第30話

「…………森本くん。どうして、女の子と一緒にいるわけ?」 


 顔をしかめた土屋さんは俺と松本さんの近くに寄ってくると、「少し彼を借りるわね」と松本さんに言って、俺の制服の袖を掴み、まず俺だけを家の中へと連行した。


 バタン、と玄関が閉まる音がして、俺と土屋さんは2人っきりになる。


 なんかめちゃくちゃいい匂いがするな。

 玄関にはアロマのようなものが焚かれている形跡があったし、なんだか部屋からは土屋さんのいい匂いがした。


 と、そんな変態っぽいことを言っている場合ではなく。


「ち、違うんだ。土屋さん」

「なにがどう違うって言うの? 私が告白をしたっていうのに、他の女の子を連れているなんて、一体どういう了見かしら?」

「と、とりあえず話を聞いてくれ」


 ものすごい剣幕で近寄ってくる土屋さんに圧倒されながらも、それから俺は、放課後にあった出来事のすべてを土屋さんに話した。


 すると土屋さんは、なるほどと1つ相槌を打った。

 

「……読唇術ね」

「そうなんだ。だから全部、松本さんにはバレちゃってて」

「それは厄介なことになったわね。証拠まで押さえられているんでしょう?」

「ああ。でもそんなに身構えなくても大丈夫そうというか、松本さんは悪い子に見えないっていうか……」

「……あら? 随分と彼女のことを庇うじゃない?」

「こ、言葉のあやだって」


 土屋さんは、俺が松本さんを連れてきたことに対して、明確に不快感を露わにしていた。


 たしかに、事前に相談の一つもせずに、俺は松本さんのことをここまで連れてきてしまった。

 先日、土屋さんには気持ちを伝えてもらったばかりであったし、それは俺の軽率な行動だったと言えるだろう。


「ごめん、俺が無神経だった」

「そうね。森本くんは無神経で鈍感だから、本当に困るわ。今日のために昨日から服のコーデを考えたり、お洒落も頑張ったのになあ……」

「本当に面目ない」

「今の私が聞きたいのは、謝罪の言葉じゃないのだけれど?」

「似合ってる」

「もう一声」

「死ぬほど可愛い」

「……っ、いきなり褒めすぎ。ほんと、なにも分かってないんだから」


 でも今の言葉に免じて許してあげます、と土屋さんは言ってくれた。

 

「それに彼女のこと、放っておけなかったんでしょ?」

「それは……」

「分かっているわ。困っている人がいたら、あなたは手を差しのべてあげるような人だものね。彼女は不登校気味だったし、あなたも色々思うところがあったのでしょう? そういうところも含めて、私はあなたのことを好きになったんだから。……だから、私もあなたに協力するわ」

「それって……」

「ええ。松本さんにも、勉強を教えてあげることにする」

「ほ、本当か? ありがとう」

「別に松本さんのためじゃないから、あなたのためなんだからねっ」

「なにその逆ツンデレ」

 

 普通、そのセリフを言うなら逆だろうに。

 でも、土屋さんの器が大きくて助かった。 


 俺はまだまだ、人間関係を構築することにおいて、不自由な部分がある。

 それは圧倒的な経験不足が原因で。


 だからもっと意識して、改善していかないといけないな、と思った。


「……それで、その右手に持っているものは何かしら?」

「ああ、これはお土産だ」


 俺がそうお土産を手渡そうとすると、土屋さんはまた顔をしかませた。


「……ちょっと待って。これ駅前のドーナッツ屋さんのものじゃない」


 近所に住んでいるからか、俺たちが帰り際に寄ってきたドーナツ屋さんのことを、土屋さんは知っているようだった。


「もしかして、ドーナッツ嫌いだったか?」

「いいえ。ドーナッツは大好物なのだけれど、そうじゃなくってね。これを今手渡してくるってことはつまり、あの子と放課後にあのドーナッツ屋さんへ2人で買いに行ったってことよね?」

「まあ、そうだな」

「それってつまり……放課後デートってことじゃないかしら?」

「デ、デートじゃないって。ただ、お土産を買いに行っただけで」

「じゃあ、デートの定義を言ってみてごらんなさい」

「デートの定義?」


 そんなこと、考えたこともなかったが。


「……やっぱり、男女が2人きりで出かけるとか?」

「ほら! やっぱりデートしてきたんじゃない!」

「……なんか口車に乗せられた気がするのだが」

「私とは2人きりで出かけたこともないのに、ひどいわ!」

「えぇ……」


 人間関係をうまく構築していくために頑張ろうと、意気込んだばかりだが、いきなり大きな壁にぶつかってしまった。


 お土産を買って行かないわけにもいかなかったし、どうすれば良かったのだろうか。女心というものは、実に難しい……。


 こういう時、俺はどうするべきなのか。

 俺は足りない頭で必死に考えて、その答えを導き出した。


「……じゃ、じゃあ、定期テストが終わったら、どこか2人で遊びに行こうか? 2週間、勉強を教えてもらうわけだしな。そのお礼に、なにか奢らせてもらうよ」


 俺がそう言うと、土屋さんはぱあっと顔を明るくさせた。

 その土屋さんの嬉しそうな顔に、俺は思わずドキッとしてしまう。


「約束よ、破ったら承知しないからっ」

「ああ、約束だ」


 2人で遊びにいくのだから、今度こそ、それは粉う事なきデートということで。

 そう考えると、なんだか今から緊張してきてしまえて。



 ——そう、話がひと段落したところだった。

 玄関の扉がゆっくりと開いて、松本さんが顔を覗かせた。



「あの、今日はわたし、帰った方がいい感じですかね?」

 

 そういえば、玄関で松本さんを待たせていたことを、俺たちはすっかり忘れていた。

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