第11話

事件が起きた。それは祭りから少し経った、いきものが寝静まる真夜中のこと。


「ッ!?」


眠りの底に意識を落としていたノラ。しかしいきなり部屋中──騎士寮中だろう──に鳴り響いた鐘の音で目を覚ます。慌てて起き上がれば上の階からドタバタと騒がしい音がする。招集がかかったのだ。


(なにが起きた?敵襲?それにしては城下は穏やかそうだ)


窓の外を覗き見つつ、事態の把握のために騎士服に袖を通す。そのまま転がるように廊下へ出ればそこにはディオが不安そうに立っていた。


「ディオ?どうした、君は危ないから部屋で待って──」

「嫌な予感がします」

「……嫌な予感?」

「ええ。なんと言えばいいのか……でも、なにか大事が起きる気がします。ノラさん、わたしも連れて行ってください」

「ダメだ。君は一般人なんだ。危険すぎる」

「わたしは竜人です」

「竜人がなんだ」


ディオの瞳が剣呑に光る。見た事がある。獲物を見つけた竜の目だ。


「──竜人は、ある程度力が強ければ竜を使役できます」


息を飲んだ。竜人について、その力についてはドラッヘフェルスでは門外不出の最重要機密だ。そんな情報をこの男はさらりとノラに話した。知ってはいけない、知らない方がいいことを知ってしまった。そう思った。


「……隊長にディオが居ていいか尋ねるだけはしてやる」

「はい、それで十分です」


ディオがにこり、と笑う。食えない笑みだ。この男は、この竜人はこんな顔をするのかと思った。まるで知らない人物がディオの姿を借りているような違和感。



▷▷



春祭りの日。ディオは記憶を思い出した。断片的なものばかりで全てを思い出したわけではないが、それでも自分の力と竜に関することで、この竜騎士団にとって有用なものだと自己判断をした。

だから、思うのだ。

自分を、使ってほしいと。


恩がある。優しさを向けてくれた人がいる。同郷の竜人と会わせてくれた。

──自分が何者でも肯定してくれると、言ってくれる友が、居るのだ。


彼らが脅かされるなんてことがあってはいけない。それぐらいならば思い出した記憶をかき集めて、禁忌さえ破ってみせる。その気持ちが、招集のかかったノラのあとを着いて歩むたびに増していく。


(わたしは、きっとここにいては彼らを巻き込んでしまう)


でも。


(わたしがいれば、彼らはきっと負けることはない)


ディオの瞳の色が濁る。金にも黒にも似たその濁色は、まっすぐ前だけを見据えていた。



▷▷



その夜からハウゲスンの騎士団は忙しくなった。いや、ハウゲスンだけではない。国中の騎士団や兵士たちが、戦闘準備を整え始めた。


「それにしても、マジか〜って感じだよな」

「軽いなぁルーカスは」

「パウルだってのんびりしてるだろ」

「ふたりとも、しゃきっとしろ。怒られるぞ」


禍竜が出た。知らせは一晩にしてリンドルムや、その周辺国に行き渡った。出た場所は、帝国ドラッヘフェルスの南西。──つまり、ハウゲスンに一番近い場所だ。


今はドラッヘフェルスの竜使いたちがなんとか抑えているというが、いつ禍竜がこちらへ飛んでくるかも分からない。禍竜の出現と奇襲なんてもう100年はなかったのに。


ノラはリーヴと稽古をしつつ訓練場のすみを見る。非番の竜たちに鳴き声を真似して語りかけているディオを視界に捕えた。


ディオの能力を、隊長に報告したところ使えるものはなんでも使う、ということで竜使いとして戦うことになった。ノラとしてはそんな危険なことに首を突っ込まないでほしいが、猫の手も借りたいのは事実。ディオが即戦力になることは、隊長との一騎打ちで判明してしまったのだ。


視線をもどし、リーヴに乗りあげようとして、リーヴが低くうなった。なにごとだ、とリーヴの見ている先を見れば、そこには黒い装束の軍人だろう男が何人か。ハウゲスンの武官たちに連れられて領主のいる館へと入っていく。


「竜人かな」

「白竜が警戒してるしそうだろ」


その黒装束の男のひとりが、ディオを見ている。なんとなく、胸騒ぎがした。ノラがディオの元へかけていくと、見ていた視線は掻き消えてしまう。


「ノラさん?」

「……彼らは、竜人だろう」

「はい。わたしと同じですね……ただ、彼らは──」

「?」

「ああ、いえ。なんでもありません。訓練を再開しましょう」


なんとなく誤魔化されて、何を言いかけたのか聞けないまま、ノラは訓練に戻された。



▷▷



禍竜の血を濃く引いた竜人たちが、ハウゲスンの地を踏んだ。ディオは気配を感じとり、白竜たちに気をつけるようにと意志を共有して彼らに脅威を伝える。

ディオが思い出した記憶の断片。それの中には竜と心を通わせ、竜と喋る方法はもちろん、自らが竜と成る方法も思い出していた。けれど、自分の力については思い出せたのに、自分が誰で、なぜ森の中で倒れていたのかは思い出せないでいる。

きっと理由はろくでもない。だから、知らないままでいたい。

知らなければ、この優しい人たちを、ハウゲスンの竜騎士を────ノラを、傷つけることになると、解っている。でも、もう少し、このぬるま湯の中で、たゆたっていたいと望むのは、傲慢だろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る