第44話

「えへへ。この女の子すごくえっちな格好してる……ぐふふふ」

「そういう反応を期待して、その漫画をオススメしたわけじゃないんだが……」


 俺がオススメした漫画を、愛は独特な鑑賞の仕方で楽しんでいるようだった。

 もっと斬新なストーリーとか練り込まれた設定とかそういうものに感動して欲しかったのだが、まあ漫画の楽しみ方なんて人それぞれだろう。


 それにしてもさっきから愛のキャラが崩壊しているような気がするが、大丈夫だろうか。愛は意外とアダルトな描写にも抵抗なく踏み込んでいく——というかむしろ、そう言う描写に喜んで興奮するタイプなんだな。


 まだまだ底しれない、愛の生態だった。



 それから2人で、黙々と漫画を読んでいた。

 その光景は実にデートらしくなかったが、それでもこんな静かな時間を2人で共有するのも、悪くないなと思ったり。


 数十分後。2人とも一巻分の漫画を読み終えた頃に、俺は愛に話しかけた。


「今日は愛に話があるんだ」

「は、話……?」


 ネットカフェをデートの場所に選んだのは、僕が普段生き慣れているという理由があったからだが、2人きりの空間で落ち着いて話ができるからという理由もあった。 


 話があるときりだすと、隣の愛は唾をゴクリと飲んだ。

 いやそんな、大層な話をしようってわけじゃあないんだが。


「勉強を教えてくれて、勉強会を開いてくれてありがとうな」

「……まずその話からするのね」

「え? なんだって?」

「理科室の椅子に背もたれがないのはね、いざという時にすぐ逃げられるようにするためなのよ。危険な薬品を使って実験をすることが多い理科室ならではの特色ね」

「へえ。背もたれがないのには、そんな理由があったのか……じゃなくて! 少し真面目な話をしているからちゃんと聞いてくれ!」


 突然に飛び出してきた面白い雑学に邪魔されてしまいながらも、一度仕切り直して、俺はまた話を始めた。


「とにかく、勉強を教えてくれてありがとうと、愛には改めて伝えたかったんだ。正直に言うと、勉強に関しては、少し諦めに近い感情を抱いていた部分もあったんだ。ほぼ運で進学校に入学した俺がいくら頑張っても、落ちこぼれていくだけだと思ってた。だけどさ、自分の可能性を否定していたのは、他の誰でもない自分だったんだ。それに気がつかせてくれたのは愛で、だから本当に愛には救われた」

「いいのよ、私がやりたくてやったことなんだから」


 俺の話を聞いて、愛はそう優しく微笑んでくれた。

 愛にだって自分の勉強があっただろうに、俺に時間を割いてくれて、本当に感謝しかない。


「それにね、まだまだ高校生活は始まったばかりよ? これからが肝心なんだから。今後も私は司の勉強コーチとして、ビシバシ指導していくんだからね」

「お、お手柔らかに」


 今後も俺の勉強コーチをやってくれる。


 きっと厳しい指導が待ち受けているはずなのに、愛からそんな言葉をもらって、俺はなんだか温かい感情に包み込まれていた。

 俺はドMにでもなってしまったのだろうか。


 と、そんな冗談を言っている場合ではなく。

 まだ愛には勉強を教えてくれたお礼以外に、話さなければいけないことがあった。


「今日は他にも話さなくちゃいけないことがあってだな……」

「(ゴクリ)」

「松本さんのことなんだけどさ、」

「次はそっちの話ね!?」

「そっちの話ってどっちの話があるんだよ」

「なんでもないわ、こっちの話だから。続けて?」


 なぜかあたふたしながら、話の続きをせがむ愛に、俺は昨日あった出来事を話した。

 

 松本さんの正体が、ゲーム実況者であったこと。

 松本さんの不登校の原因が、動画編集に熱中してしまうことであったこと。


 松本さんには昨日あったことを愛に話してくれていいと言ってもらえていて、俺はそのすべてを愛に話した。


「へえ、やっぱり昨日のメールは嘘じゃなかったんだ」

「……メール?」

「ええ。昨日、美優からメールがあったのよ。勉強会のおかげでテストにいい手応えがあったっていうお礼と共に、自分の正体について書かれていてね。はじめ私は、美優が寝ぼけて変な妄想を書いてしまったと思っていたわ」

「ひどいっ」

「だってあの美優が、ゲーム実況をやっているだなんて信じられないじゃない。でも調べてみたらすごい生き生きとやっているみたいで、なんだか安心しちゃったわ。なんで男の人の声で実況しているのかは知らないけれどね」


 松本さんは過去にあった出来事については、深く愛には話さなかったようだ。ならば俺もそのことについては、愛に深く話さないほうがいいだろう。

 今はそれよりも愛に話さなくちゃいけないことがある。


「それでなんだがな。松本さんの不登校の原因が分かったから、その松本さんの動画編集を」

「司が手伝うんでしょう?」

「し、知っているのか!?」

「知っているわよ。美優から聞いたもの。司のことを借りることが多くなるかもしれませんって」

「俺は愛の所有物かなにかなのか!?」

「え? 違うの?」

「そんな素で驚いたみたいな表情をしてくれるな」

「あはは、冗談よ」


 まさか松本さんが事前に、愛に伝えてくれていたとは。


「あの子は私が司のことが好きって知っているわけだし、あの子なりに気を遣ってくれたんじゃないかしら。でも司、あなた動画編集なんてできるの?」

「それはこれから善処する方向で……」

「行き当たりばったりで引き受けたのね。本当にあなたってば、お人好しよね。好きな人が他の女の手伝いをしているという状況は、とてもとてもとても面白くないけれど……まあいいわ。司のそういうところを、私がとても気に入っているのもまた事実だしね」


 そう言ってもらえて良かった。

 俺はそっと胸を撫で下ろす。


「でもなんで今、そんなことを改まって報告するのよ。別に美優がいる時にでも良かったんじゃない? そっちの方が話も円滑にできたような気がするし……」

「好きな人を誤解させて傷つけるような事態には、絶対にしたくなかったんだ」

「…………ぇ」



「俺、愛のことが好きだ」

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