第41話

「そのアンチをしていたのが、私に動画投稿を勧めてきた友人だったんですよ」


 そう言った松本さんは、とても悲しそうにしていた。


「そのアンチをしていた友人の友人から話を聞いて、それが発覚したんです。最初はそんなことはありえないって信じて疑わなかったんですけど、明確な証拠まで見せられてしまって。結局、それが原因で一度動画を投稿するのはやめましたし、一度謝ってもらったあと、その友達とはめっきり話さなくなりました」


 話を聞くだけでも、胸が痛くなるエピソードだ。

 きっとその友人は、動画投稿者として人気になった松本さんに嫉妬してしまったのだろう。中学生で自分の黒い感情の抑え方もまだよく分からず、そんな行動に走ってしまったに違いない。


「それから、わたしはうまく友達が作れなくなりました。素直に人を見ることができなくなってしまったんです。また裏切られるんじゃないかとか、どうせ陰ではわたしのことを悪く思っているんじゃないか、悪い想像ばかりしてしまって。結局、読唇術とかそういう無駄な技術を身につけるばかりで、それから中学では友達が1人もできませんでした」

 

 読唇術はそういった経緯で身につけていたのか。


 これは僕の推測でしかないが、松本さんが同級生に敬語を使うのも、その出来事が起因しているように思った。

 信じることができないからこそ最初から壁を作って、自分のプライベートゾーンを護っている。そんなような気がした。


「そしてひとりぼっちになったわたしは、動画投稿をまた始めたいと思うようになりました。現実で友達ができなくても、ネットでは嬉しい言葉をくれる人たちがいたので。でも現実の人たちにはその正体を明かしたくはなかったので、性別を詐称して動画投稿者をすることにしたんです」

「……そういうことだったのか。ってことは、不登校になってしまうほど熱中していることっていうのは、ゲーム実況ってことでいいんだよな?」

「はい。動画の編集って完成度を高めようとすると、際限がないんですよね。こだわろうとすれば、どこまでもこだわれてしまうというか。多分、どこかでいい塩梅を見つけてうまくやっていかなくちゃいけないんでしょうけど、わたしはかなりの凝り性なもので。ついつい時間をかけて編集をしてしまって、夜遅くまで作業をしちゃって。まあ、友達がいなくて、学校に行くモチベーションを保てないという理由もありますけど……」


 さ、最近は森本くんや土屋さんがいるので違いますよ! と松本さんは付け足した。


「体育祭とか学校のイベントがある日は雑談のネタにもなるので、行くようにはしてました。そういう時はなにか重大な面白いネタを見落とさないようにこっそりと動画を撮影していたんですけど、たまたま土屋さんの告白を撮影してしまって……それからは、森本くんの知っての通りです」


 そもそも松本さんが借り物競走をカメラで撮影していたことに、僅かながらも疑問を感じていたのだが、動画の雑談のネタのためであったのか。

 つまり松本さんに話したことはすべて雑談のネタにされてしまうわけで、余計なことはもう話せないなと思ったり……。


 松本さんの事情が、あらかた見えてきた。


「ご、ごめんなさい。こんな面白くない話を長々と話してしまって。学校紹介のPVの編集でしたよね? 今すぐに取り掛かりましょう!」

「……あ、ああ」


 それから俺は、松本さんに動画編集のいろはを教わった。


 松本さんは本当に動画編集に精通しているようで、初心者が躓きそうなポイントや動画の見栄えが良くなるコツを詳しく教えてくれた。


 動画編集のことを話している松本さんはどこか生き生きしているように見え、本当に好きでやっているんだなあ、ということがしみじみと伝わってきた。

 実況の時も楽しそうだったし、視聴者もたくさんいて配信も盛り上がっていたし、松本さんにとってゲーム実況は天職なのかもしれない。


 だからこそ……。


「あのさ、松本さん」

「なんです?」

「松本さんの動画編集、俺が手伝うことってできないかな?」

「…………え?」

「いやもちろん、動画編集をすべて任せてくれと、傲慢なことを言っているわけじゃあないんだ。いま編集を教わってみた限り、必要な部分の動画の切り抜きだったり、字幕をつけるところだったり、そういう部分は俺も手伝えるんじゃないかって思ったんだ。最後の仕上げは松本さんがやれば、きっと松本さんの負担が減って、学校にも余裕をもって学校へ通えるようになると、思う……」


 それは俺の口から自然と飛び出した提案だった。

 それは俺らしくない提案でもあった。


 以前までの俺なら、そんな面倒くさそうなことに首を突っ込まなかっただろう。何より俺は平凡でなんの取り柄もなくて、積極的に人と関わろうとしていかない人間だったから。


「……どうして、そんな提案を」

 

 松本さんは俺の提案の真意が気になるようだった。


 しかし、真意などどこにもない。

 松本さんの話を聞いて、松本さんの過去を知って、純粋に松本さんのことを手伝いたいと思った。


 本当にそれだけなのだ。

 変に同情したり、情けをかけたつもりはない。


 だから……。



「友達だからだ」

 

 僕はあえて、そんな言葉を使った。

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