている。

 

 俺の隣には、ふちが太い眼鏡をかけたミディアムボブの少女。

 「昨日はありがとね。すっごく美味しかった」

 「よかった。前に美味しいって言ってたからさ」

 「覚えてくれてたんだ、嬉しいな」

 そう言って少女ははにかむが、もう俺はそれどころではない。

 「ほら、最近イインチョあまり食べれてないみたいだったからさ。あんなんでも、ほらなんか栄養あると思って」

 しどろもどろになってしまう無様な自分を殴ってやりたい。


 この少女はイインチョことはちよね

 まぁ……なんだ。お察しの通り、俺の想い人ってやつだ。

 以前はほんの少しばかりふくよかな彼女であったが、ここのところ過酷な生活のせいで随分と痩つれてしまい、深窓の文学少女ぶりに拍車がかかっている。

 俺としては色々な意味で気が気でないのだ。


 「うん、昨晩もね、軽く炙って柚子胡椒を付けたものを肴に、熱か……」

 「イインチョ?」


 「うんん、何でもない!ところで、ついに親友3人組勢ぞろいだね」

 自己紹介のはずが長々と演説しているケイトを見つめながら、そう告げるイインチョ。

 「うーん、あいつらは親友とかじゃなくて、ただの悪友だよ」

 ちょっとした気恥ずかしさから、少し口調が荒くなる。


 「ふーん……それって親友はとどろき君だけ……ってことかな?」

 「へっ……?いや、アキラこそただの腐れ縁だよ」

 「んふ……腐れ縁発言いただきました(小声)」

 「イインチョ何か言った?」

 「ううん!何でもないよ。でも、轟君も木人になってなかったんでしょ?早く合流できるといいね。きっと轟君なら頼りになるもんね」

 「それは確かに……」

 脳裏に浮かぶのは、物心つく前から一緒にいる幼馴染の存在。

 常に皆の中心にいたアイツ。

 たしかにアイツがいれば、先月のようなこともその前のことだって、きっと……。

 いや、いないやつのことを考えてもしょうがない。


 それにおそらくこの世界に来ても戦闘では大して役に立たないはずだ。

 何せ、あいつはあの時……。



 「三年三組担任の三森美鈴です。担当教科は日本史……園芸部の顧問で、あとはえっと、歳はにじ……あっ、眠ってる間に誕生日迎えたのでにじゅ……じゃなくて……そうだ、その卒業式のあとは……その……せっ、生徒の話を聞、いえ相談に乗っていました……職員室で」

 ケイトの後に自己紹介を始めた三森先生だが、どうにもしどろもどろだ。


 おそらく、本当のことを話すかどうか悩んでいるのだろう。

 優しい三森先生のことだ。

 きっと誤魔化しているのは相手を思ってのことだろう。


 だが、それでは困るのだ。

 2か月前の平和な世界ならともかく、すぐに彼女も命がけの戦いに身を投じることになるのだから。

 そう、明後日の夜には再び世界は開くのだ。

 その時に能力が発現しているかどうかで、とれる戦略は大きく変わる。


 俺たちには時間がないのだ。


 どんな能力になるかわからないが、発現の可能性を少しでも高めるために、どんな 些細な事でも嘘偽りなく周囲に知らしめねばならない。


 ここは俺が一肌脱ぐとするか。

 ばっと立ち上がる。


 「三森先生、あの時……温室に居ましたよね?」

 「何で知って……あっ!」

 「やっぱそうでしたか……そして1組の轟晶あきらから告白を受けていた……そうですよね?」

 「へっ……え……何で知って」


 「えっ、嘘嘘!まさか鈴ちゃん先生、えっ!なんて答えたの!?ねぇ!?」

 「うっわ、まじかよ生徒会長!」

 「こんな年増に私負けたってこと……(ボソッ)」

 「あの温室って園芸部と生徒会で手作りしたんだよな……つまりそう言うことか!?」

 突然降って湧いた特大級のゴシップに色めき立つ生徒たち。

 それの真偽は当事者の顔色が、反応がそれを物語っている。


“ピッピー”

 響き渡るホイッスル。

 「はい、そこまで。詳しい話はグループ内で。では、3つのグループに分かれて」




2020年5月9日10時55分 三重第三高等学校 中庭



 「……結局のところチンケな脳ミソがいくら集まろうと、有益な知見など得られないことは想像に難くなにないわけで、こちらとしては一方に構わない」

 そう吐き捨てながら、無造作にベンチに腰掛けるケイト。

 その後、不機嫌そうに周りを見渡す。


 「ところで……いつから21÷3=4になったのだ?オレは奴らに小学校レベルの算数から教え直すべきなのか?それとも何か?異空間では除算の概念さえ変わると?」

 嫌味を吐き続けるケイト。

 一向に構わないんじゃないのかよ。

 

 まぁ、あんなことがあった後だ。

 3つのグループに分かれたはずが……三森先生のグループに人が集まりすぎたのだ。

 今頃小さな温室は、かつてないほどの人口密度を経験していることだろう。

 

 今中庭にいるのは、俺とケイト、サスケ、イインチョの4名だけだった。


 「ごめんね、あびちゃんとめぐりもこっち来るって言ってたんだけど、めぐりがまた迷子になっちゃったみたいで、あびちゃんが今探しに行ってるの」

 「いや、オレは気にしていない。ただ、百々が行方不明なのは気がかりだ。底が知れぬ大穴がそこら中に開いているわけだし、万が一があってはいけないな、うん。まぁ、なんだ、検証を始める前に手分けして探すというのも、オレとしてはやぶさかではないのだが……」

 途端に機嫌が直るケイト。

 そうか、こいつ百々さんが涼介のグループに行ったと思って不貞腐れてたのか。

 分かりやすいヤツめ。

 しかし、百々さんは迷子か……いつも通りだな、うん。

 毎度毎度探し回るすけむねさんやイインチョには頭が下がる。

 


 「時間も限られているし、捜索は助宗さんに任せてこっちは検証を進めていこう」

 「ふむ……そちらの言い分も一理あるな。とは言うが、オレは昨日も言ったように貴様らの戯れ合いを眺めていただけだぞ?ちょうどこのベンチに座ってな」


 「とりあえずはあの時の再現をするか」

 サスケと対面し、お互いに筒を構える。


 「あれ?もっと近くなかったか?」

 「そうだっけ?こんなもんじゃなかった?」

 「いや、だって斬りかかろうとしてたわけじゃん、もっと近かったって」

 「こんなもん?」

 「今度は近すぎっ!離れろって、暑苦しいだろ!」

 サスケと立ち位置を調整する。

 その様子を縁石に腰掛けて、何故かうっとりとした表情で見つめるイインチョ。

 が、すぐに顔を青ざめさせ、目線をさっと逸らす。


 「オイ、貴様らの立ち位置がオレの能力に影響するのか?」

 「わかんないけどさ、思いがけない些細なことが発動条件だったりするんだよ。ケ イトはあの時、こう何か足や指を組んでいたとか、何を考えていたとかさ思い出しと いて」


 「何を考えていたか……たしか……この1/6でしかない、どうしようもなくありふれて陳腐でチープな群像劇が……10年経っても20年経っても、1/9や1/12にはならず、きっとその割合を増しているのだろうと……貴様らとの青春の一幕を網膜に焼き付けて」

 何とも臭いセリフを吐くケイト。

 そして、いつも考え事をするときにする癖をする……


“ブォオン”


 唐突に地面に映し出される映像。


 「はっ?」

 何事かと見れば、ケイトの目から光が放射されていた。

 そして、まるでプロジェクターのように、地面に風景を投影している。


 「おぉ、出来たぞ!これがオレの能力というわけか」

 珍しく興奮気味にこちらを見てくるが、眩しいから止めてほしい。


 そして、うーん……何となく予想はしていたが。


 「なんか戦闘向きっぽくないな。てか、外れ能力?」

 明け透けなサスケの一言。


 だが、うん。

 俺もそう思う。


 「これはいい、夢に一歩近づいたぞ。そうだな、仮に名づけるなら、そう、1/6の夢旅立ちと書いてアンサンブルキャストオフなどだろうか?」


 本人はまるで気にしていないようだが。


 あと、そのルビの振り方には無理があると思うぞ。


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