2.29~魔法使いのテロリズム~

千賀

序文

 

───戦争は、二度と起こっちゃいけないんだよ。


 小学生にあがった年の八月十五日、おばあちゃんが悲しそうに語っていたのを思い出した。あの頃は、戦争がどんなものか想像できなかったから、おばあちゃんの悲しみがわからなかった。


 ──────でも、いま。

 目の前に広がる街を眺めて、私はあの日のおばあちゃんの悲しみを、胸に刺さり続けていた針の痛みを、私は身を持って知ることになった。

 「───こんな、ことって」

 眼前の惨状に、私は思わず膝をついた。肩に羽織っているローブも、今は鉛のように重い。

 東京は渋谷、スクランブル交差点。

 毎日何千人もの人々が行き交うそこにいつものような足音のオーケストラはなく、救急車と消防車のサイレンによるデュエットと、行き場をなくした幼子の泣き声が響くのみだった。

 本日の公演を予定していた足音の奏者たちは、コンクリートの布団をシェアしての眠りについている。うずくまっている私には、辺りに散らばる人だったものが、私をうろに満ちた目で睨んでいるように思えた。

 「そうだ、まだやらなきゃいけない事が──」

 私の周囲を囲む死体と、その視線から逃げるように、両膝に力をこめて、なんとか体を持ち上げる。むせかえる煙と死の匂いに肺を傷めながら、目的の場所へ一歩づつ進んでいく。

 「泣いてる暇なんてない。私は泣いちゃいけない」

 誰もが泣きたくなるような地獄の只中であっても、私が泣くことは許されない。

 だって──



    この地獄は、私が望んだのだから。

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