第9話

「ディオは、帝国の人なのか?」

「えっ、と……よくわからない、かな」

「……」

「あの、ノラさん……」

「ん?」


ディオはノラの隣に部屋をもらった。といってもほぼ物置部屋だったそこを軽く掃除して整えただけの小さな部屋だったが。

隊長と騎士団長と話したあと、部屋に戻ってきたふたり。ディオはどこか意気消沈していて、ノラは誰かを慰める方法を知らない。だからお茶を淹れたのだけど。


「……」


沈黙が重い。ディオはティーカップに手をつけていないし、ノラは茶請けに出した少し高めのお値段の菓子を手でもてあましていた。


「白竜に嫌われる、ってことは、わたしは帝国に住んでいた竜人なんでしょうね」

「……禍竜の血を引いてるのなら、瞳が金色のはずだろう」

「ううん、さっきも聞いたでしょう?帝国人はあらゆる竜と交配を重ねて純粋なひとつの竜の血を引く者はいないって」


竜人は、自分が属する竜の色に染まる。例えば火を使う火竜ならば赤髪と赤い瞳、水竜なら青い髪と碧眼、といったように。

禍竜にももちろん、色がある。

禍竜というのは、厄災を振りまく厄介者。竜にも人にも嫌われているが、その強大な力を求めて禍竜を従えようとする人間が一定数いるのだ。その最たる例が、帝国の竜人だったというわけで。禍竜と交配するなんて、おぞましくて考えたくもないが、竜人は皆ほんの少し禍竜の血を引いているらしい。

その血の濃さにより竜人の色は決まる。だから、もし竜人で髪と瞳が濃い金だったら。……そういうことなのだろう。

禍竜は金の色を持っている。そういえば、代々の竜帝の中に金目の竜人もいたと聞いた覚えがある、とそこまで考えてノラは思考を止めた。会ってもない竜人より、今は目の前の沈んでいる竜人だ。


「わたしは、ノラさんとは敵対をしていたのかな」

「……さあな」

「……この髪、黒いでしょう」

「?ああ」

「どれだけまじれば、この色になるのかな」

「……」


それだけでわかった。貴族なのに、自らの属する竜の色を尊ばずに色々な相手と交配し続けた結果、何にも属さない、染まることのできない黒になった。

つまり、ディオが上位貴族だとしても、その家に問題がある可能性が限りなく高い──と。

普通、貴族は青い血を誇りにしている。自分の一族の血を絶やさぬように、見目の美しい一族であれるように、然るべき相手と婚姻を結ぶ。帝国の貴族だってそうだろう、そこに「自分の竜の色を絶やさない、純粋な竜の色を持つ子を求めている」が付属するが。


「わたしの両親は、家族は、なんのためにわたしを生み出したのだろうね」


力ない、心細い笑顔だ。痛ましい。ノラの胸がギリ、と締め付けられた。知っていることも少しだけなのに、この人はとても優しくて竜を愛している。そんな人が、こんな仕打ちを受けているなんて。竜の血を引いていることを誇りに思うような性格をしているのに、自分の引いてる血筋は竜の力を求めすぎたキメラだった。

ノラはあまり頭が良くない。直情的だと言われる。行動に脅えがない。だから、その時も心のままに動いただけだった。


ディオの身体を抱きしめる。わずかに震えていて、ノラより大きいのに小さく感じるほど、弱々しかった。


「の、ノラさん……?」

「ディオ。私は君がどんな存在だろうと、どんな血を引いていようと、君の友人でいる」

「友人……」

「そうだ。友人。友だ。記憶のない君の、はじめての友人の地位を私が貰おう」

「……」

「たとえ君がなにであり、なにをしようと、誰に否定されようと、私がいることを忘れないでほしい。それだけだ。私は、永遠に君の味方だ。竜に優しい君の、絶対になってやろう」


ノラが力強い笑みを見せると、ぼうっとそれを見て、ディオはようやく安心したように身体の力を抜いた。




ディオも騎士寮で過ごすのに慣れてきたようで、最近は一人で散歩にでかけたりしている。まあ、自分が竜人で白竜に嫌われているということを気にしているようで、竜騎士の訓練には近寄りもしないが。


そういえば、四季祭りが近い。そのことに気がついたのは竜騎第二部隊で日々の訓練を終えたあとだった。

同期のルーカスとパウルと話をしていたのだ。そこへ先輩や噂話好きの同僚が入ってきて、流れで四季祭りの話になった。


「ノラはどうするんだよ」

「……四季祭り……?」

「……あのさ、もしかしてなんだけど……忘れてた?」

「ああ。忘れていた。今思い出したよ、ありがとう」


バッサリ告げると男たちは哀れみの視線をノラに向ける。その中身は、せっかくハウゲスンにいるのに四季祭りをしないなんてバカか、というものだ。


──四季祭り。


それは、ハウゲスン領でおこなわれる年に4回の大きな祭りのこと。ハウゲスンは北に位置しているために王都とは違い四季が曖昧だ。牧畜も農作も、あまり行われていないが、それでもこの地に住む人々に四季を忘れず、日々を豊かにしてほしいというずいぶんと前の領主が始めたものだ。

今回は、春の祭り。雪解けを願い、春の訪れを喜び、祝う祭りになる。希望の象徴として、この祭りの間、一週間は竜の卵の殻を加工した雑貨を売ることを許されるのだ。仔竜のお披露目などもあったり、町に開かれる露店があったりと、とにかく大きなイベントになる。

毎年この期間は騎士たちは大忙しだ。治安維持や、竜騎士の騎竜演舞、通常の騎士たちの剣舞などもすることになっていて、楽しいが疲れてしまうのが毎年恒例である。


「誰か誘って行かないの?」

「誰か、か……」


パウルが問いかける。友人とか、と付けられた言葉に更にノラは顔をしかめてしまう。


「おいパウル、ノラに友人も恋人もいないことはわかってるだろ?言ってやるなよ」

「お前にもいないだろうが」

「うるせぇ!俺には友人がいる!」

「へえ?」


キツく睨みつけると、友人……いねぇけど……と、同僚はうなだれる。ハウゲスンの竜騎士たちは家を出てきた者が多く、ハウゲスンで竜騎士をするとなると友人を作る機会もほとんどないのだ。


「じゃあ今年もみんなで行くか?春祭り」

「……むさくるしい」

「ノラが紅一点になればいいんだよ」

「私になにを求めてるんだお前は……」


頭を抱えてため息をつく。そうこうしているうちに話題の中心は移り変わった。




「春祭り、行きませんか?」

「はるまつり……?」


ノラはさっそくディオの部屋をたずねた。お茶を出してくれたのでありがたくいただくと、ディオは謙遜しながらお菓子を出してくれた。


「ええ。春を喜ぶ祭りです」

「……それ、わたしが乱入しても阿鼻叫喚…とかになりませんか?」

「阿鼻叫喚……?なぜ」

「竜がメインなのでしょう?わたしは竜人です」

「……」


忘れていた。きゅっと眉を寄せ、ノラは失敗したとさとる。

彼がこう考えることはわかっていたはずだ。なのにノラのせいで余計な心労を与えてしまった。こういう時、人の機微や、頭の回転が悪いことを悔しく思う。謝るのもおかしいし、と悩んでいるとディオがノラを呼んだ。


「わたしのことはいいですよ?ノラさんはすきに遊んでください。せっかくのお祭りなのでしょう?」


その言葉で、決心した。なにがなんでもディオを祭りに引っ張り出すと。



▷▷



そうして、ノラはこっそりとディオを春祭りに引きずり出す方法を模索することが寝る前の課題となった。騎士団では春祭りの騎竜演舞に向けての訓練が増え、日々は生き馬の目を抜くように過ぎていく。やりがいがあると言えばそうだが、まあやることが多すぎて鍛えているはずの体力がゴリゴリと削れていくのだ。


そんなこんなで、春祭りが開催される期間になった。ディオを引きずり出す方法は、見つからないままに。


「ディオ、いるか?」


ドアをノックして声が返ってくるのを待つ。ノラさん!?とひっくり返った声がして、バタバタと騒がしくディオが顔を出した。


「どうしたんですか?」

「春祭りへ行こう。今日からだ」


ノラが町へ出る格好になっている、とノラの体をざっと見下ろしてディオは閉口する。なぜ、と小さな声が聞こえた。


「それはもちろん、友人と春祭りに行きたいんだ」

「ノラさんなら他にもいるでしょう、なぜわたしなのですか」


ディオが混乱しながら紡いだそれに、胸が痛んだ。はは、と重くならないように笑って、ゆっくり言葉を選びつつ口を開く。


「……実は、私には祭りに誘えるような友人があなた以外にいないんだ」

「……え?」

「実家を捨て、ハウゲスンの竜騎士になってから、ろくに町へ出ていない。そんな状態で友人が作れるはずもなくて……それに、私は女だから、町人はその……あまり好意的ではない。察してくれ」

「……」


ディオが傷ついたような顔をした。君は当人ではないだろう?と笑い飛ばすと、彼はノラに優しい目を向けた。蔑みでも、哀れみでも、見下すでもない、気遣いのような視線。居心地が悪い。そんな視線を向けられることはろくにないから、どう反応すればいいか分からないのだ。


「……ノラさん」

「はい」

「友人として、わたしが貴女の隣にいれば、どうでしょう」


内容を理解するのに、少しかかってしまった。それはどういう、と口を出た言葉にディオがほほ笑みかける。


「わたしを風よけとして、使ってください。それならわたしも、春祭りへ行きましょう」

「だが、それでは」

「いいんですよ、困ってたら助ける。それが友人、でしょう?それに、せっかく着飾ったノラさんを独りで町へ行かせるのは、男として最低でしょう」


ディオが笑う。目を細めて、ノラに笑いかける。やわらかな声、優しい瞳。あたたかい手のひらはノラの髪に触れ、頭を撫でた。

そこには、ノラを思いやる気持ちだけがあって、くすぐったい。こんな優しい気持ちをくれるこの人は、きっと世界の誰よりも優しいひとなのだろう。友人って、いいものだな、なんて思う。ノラは照れ隠しに咳払いして、ディオに微笑んだ。


「じゃあ、行こうか」

「ええ、はい」


付かず離れずの距離でふたりは歩き出す。町へ降りるというのにノラの心は凪いでいた。

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