第6話

「3時間目の数学の授業中、土屋様が随分と熱心にあんたに視線を送っていたようだけれど、あんたと土屋様ってどういう関係なわけ?」


 俺はまず、石田さんの土屋『様』という言葉使いに驚いた。


 おそらく土屋様というのは、俺の右隣の席に座っている土屋さんのことを言っているのだろうが、一般的にクラスメイトのことを様付けでは呼ばないだろう。


 しかし石田さんは、なんの抵抗もなく『様』をつけて、土屋さんのことを呼んでいた。



 俺がそんな事実に唖然としていると、石田さんはおもむろに「ここじゃなんだから、とりあえず場所を変えましょう」と言って俺の袖を掴み、流れるような動作でどこか見知らぬ部室まで、俺を強引に連行した。


 連行された部室には誰もおらず、俺と石田さんの二人きりだった。


 部室には7組の机と椅子があり、机と椅子以外にはホワイトボードが一つあるくらいで、そこは実に質素な部屋だった。


「一応、自己紹介をしておくわね。あたしの名前は石田 なつみ」 

「俺の名前は……」

「ああ、あんたのことはもう調べがついているから、自己紹介はいらないわ。と言っても、調べても調べてもロクな情報が出てこなくて、びっくりしたけれどね。あんたって本当に冴えない人生を送ってきたのね」

「ほぼ初対面でそこまで言うか」

「それより、どうなの? あんたと土屋様ってどういう関係なわけ?」

「どんな関係って……」


 ここは素直に答えるのが吉だろう。

 変に話を誤魔化したりすれば、余計に話がややこしくなりそうな気がした。


「クラスメイト以上の関係はないよ。土屋さんが俺に視線を送っていた理由に検討もつかないし、土屋さんの気まぐれだったんじゃないかと思うよ。俺と土屋さんは、お隣さんっていうこと以外に大した接点がないしな」


 俺がそう答えると、石田さんはじっとこちらに視線を向けてきた。

 それはまるで俺が嘘をついていないか、確かめるような視線だった。


 しばらくして、石田さんはホッと息をついた。


「まあ、そうよね。あんたみたいな月並み……いいえ月並み未満の男子高校生なんかが、土屋様とお近づきになれるはずがないものね」

「なんか石田さん、俺への当たり強くない?」

「一安心したわ。どうやら、あたしがあんたに拷問する必要はなさそうね」

「拷問って……まあいいや。じゃあこれで、俺は帰らせてもらっていいか?」

「ダメよ」

「なんでだよ」

「まだあんたに話があるからよ。それくらい察しなさいよね」


 人間関係を構築するのが苦手な俺に、察しろだなんて無茶を言ってくれるな。

 犬に言葉を喋れ、って言っているのと同じだぞそれ。



 ——正直、俺はこの場から一目散に逃げ出したい衝動に駆られていた。


 なぜなら石田さんからは、関わっちゃいけない人オーラが溢れ出ていたからだ。

 土屋さんを『様』付けで呼んでいる時点で、なんだかなあ、だし。


 実際、俺はそこで強引にでも逃げ出すべきだった。


 でもこの時の俺は、これから厄介なことに巻き込まれるとは思いもせず、その後の石田さんの話に耳を傾けてしまった。


「あたしね、土屋さんのファンクラブを設立して、そのファンクラブの会長をやっているの」

「……はい?」

「別に聞き返すこともないでしょう。そのままの意味よ」


 そのままの意味だと受け取ったからこそ、聞き返したのだが。


 ファンクラブってあれか? アイドルとか有名人を推すために、会費を払って加入するあのファンクラブか?


 それを一般人同然の、土屋さんのために設立したのか?


 なんて聞いたら、キレられそうなのはなんとなく俺でも察することができたので、俺は他に気になったことを聞いてみた。


「待ってくれ。俺も土屋さんもそして石田さんも、入学してからまだ1ヶ月も経ってないよな? それなのにもう、ファンクラブを作ったのか?」

「ええ。あたしは入学式があったその日に土屋様と出会い、すぐにファンクラブの構想を練って、次の日には活動を始めていたわよ」

「マジかよ……」 


 なんなんだよ、その行動力。


「ファンクラブを設立して1ヶ月が経った今となっては、校内にファンクラブ会員は100人近くいるわ。学年問わずね。一応、本人にはファンクラブがあることをバレないようにするっていうのがこのファンクラブの意向だから、表向きには活動してはいないけれど」

「それで100人も会員集めたのかよ、やべえな。なにかファンクラブに入って特典でもあるのか?」

「メールマガジンが定期的に届くようになるわ」

「もうそれ本物のファンクラブじゃん」

「だからファンクラブだって言ってるじゃない」


 そんな大規模なファンクラブの存在、俺はまったく知らなかったけどな……。


 俺も、もう少し交友関係を広くしていれば、そのファンクラブの存在を知ることができていたのだろうか……。


「……それで? 俺にそんな話をして、一体どうするつもりなんだ?」


 俺にファンクラブに入れとでもいうのだろうか。

 生憎、俺はファンクラブに入っているほど、暇じゃあない。


 早く家に帰って、aiさんとゲームをしなければいけないのだ。

 それは他の何にも変えがたい、俺の大切な用事だ。



 しかし石田さんの要求は、俺のそんな想像の遥か上をいくものだった。


「あんたには、ファンクラブ会員から厳選された選ばれし、ファンクラブの幹部になって欲しいのよ」

「いや、なんでだよ」


 俺は思わず、そうツッコまずにはいられなかった。

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