第10話 チャンスと命令

 リカルドは、右腕から流れる血を面白そうに見つめた。

「へぇ、拳銃はただの護身用ではないんですねぇ……」

ジュンカは何も言わずに、彼がいる方向へ走りだす。

リカルドは技を避けようとしたが、彼女の足蹴りを腹に食らう。

一瞬顔を歪ませたが、彼はすぐに体制を立て直そうと立ち上がる。その時、彼女は後ろに回り込み、今度は足に向かって発砲した。


彼は自分の身に起こっている様子がよく分かっていないようだった。

彼は転倒する。

彼女は容赦なく足で彼を蹴り倒し、もう一度拳銃を構える。

「私は、もう『お嬢様』ではありませんので……」


リカルドは、苦しみながらも不気味な笑顔を見せる。

「あ、貴女がここまでの強かったなんて……少し前は、わたくしと平和に遊ぼうと言っていらっしゃったというのに……」

ジュンカの目には、明らかな怒りがこもっていた。

「……私は、元執事のアナタを無情に殺せるほど冷酷な人間ではありません。ですが、二度目はないと思ってください。もし次に私に顔を見せたときは、手加減せずに殺しにかかります」

彼女ははっきりと言った。

「二度と、私に関与しないでください。私は、チャムロ家の人間ではありません」

ジュンカはこのビルを立ち去ろうと出口に向かってあるき出す。

リカルドはその姿を見ながら、口の端を上げていた。

「これからですよジュンカお嬢様……ここからが、始まりです…………」



 スピアは、ダークホースの本部に招集されていた。要件を言われなくても、ある程度招集の理由を想像できる。

『エターナル』からの襲撃の件だろう。

僕は、事務室のドアを開けた。

正面の椅子に座っているのは、ダークホースの総司令官であるパスド・フリップだ。

そして、その隣に立っているのはロゼット・ルナール。

司令官の彼女は、窓越しの空を見ていた。

……表情は読み取れない。

フリップは、深刻な表情で言った。

「スピア、君は今朝にエターナルから銃撃されたそうだね。怪我の方は大丈夫かな? 」

「はい、別に急所に銃弾は当たっていませんので、任務は続行できます」

フリップはため息をつく。

「まあ、そうだな。それは何よりなんだが……本題に入ろう。エターナルからの襲撃理由に、心当たりはあるのかな? 」

僕はつまらないということを全面に出して言った。

「ありません」


ロゼットさんは、口を開いた。

「確かに、君自身は正直言ってエターナルという組織との関わりは低い。でもね、私はこう考えちゃうんだ……」

彼女は振り向く。

笑顔を作っているのに、笑っていない。

「君がチャムロ・ジュンカについて調べているうちに、エターナルから『スピア』はジュンカの仲間だと誤認されているんじゃないか、ってね」


僕ははっきりと述べる。

「あの場に居た奴は全員殺しました」

ロゼットさんは静かに言う。

「もちろん、それには感謝してるよ。でも、この『ダークホース』という組織全体が狙われ始めたら、元もこうもないないんだ」

彼女は、僕に近寄る。

「チャンスをあげるよ。君は、ジュンカの捜索を今すぐやめるように。もし、この指示に従わないのであれば、この組織から強制的に脱退してもらう。これは、だからね」

僕は、そうですか、と言って部屋を出ようと背を向ける。

最後にフリップが引き止める。

「彼女は、大変危険な人物だ。素性もわからない上、過去も偽装されたものだと聞く。関わらないのが、一番の得策だ」

僕は何も答えずに、部屋を出ていった。



 指名手配犯ジュンカについて、警察側も徐々に情報を集めていた。彼女の本当の出身国は、ここカンコクではなく、ニホンだというのだ。

そして、現在こそ権力はあまりないが、いわゆる『名門一族』のチャムロ家の人間だという。


その事実を聞いた時。

僕は、思い出してしまった。

彼女ジュンカとの『ずっと昔に繋がりがあった』という漠然とした思いが、形を成していくことを理解していた。

彼女と僕は、会っていた。

十三年前に。

ニホンあの場所で。


ロゼットさん達には申し訳ないが、正直言ってダークホースこの組織から追放されても良かった。

彼女を追うしかないと、僕は決意する。



 これまでに稼いだ金を、裏社会では有名な情報屋につぎ込んだ。半日ほどで、僕が人物の所在が判明する。

帰宅ラッシュも過ぎ去り、空に月が光る頃。とある人物の番号を、街角の固定電話で押す。

プルルル……と、コール音が四回ほど聞こえる。

相手が電話に応じた。

「はい……何でしょうか……」と、その女は小さな声で答えた。


僕は、確かめるように言った。

「突然申し訳ないが、あんたはミヤモト・アカネであっているか? 」

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